第61話 演説・演説・演説
シリウスとリヒトは壇上に移動したが、執事の俺には関係のない話で、割り当てられた客席に移動する。
ほどなくして、入学式が始まった。
舞台の左右には椅子が配置されて、アイリス学園の要人たちが座っている。スピーチ予定のシリウスやリヒトの席も隣同士のようだ。それが嬉しいのか、リヒトはニコニコしていて、シリウスは不快そうに唇をひん曲げている。
老いた英雄、学長ゼフィリアンが立ち上がって中央にある演説台に移動する。
王国の苦難を何十年にも渡って退け続けた真の英雄――その姿には多くの王国民の憧れでもある。学生たちは熱を持った視線をゼフィリアンに向けた。
「諸君、アイリス学園への入学を心より祝福する。知っての通り、この学園は普通の学校ではない。王国の未来を盛り立てるエリートを育成するための学校だ。今ここに座っている君たちの双肩には、それほど重い期待がのしかかっておる。これからの学生生活において、そのことを常に意識して日々を過ごして欲しい」
一拍の間を開ける。
「そして、それ以上に意識してもらいたいことがある――魔王のことだ」
その瞬間、空気が凍てついたような雰囲気になった。
「こちらも存じておろうが、魔王の復活が近い。だが、心配はしなくてもいい。なぜなら、魔王という絶望に対抗するための希望もまたあるのだから」
ゼフィリアンが舞台の端に座っているリヒトに手を向ける。
「勇者リヒト――彼がきっと人類の勝利をもたらしてくれるであろう。ゆえに臆することも怯えることもない。我々の未来は明るく輝いている。それは魔王が蘇ろうとも変わらない。だが、その勝利にたどり着く道のりは決して楽なものではないだろう。このゼフィリアンも英雄として多くの苦難を退けてきたが、楽な勝利などなかった。無限の鍛錬と無数の苦難が続く日々であった。それは君たちが歩む道でもある。勇者リヒトともに光ある未来を勝ち取る仲間として、才能ある君たちもまた我々の希望なのだ」
ゼフィリアンが会話を止めて、座っている生徒たちをぐるりと見渡す。
「諸君、君たちは不幸な世代だ。我々よりも多くの苦労を背負うことだろう。だが、同時に幸福な世代でもある。君たちの戦いと勝利は100年以上の時を超えて語り継がれることだろうから。王国の剣として盾として杖として筆として――いずれ任せられる偉大なる任務に怯むことのない己になるよう、この学園で経験を積んでもらいたい」
ゼフィリアンの言葉が終わると同時、学生たちの拍手が大講堂に響いた。
なかなかにシビアな演説だったが、それにネガティブを感じる生徒は少ないようだ。当然だろう、勇者リヒトの同窓としてエリート学園に入るのだ――それはそういう意味なのだ。己の覚悟を再確認して、内心で熱い感情を燃やしているのだろう。
……俺は俺で熱いもの感じていた。
ゼフィリアンの演説、ゲームのオープニングと同じじゃないか……。それを生で見られたので、少し胸にくるものがある。
式典が粛々と進み、ようやく『入学生の式辞』が始まった。
「本年の世代を代表して、勇者リヒトのお言葉を頂戴します」
司会者の言葉を受けて、リヒトが演説台の前に移動する。リヒトは静謐な瞳で皆を見渡してから口を開いた。
「ご紹介に預かった勇者リヒトです。世代を代表する――と言われると少し違和感がありますね。そういう意識がないので……おそらく、みんなが代表になるんだと思っています。なぜなら、それほどに魔王との戦いは大きなものであり、大変なものだから。とても僕一人の力で勝ち抜けるものではない。みんなの力を借りなければ、勝つことなんてできないと思っているからです」
そこで一息を入れる。
「僕は勇者として、人類の希望として最前線に立ち続けると約束します。皆さんを勝利へと導くと約束します。だから、僕を信じてついてきて欲しい。僕にはみんなの力が必要だから。この学園で多くの生徒たちと
それが勇者の言葉だった。
ゼフィリアンの、まるで生徒たちの心を打ち据える鉄槌のような言葉とは違う、真心から皆を尊重し、ともに歩みたいという意思のこもった言葉だった。
もちろん、そんな温かい感情は生徒たちの琴線に触れる。
生徒たちは情熱を持ってリヒトの言葉に反応した。
……勇者リヒトの演説はゲームと違うな……。
ゼフィリアンの場合は、一言一句一緒だったのだが。
ゲームだと、ゼフィリアンの演説の後、主人公リヒトの演説が始まる。だけど、それはレベル1にふさわしい、頼りなくて短いものだった。
……まあ、今のリヒトはレベル1ではなく、すでに勇者としての覚悟も決まりに決まっている男だ。それなりに重みのある言葉を吐いたほうが不自然ではない。
だけど、この違いは気になるところだな。
そして、もう一つの違い――
「続いて、入学生代表シリウス・ディンバートのお言葉です」
シリウスの演説。
作中のオープニングでシリウスが演説することはないのだが。これは、シリウスが合格の決まっている入試に乱入してトップをかっさらい、おまけに勇者リヒトをボコボコにした関係だろう。ようするに、リヒトが演説するのに、シリウスが演説しないのはバランスが取れないのだ。
確かに筋は通っているのだけど――
あの傲慢なる男がどんな演説をするのだろうか。
以前、ルシアが住んでいたペイトロンに赴任した際、とんでもない着任演説をしそうになったので俺の提案で止めたのだが、今回は止めようがない。どんなことを演説するのですか? と聞いたが、「別に考えていない。その場で適当に話す」と返された。これでは手のうちようもない。
どうか、まともな内容でありますように……。
リヒトとの入れ替わりで、シリウスが演説台の前に立った。
「やれやれ、ボンクラどもが揃いも揃って間抜けなガン首を揃えているなあ!? 役立たずの低脳どもが!」
悪役貴族の言葉は最初からぶっちぎりでアウトだった。
待て、待ってくれ……!
「いいか、俺が目指すのはトップだ。もちろん、お前たちのトップじゃない。お前たちなどすでに俺の足元に及ばず、俺の眼中にも入っていない。なにせ、俺はお前たちボンクラどもが希望と崇める勇者リヒトすら叩きのめしたんだからなあ!」
思いっきりシリウスが首を動かして、リヒトに優越感のある視線を巡らせる。
リヒトは困った様子で苦笑を浮かべている。
シリウスが視線を再び戻す。
「価値のあるボンクラだけは、俺の足元にいることを許可してやろう。それ以外は俺の前に立つな。邪魔だからな。俺が目指すのはこの学園のトップ――学長ゼフィリアン、そして、ラグロス公爵家のマティアル、お前たちを超えることだ!」
生徒たちが騒がしくなる。常識破りのスピーチに、常識はずれの宣戦布告。さすがに平常でいられるはずもない。
教師たちは怒り心頭の様子だが、ゼフィリアンは無表情のままだった。巌のようにむっつりと口を閉じて、両方の瞳を固く閉ざしている。
一方、もう一人。ゼフィリアンの近くに座っている美しい顔立ちの男子生徒が、口元に小さな笑みを浮かべている。
その笑みに込められた感情は――不敵。
彼の名前はマティアル・ラグロース。ディンバート家と同じ公爵の爵号を持つ家の嫡男で、現アイリス学園の生徒会長でもある。
その腕前もすさまじく、次代の英雄とさえ噂されている。
ゲーム内でも圧倒的な強さの持ち主だ。一時的に仲間になったときは、お披露目されたステータスが明らかにぶっ飛んでいて全プレイヤが目を疑ったほど。
――まさに、本ゲームにおける人類最強。
パチパチパチパチ。
マティアルがにこやかな表情で手を叩いた。たった一人だけの拍手が響く。
「なんと素晴らしい宣戦布告。先輩として嬉しい限りだ」
そして、挙手した。
「さて、次は在校生徒代表として私の挨拶のようだけど、このまま話をしてもいいかい?」
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