第63話 天使先生
入学式が無事に(?)終了した。
生徒たちは解散し、教室に向かって歩き出している。生徒会長マティアルから解放されたシリウスは痛む手首をさすりながら、仏頂面で俺の隣を歩いている。
不機嫌の極みのような表情をしているので、会話はしていない。
……ダメ出しと躾は後でするとしよう。どっちみち、この学校でどう立ち回るべきか相談する必要があるしな。これほど盛りだくさんなことが起こると、事前に話していても無駄になっていただろう。初日が終えてから、と言う判断は間違えていなかった。
シリウスが沈黙しているので、遠慮なく思考に潜らせてもらおう。
すでに現時点で、ゲーム本編と違う展開になっている。
そもそもゲームのオープニングにあたる入学式では何も起きないのだ。
粛々と入学式は進み、勇者リヒトがレベル1にふさわしい初々しい挨拶をして、生徒会長マティアルが顔見せで演説をする――それだけなのだ。シリウスがリヒトに喧嘩をふっかけてチュートリアルバトルが始まるが、それは式が終わってから――放課後の話だ。
なのに、それがどうだ。
シリウスが暴れ回ってマティアルと敵対関係になり、さらに、マティアルはリヒトを生徒会に勧誘、リヒトは入ってしまった。
本編だと、リヒトが生徒会に入ることはない。分岐によってはマティアルに誘われることもあるが、どうしようかな……くらいの感じので悩み、結局は、うやむやになる。マティアルが本気で勧誘していなかったのもあるのだけど。
この辺の違いがどうなるのか、正直、不明ではある。
マティアルもその強さゆえ、シリウスの破滅ルートに関わってくることの多い相手だ。怒りに触れてあっさりと誅殺されることも多々ある。なので、あまり近づいて欲しくない相手なのだけど――
思いっきり喧嘩を売っていたなあ……。
マティアルは歩く死亡フラグのような男だ。その動向には、これからも注意を払わないといけない――
教室にたどり着く。
前方にある黒板には座席図が描かれていて、すでに座席が割り振られていた。シリウスは廊下から離れた窓側列の最前列――すぐに教室から出ていけない、周りの生徒が萎縮するので隣接する生徒が少ない角位置、教師の目が行き届きやすい場所――全てを兼ね備えた、まさに問題児シリウスにふさわしい位置だ。
ちなみに、俺の座席はない。
当然だ、なぜなら、俺はアイリス学園の生徒ではないから。あくまでも、シリウスの執事として同行する以上、ここで学ぶ資格などありはしない。では、授業中はどこにいるのかというと、教室の最後尾である。まるで父兄参観のような感じで立つことになる。
……もちろん、俺だけではなく、他の高級貴族に付いている執事やメイドたちも同じように並んでいる。
なかなか微妙な扱いではあるが、王国でも最高峰の教師たちによる授業をタダで見学できるのだから、そう悪いものでもない。うまく
「さて、着席できたところで、挨拶をしようかな?」
教壇の前には女教師が立っていた。大講堂から生徒たちを引率してくれた人物だ。
今まで人混みだったので、あまりまじまじと観察していなかったが――
……?
なんだ、あれは? 明らかに変なやつだが……? 顔立ちの整った、プラチナブロンドが美しい若い女性だ。シックなズボンにジャケットという男のような服装――なのは別に問題でもないが、頭上に輪っかが輝いている。
頭上に輪っか。まるで天使のような。
……あれは一体、なんだ?
彼女はニコニコとした笑顔のまま、言葉を続ける。
「私の名前はケレスティエルだ。これから1年間、この1組の担任として君たちを担当することになる。これからもよろしく」
普通の担任らしく、挨拶をした。
……え、いや……頭に輪っかとか、そんな個性的なキャラだったのか、あの担任は?
学園ものなので、ゲームにも担任教師はいる。ただ、ゲーム内だと『担任:うーす、今日の授業も頑張れよ』みたいな感じで、セリフのみ、立ち絵なしの扱いだった。
いわゆるモブ的な扱いだったのだが――
頭に輪っかをつけているなんて変なキャラが、そんな扱いか、普通?
「先生、その頭の輪っかはなんですか!?」
ナイス質問だ、学生A!
……え、俺がすればいいだろうって? 残念ながら、生徒ではない俺は置物も同然であり、質問する権利などないのだ。
「ああ、これかい? ただの飾りだよ。ほら、オシャレってやつ?」
嘘をつけ!
そう思ったけど、立場的にツッコめないのが悲しい。
とはいえ、オシャレと言い張られると論破するのも難しい。なんなんだろう、あの頭の輪っかは。あのデザインをゲーム内で立ち絵なしの無個性にする理由はない。絶対に、担任もキャラ変している。
……変わっていてもおかしくはないのだ。
なぜなら、問題児シリウスが勇者リヒトをボコボコにしたのだから。学長ゼフィリアン辺りが、一癖二癖ある担任を用意するのは変でもない。もちろん、ゼフィリアン以外の石である可能性もあるが……。
「さて、それでは学園生活について説明しよう――」
ケレスティエルが一通り話をした後、
「ああ、そうそう。今年度はダンジョン踏破で一定の成績を残せない場合、除籍になるから気をつけるように」
と付け加えた。
あまりにも普通に言うので、多くの学生は普通に聞き流しかけて、慌てて「え?」という言葉をこぼす。
「どうした?」
「……あの、除籍なんですか?」
生徒代表として、リヒトが手を挙げて質問する。
「うん、除籍だよ」
「ええと、ダンジョン踏破というのは?」
「ああ! そうだね、それは説明してしなかった!」
ケレスティエルは頭をかきながら、ダンジョン踏破について説明を始めた。
少なくとも、俺に関しては説明は必要ない。
アイリス学園の地下には100階層のダンジョンがある。在学中の行動として、そこの攻略を行うこともできる。
純粋にレベルアップやアイテム集めの行動になるわけだが、あまり入れ込みすぎると学業が疎かになってゲーム内での成績が下がるため、バランスがなかなか頭を悩ませるところだった。
ゲームをやりこんだ連中は、どこまでダンジョンを踏破できるか極限まで効率を追求するエンド・コンテンツ的な扱いになっている。確か、100階層まで到達したプレイヤはいなかったと記憶している。
「――ということなんだ」
ケレスティエルが説明した内容は、俺の理解と同じものだった。
「魔王復活という一大イベントが控えているからね。君たちは、戦える人――というのが重要視される世代になる。そして、この学園に在籍する以上は、並よりも多くの期待を寄せられることになる。戦うのが苦手な人にとって、それは苦痛だよね?」
少しの間を置いてから、ケレスティエルが続ける。
「つまり、これは救いなんだよ。向いていなければ、無理はしなくていい」
この辺の展開はゲームでも同じだ。ダンジョン踏破には時期でノルマがあり、それを達成できなければ除籍となるからだ。
とはいえ、最低限のノルマであれば、それほど難しくはない。右も左も分からない初見プレイでも、意識さえすれば普通に達成できる程度の難易度だ。
能力的に考えて、今のシリウスであれば単独でも問題なくクリアできるはずだ。だが、問題は――
「ダンジョンに潜るパーティーは必ず6人1組。楽勝の第一階層でもね。君たちは学生だから安全第一でお願いするよ」
6人1組のルール。
さて、問題です。
誰であれ喧嘩を売りまくり、雑魚は失せろと言い放つ性格の悪い悪役貴族と一緒に青春を燃焼させたい変人はこの世界にいるのでしょうか?
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