第64話 悪役貴族のパーティー集め

 入学式当日の予定が終わり――

 午後、俺とシリウスは学内にある食堂へと向かった。

 高い天井にはシャンデリアが輝き、まるで城の大広間のような豪華さだ。


 扉を開けて中に入ると、豪華な料理の香りが鼻をくすぐる。焼いた牛肉、香ばしいスープ、新鮮なサラダ、そして鳥のローストや揚げ物――

 そのいずれも間違いなく一級品の食材で作られたものだ。


 この食堂はセルフではないようで、テーブルにつくと同時に給仕がやってきて注文を受け付ける。その給仕もまた、磨き抜かれた立ち振る舞いが可能な一流の人物だ。


 まさにエリートの待遇。

 それはとても過分ではない。


 アイリス学園に入学するのは、いずれも未来の王国を背負って立つスーパーエリートなのだから。これが『普通』なのだ。

 さて、不機嫌そうな悪役貴族と二人、手持ち無沙汰な沈黙が続くが、どうするか。

 ダンジョン探索で6人ずつ固まって! という嫌われ者には致死レベルの課題に悩んでいる――というわけでもなく、単純に、最強生徒会長マティアルにあしらわれたのが気に食わないのだろう。

 とはいえ、悩む必要なかった。


「シリウス、ここにいたのね?」


 美しい顔立ちの女が気安く声をかけてくる。

 オリアナ・メリサンドラ侯爵令嬢――

 シリウスが建て直しを命じられたペイトロン村にやってきた、狼狩りの手伝いをしてくれた令嬢だ。ここに入学するという話は知っていたので、特に驚きはない。シリウスLOVEの彼女には残念ながら、別のクラスになってしまったが。


「ここに座ってもいい?」


「勝手にしろ」


 視線をも合わせないシリウスの態度に、小さな笑みを浮かべてオリアナがシリウスの隣に座る。


「……あの、私も構いませんか?」


 オリアナと一緒にやってきたルシアが緊張した様子で尋ねる。

 再びシリウスは視線を合わさず、不機嫌そうに言った。


「俺は、勝手に座れ、と言ったが?」


「ありがとうございます!」


 よかったよかった――ゲーム内においてシリウス侍らせガールの2人がやってきてくれた。九郎して俺が場をつなぐ必要はないだろう。

 給仕に料理のオーダーをしてから、オリアナが話を続ける。


「入学式、傑作だったわね。いきなり『役立たずの低脳ども』なんて! 本当にぶちかますんだから。シリウスらしくて最高!」


 皮肉で言っているわけではないところが、オリアナの怖いところだ。その目の輝きにはシリウスへの愛情がたっぷり詰まっていて、さらに強く燃えている。ああいう感じが、惚れポイントなのか……。

 常識人のルシアならば――

「本当に驚きました、シリウス様」


 その言葉には敬愛がこもっていた。


「強い信念を持って、言い訳の余地すら残さず、己の進むべき道を公言する。大きな器を感じました」


 ああそうだった、いつの間にか狂信者になっていたんだった……。

 晴れの舞台で、あんな態度を取るのは普通じゃないよ、お前たち?


「ふん、ゴミどもにお前たちはゴミだと言っただけだ」


「じゃあ、あなたの目には誰が映るの?」


 イタズラっぽく微笑んでから、オリアナが続けた。


「――それとも、最強の生徒会長マティアル・ラグロース?」


「憎らしいほど、俺の景色に入ってきたな、あいつは」


 シリウスが右手を挙げて袖をめくる。壇上でマティアルに握られて、強制的にリヒトと握手をさせられた手首には、めり込むほどの手形が残っていた。

 さすがに想像していなかったのだろう、オリアナが息をのむ。


「それって――」


「あの野郎、思いっきり握りしめやがった。手加減なしだぞ」


 忌々しそうにシリウスが吐き捨てる。

 学園内でもトップクラスに強いシリウスの腕を無理やり締め上げたのだ――むしろ、よくこの程度で済んだということろだ。

 やはり、最強は伊達ではない。

 マティアル、要注意人物だな。


「……勝てないの?」


「舐めるなよ、オリアナ。どんなやつでもねじ伏せてやる!」


 その視線が一瞬、俺に向かった。

 ――お前も例外じゃあない。

 雄弁にそう語った視線を。やれやれ、戦闘民族め。もちろん、俺は同種ではないので、視線を逸らして喧嘩から逃げるけど。

 話が切れたタイミングでルシアが別の話題を振る。


「あの、ダンジョン探索のパーティーはどうしますか?」


「もちろん、シリウスは私と組むわよね?」


「あ、あの、私もお願いします!」


 シリウスにのめり込んでいるオリアナとルシアが立候補する。シリウスは心底どうでもいい感じで、ふん、と鼻を鳴らした。


「いいだろう。お前たちはそこそこ役に立つからな。俺の共にしてやる」


 まあ、原作通り彼女たちが仲間に入ってくるのは予想できた。なので、そこは何も問題はない。


「じゃあ、これで3人ね。残り半分――」


「いや、もう4人だ。残りは2人だ」


「え? でも、私とルシア以外に誰か決まっているの?」


 首を傾げるオリアナを無視して、シリウスが尊大な視線を俺に投げかけた。


「オスカー、お前も入れ」


「…………」


 もちろん、これも予想を超えてはいない。なぜなら、ゲーム内でオスカーはシリウスのパーティーメンバーとして参加しているからだ。

 やっぱり、原作通りになるよなー。


「……私はただの執事ですが?」


 力を隠したい俺としては、当然の答えを返す。


「構わない。数合わせくらいにはなるだろう?」


 シリウスは容赦なく言い返した。口振り自体は期待などしていない、だが、その目は明らかに、いいから働けサボるな、と言っている。


「うふふ、執事君は意外と役に立つかもね?」


 オリアナがニヤニヤとしながら言う。

 ……ペイトロン村での態度からして、どうにもオリアナは俺の力を疑っている節がある。当然の態度だろう。


「じゃ、執事君が4人目で、あとは二人。誰がいいかなあ?」


 当然、ゲームを知っている俺は残りの2人について見当がついている。 

 ベラ・ナハトとクララ・グリム――

 その二人を加えてシリウス侍らせガールは完成する。

 少なくとも、ベラ・ナハトは同じクラスにいるのは確認している。なので、普通の流れでいけば二人が仲間に加わるのだろう。

 ……とはいえ、実はこの二人には大きな問題を抱えていて、双方ともシリウスの破滅フラグに大きく関わっている。要するに、仲間のような敵なのだ。できれば採用したくない二人なのだが……。


「まずはマクシム・ファルケだ」


 シリウスの口調は自信たっぷりだった。


「俺の仲間だ。一流でなければいけない!  あいつならふさわしい!」


 それは間違いなく、ふさわしいだろう。なぜなら、盾騎士マクシムは原作だと勇者リヒトの仲間として魔王討伐をするメンバーだから。


「明日、この俺が直々に口説いてやろう! 5人目は決まりだ!」


 悪役貴族は、勇者リヒトの仲間の強奪を高らかに宣言したのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る