第65話 盾騎士マクシム・ファルケ

 マクシム・ファルケ――

 名家ファルケ侯爵家の嫡男で、ゲーム内では優秀な盾騎士として知られている。その高い防御力でパーティーを何度も危機から救ってくれた。

 甘いマスクに長身、筋肉質だが無駄な贅肉は一切なく、細身でありながらも鍛え上げられた体つきが特徴だ。そんな外見に加えてキザな性格。確か原作だと女性ファンが最も多かったキャラだ。


 翌朝、シリウスとともに教室へと入る。

 俺が昨日と同じように教室の後部に移動すると、シリウスはそのままズンズンとマクシムに近づいていく。

 悪評高いシリウスの行動は目立つ。

 気づいた生徒たちの視線が、シリウスを追いかける。緊張感が高まっていく。

 シリウスが座ったままのマクシムの前に立つ。


「おい、マクシム」


 マクシムは小説を読んでいたが、その動きを止めてシリウスを見上げた。


「――なんだ?」


 周囲の空気が一層張り詰めた。高名な貴族同士の邂逅、それも一方は評判の悪さでは追随を許さない悪役貴族だ。周囲の生徒たちは息を呑んで成り行きを見守っている。


「俺のパーティーに入れてやる。感謝しろよ?」


 マクシムは表情すら変えず、迷うことなく返答した。


「興味がない」


 その一言で、会話は終わってしまった。シリウスのこめかみに血管が浮き上がる。傲慢なる悪役貴族は我意を通せないことに耐性がない。


「……なんだと、こら?」


「お前のような男と組むつもりはない。ファルケ家は品行方正と清廉潔白を座右の銘としているからな」


 マクシムはシリウスから最も遠い言葉を選び、それをハンマーのように打ちつけた。


「悪いが、俺が組みたい相手はすでに決めている」


 マクシムはそう言うと席を立ち上がり、少し離れた場所に座って推移を眺めていた勇者リヒトと聖女セリーナの場所へと歩いていった。


「……リヒト、俺をパーティーに入れてくれないか?」


 突然の展開に、リヒトは目を白黒させていた。


「え、え……?」


 原作を知っている俺からすれば、それほど変でもないのだけど。原作でも、マクシムからリヒトに話しかけて仲間になったのだから。

 とはいえ、タイミングがなあ……。

 むっちゃ巻き込まれてるじゃないか。このタイミングで声かけられるのは嫌だよなあ。だって、そこでシリウス、むっちゃ青筋立ててるじゃん。

 リヒトが動揺していると、聖女セリーナが反応した。


「いいじゃない! いいじゃない! マクシムならば大歓迎!」


 実にセリーナは興奮している。そして、勝ち誇った視線をシリウスに向けた。その視線は、

 ――どう? これが正義の力よ? 正義の勝利よ?

 と雄弁に語っている。

 シリウスの青筋がより一層深刻度を増した。

 振られた側と選ばれた側――傲慢なシリウスが誰にでも暴言を吐く嫌われ者の悪役貴族である以上、この小さな不幸は周囲の生徒たちにとっては喜劇でしかない。

 露骨な笑い声こそ聞こえないが、笑いを堪えている雰囲気が空気に漂っている。

 もちろん、それを感じられないほどシリウスは鈍感ではない。

 コケにされた――

 その事実は、怒りの度合いを急速に深化させていく。

 地獄の底を思わせるような声を喉から発した。


「……俺よりその負け犬を選ぶのか?」


「たった一度の敗北がどうした? それに、今度は負けないように俺が支えるさ。魔王を倒す大勇者リヒト――実に支えがいがある」


 そして、冷然と言い放った。


「俺の盾でお前を守るつもりはない」


「ほら、リヒト! 早く決めちゃいなさいよ!」


 セリーナが爛々と目を輝かせている。

 リヒトもパーティー6人を集める必要がある。それが必要なのは彼も同じだ。悪い話ではないだろう。

 というか、原作準拠なら、断るはずもない。

 リヒトは少し考えてから続けた。


「……だったら……どうだい、シリウスも僕たちと一緒に組むのは?」


 まさにそれは言語の形をした爆弾だった。

 恐ろしいものを投げつけるな、お人好しの勇者は!

 それは本当に爆発こそしなかったが、一瞬にして教室の空気を変質させた。どこの世界に、あの性格の悪すぎる悪徳貴族と自ら進んでパーティーを組む人間がいる?

 マクシムも狼狽していたが、それ以上に泡を食っているのは聖女セリーナだった。


「ちょ、ちょっと!? ちょっと待ってよ!? その選択肢はないでしょう? あの最低最悪の男を仲間にするなんて!?」


 しかし、リヒトは揺らがない。


「いや、でも……シリウスの力は対魔王戦においてとても大切だと思うんだ。彼の力があるかどうかで勝率は大きく変わる――剣を交えた僕だからこそわかるんだ」


 リヒトに引き下がる気持ちは全くない。

 ……彼の安定した人格と言動は、確かに正常に見える。だけど、彼もまた、狂っていると言っていい人物なのだろう。魔王を倒す――その使命を成功させるためならば、どんな手段だって講じる覚悟があるのだ。

 たとえ、最低最悪の悪役貴族を選んだとしても。


「は! 断る!」


 今度は、シリウスが嘲りとともに即答した。


「俺に負けたお前ごときを、どうして俺が勇者様と崇めてやる必要がある!? ザコになど興味があるか! この負け犬が!」


 勇者パーティーに入るということは、己よりも高位の存在を認めることだ。傲慢なるシリウスに選べるはずもない。


「ふふふ、知っている。断られるのもね。だけど、言っておきたかったんだ」


 それでもリヒトは視線を逸らさずに続ける。


「僕は、いつか必ず君を手にいれる」


「……気持ちが悪い奴め。興がそがれた。そんな変人と組みたいのなら、マクシム、好きにしろ。バカ同士、お似合いだ」


 そう言い放つとシリウスは自分の席に戻った。

 リヒトは小さく肩をすくめてから口を開く。


「マクシム、僕を選んでくれてありがとう――だけど、この決断はひょっとすると、君を魔王討伐という危険な任務に連れていくことになるかもしれない。それでも僕を選ぶのかい?」


 ためらうことなく、マクシムは頷いた。


「そんなことわかっているさ。覚悟の上だ。魔王討伐、それこそが俺の望みだ。もしも俺がそれに耐えられると判断したのなら、俺を遠慮なく連れていってくれ。俺の命は、勇者であるお前とこの国の未来に捧げたい」


 こうして盾騎士マクシムはリヒトの仲間になった。

 教室が静けさを取り戻していく。日常にゆっくりと帰っていく中、静かに己の席で佇むシリウスに一人の人物が近づく。

 机の傍で足を止めたその人物にシリウスが視線を上げる。

 長い髪を後ろで縛った、鮮やかな銀髪が目立つ褐色肌の女がそこに立っていた。


「シリウス・ディンバート。少しいいかしら」


 ……来たか。

 俺はその姿に見覚えがある。

 ベラ・ナハト――

 ゲーム内でシリウスとパーティーを組む人間であり、シリウスを狙う暗殺者でもある女だ。


「仲間を探しているのなら、立候補したいのだけれど」


 嫣然えんぜんとした笑みを浮かべて、静かな殺意が悪役貴族を標的と定める。



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