第62話 最強生徒会長マティアル・ラグロース
マティアル・ラグロース――
『アイリス学園クロニクル』における登場キャラクターだ。長く伸ばした白銀の髪が目立つイケメンで、圧倒的な個体性能を持つ最強の生徒会長だ。
ゲーム本編だと、ふらっと姿を表しては、主人公リヒトに無茶振りしたり、いい感じの助言をしたり、厳しい言葉を投げかけたりと物語のアクセントとして重要な役回りを演じている。
その強さは老いて力の衰えたゼフィリアンを上回っていて、学園側の人間における最強とされている。実際、ストーリーの分岐次第で一時的に仲間になるが、「もうこいつ一人で戦えばいいんじゃないかな……」みたいな強さを見せつけてくる。
ゲーム開始時において、将来的にリヒトの仲間になることが内定している唯一の人物である。
最強戦力を投入しないなんて馬鹿な話はないからな。
だが、ゲーム本編においてマティアルがリヒトと魔王討伐パーティーを結成することは決してない。
なぜなら、マティアルはゲームの途中で死んでしまうからだ。ただ、マティアルは死と引き換えに魔王の力を大きく弱体化させる。そのおかげでリヒトは魔王を討伐できるので、人類最強なりの役目を果たしたわけだ。
その最強に、シリウスは入学式で喧嘩をふっかけたわけだ――
あのバカ……。
頭が痛くなってくる。少しくらいシリウス君も常識を学んだかな? と油断していたのが甘かった。あいつの辞書に常識はない。もっと厳しく躾けないと……。
「さて、次は在校生徒代表として私の挨拶のようだけど、このまま私が話をしてもいいかい?」
そんな疑問文を口にしながら、誰の返答を待つこともなくマティアルが立ち上がった。
作中でも見栄えのする外見だったが、それと寸毫も劣らない。神々しさすら感じさせる存在感が立ち込めている。シリウスもやたらと派手でカッコいいのだが、並べても遜色がない。その辺、『人に好かれやすい主人公』として穏当にデザインされたリヒトは少し割を食っている感はあるな。
マティアルが立ち上がる。演説台の前に立つシリウスから視線は離さない。
始まるのか――?
最強の生徒会長と、勇者を屈服させた悪役貴族の戦いが?
俺だけではない。生徒たちもまた息を呑んで見守っている。
「本来であれば、新入生たちに愛をたっぷり込めた祝福のスピーチを贈るところなのに、君のせいで全てパーだよ」
「今から贈ってやればいいだろう?」
「彼らが望んでいない。彼らの頭の中は、私と君の会話に興味津々だからね。静粛で厳粛な入学式を一瞬で破壊するとは、実に『君』らしい」
「くくく……今から始めるか? ここで? 客の期待に応えないとなあ?」
マティアルは即答しない。
すっと目を細めて、シリウスを見返している。
緊迫感をはらんだ空気から針のような痛みを感じる。
……で、どうなる?
マティアルは答えを口にした。
「始めるわけがないだろう? 常識的に考えたまえ」
一瞬で空気が弛緩した。ここでの戦いはない――少なくとも、それは決したのだから。
だが、それに納得しない男もいた。
「ふざけるなッ! 逃げるのか!? アアン!?」
「はっはっはっはっは、逆に問おう。こんな不躾な挑戦を受けてもらえるとなぜ思う?」
マティアルが肩をすくめた。
「私は生徒会長だ。全生徒の模範である私が、校則違反を犯すわけがないだろ?」
「――なっ!?」
言われてみれば当然の指摘――基本となる前提で張り倒されたシリウスの愚かさを笑う小さな声があちこちからこぼれた。
「私に勝負を挑むのは好きにすればいいが、あくまでも学生としてのルールに則ってもらおうか」
「……はっ! 怖気付きやがって! 腰抜けが!」
「私は自分の領分を弁【わきま】えているだけだ。君のような、いつでもどこでも噛みつくしかない狂犬とは違う」
「お前にその気がなくてもなあ……こっちから始めりゃ関係ねえだろ!?」
シリウスがマティアルの襟首に腕を伸ばす。
――その瞬間、何かが起こった。
だが、マティアルの反撃があまりにも早く、無駄がなかったので判然としない。気がついたときには、
「うおっ!?」
シリウスの体が左から右の逆向きになっていて――マティアルに背後を取られていた。伸ばした右手の手首はマティアルにがっちりと握られていて、それ以外も巧みに拘束されている。
うまく関節を押さえ込んでいるので、シリウスはそれなりに痛いだろうな……。
「ははは、これは君の敗北にカウントしていいのかな?」
「なっ、ふざけるなよ!? この程度で!」
後背からかけられる声にシリウスが怒声を返す。確かに、やや軽率な動きだった。実際の戦闘ではないから、シリウスもそれほど気を入れていなかったのだろう。だが、シリウスがあっさりと無力化されたのもまた事実だ。
やはり、マティアルは強い……現時点でのシリウスでも届かないのか。
シリウスを抑え込んだまま、マティアルが声をかける。
「リヒト、こっちへ来てくれないか?」
「は、はい!」
リヒトが慌てて立ち上がり、シリウスの前までくる。
「何かご用でしょうか?」
「おい、こら、離せやああああああああ!」
もちろん、ぴくりとも拘束は緩まない。
「勇者リヒトは、この男をどう思う?」
「え、ええと?」
「率直な意見を聞きたい。そうだね、もう少し質問を絞ろうか。この男は魔王討伐において、有用だと思うか、無用だと思うか?」
「有用です」
間髪入れずリヒトが答える。そこに迷いはない。
「なるほど。であれば、私としては君たちに仲良くしてもらいたいな」
「それは僕も望むところです」
「勝手に話を進めるんじゃねえええええ!」
しかし、シリウスの体は動かない。
「そこでどうだろうか。君たち二人で生徒会に入るのはどうだろうか?」
「え?」
「ああああああああああん!?」
「君たちは魔王討伐における重要な戦力となるだろう。そんな君たちが生徒会に入り、切削琢磨してくれれば、これほど嬉しいことはない」
「もちろん、ぜひお願いします!」
「断るに決まってるだろうがああああああああああああ!」
「やれやれ。いい話だと思ったんだがね。シリウス、ダメなのかい?」
「お前! 人へのものの頼み方ってのがあるだろ!? こんなんで、いいって言うわけがないだろ!?」
「はははは、確かに。だけど、君、離したら暴れるし、そもそも離したところで、うんと言わないだろう?」
「……どうだろうな、試してみろ――ああああああああああああああ!?」
シリウスの関節がより一層、深くキマった。
「そうかそうか。うなずくまで苦しめるのも一興だけど、痛みで言うことを聞かせるのもあまりエレガントではない。人間、やる気が大事だからね。リヒト、一人だけでもいいから生徒会に入ってくれないか?」
「もちろんです! 僕もマティアル様から多くのことを学びたい!」
「はははは。いいね、素直な子は伸びるよ。わかったかね、シリウス?」
「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!」
「さて、せめて最後に、次代を担う若者同士で握手をしようじゃないか。リヒト、手を」
さすがにお人好しのリヒトも、今が異常な状況なのは理解しているのだろう。
とはいえ、生徒会長の命令だ。困惑した様子で、拘束されたシリウスに手を伸ばす。
もちろん、シリウスは握手なんてしたくはないのだけど、その右手では生徒会長によって拘束されている。抵抗虚しく右手を操られて、リヒトと握手することになる。
今、二人の英雄は確かに手を取り合った――
……かなり絵面に問題はあるが。
「うぐおおおおお! な、何をしやがるううううう!」
「仲良く。仲良く。私は仲良くという言葉が好きだよ」
「短い学生生活、共に切磋琢磨しようじゃないか、シリウス」
「だから、勝手に話を進めるんじゃねえええええええええ!」
シリウスの悲鳴が響き渡り、無茶苦茶な状況で入学式は閉幕した――
ゲーム本編とかなり乖離した内容だけど、これはこれでいいのかだろうか……?
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