第57話 決着
「ぐあああああああああああああああああああ!?」
漆黒の雷に身を焼かれて、激痛のあまりリヒトは絶叫をあげた。雷撃の衝撃に弾き飛ばされて、リヒトは後方に大きく吹っ飛ぶ。
動きが止まっても、すぐに動けないほどのダメージだった。
(こ、これが、シリウス・ディンバートの切り札!?)
とんでもない才覚だ!
痛みに苦しみながらも、リヒトは嬉しい気持ちになった。シリウスの実力は打倒魔王という途方もない目標を片付けるのに大きな助けになるだろう。これほどの人材に巡り会えたことがリヒトには大きな喜びだった。
(だけど、相当のダメージだ……彼本人も自爆したようだけど、まさか死んでいたりしないよな……?)
リヒトとは違い、直前までボロボロだったのだから、心配もしてしまう。
だが、その心配は杞憂に終わった。
観客たちが息を呑む。騒然とした空気が場を包む。忘我の状況であったリヒトも、さすがに異変に気がついた。
(……な、何が……?)
あ、あれがシリウス……? という誰かの声が聞こえた。そこにある畏怖は、今までのものとは重さが違う。それは絶望にも等しい声。何が起こっている? 同時、リヒトは痛みを忘れて勢いよくその身を起こした。
「ふっはっはっはっは……! ようやく目を覚ましたのか、勇者様?」
吹っ飛んだリヒトとは違い、さっきと変わらぬ場所にシリウスは立っていた。
全身に漆黒の稲光をまとわり付かせて。
オスカーとの戦いで見せた――偶然にも発見した『黒雷纏』モードだ。シリウスが黒雷を受けた際、ダメージを受けることはなく、代わりに身体中の神経回路が活性化した状態に遷移し、超人的な能力を発揮するのだ。
「こ、これは……!?」
「くくく、ダメージを受けたのはお前だけで、俺は超絶強化されたのさ!」
その言葉は決してハッタリなどではない。シリウスの全身から放たれる禍々しい圧が尋常ではないのだ。肌がピリピリとして、今までリヒトが激戦で積み重ねてきた生存本能が危険を声高に叫んでいる。
いや、そんなものを持ち出すまでもない――
周囲の受験生たちですら、シリウスに恐怖を覚えている。幼子ですら、今のシリウスを見れば、死の予感を覚えるだろう。
「……僕を倒すチャンスを逃したな。起き上がる前に倒せばよかったものを」
「ははは、可能だったなあ? だけど、それじゃあ、お前が浮かばれまい? 何が起こって、どう蹂躙されたか――はっきりと理解して負けてもらわんとな?」
一拍の間を置いて、シリウスが続ける。
「それこそが、完全勝利だ」
「……傲慢な男だ」
「今さらそれを言うのか? そうだよ、傲慢だよ。大貴族シリウス・ディンバートが傲慢で何か問題でもあるのか?」
シリウスが剣を構える。
「さぁて、終わらせてやろう。手心は加えるつもりだが――死ぬなよ?」
「負けるつもりはないさ」
リヒトもまた剣を構える。
しかし、黒雷の直撃を受けて痛む体に鞭を打ったところで、今のハイパーモードのシリウスを押し切れるとは思えない。
(――カウンターだ)
すぐにリヒトはその結論を下す。
カウンターは相手の攻撃力が高ければ高いほど威力を増す。今のシリウスを迎撃にするにはもってこいの技だ。
(さっきの戦闘中も、僕はたびたびカウンターを決めていた)
オールラウンダーのリヒトはカウンターを苦手としない。
シリウスのリズムを読み切る――
それさえできれば、決して負けることはない。
(カウンターで仕留める。リヒト、自分を信じるんだ!)
最大集中を持って、リヒトはシリウスを睨みつける。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
(――カウンターで仕留める、そう思っているんだろうなあ?)
そんなリヒトを眺めながら、シリウスはそんなことを思った。
黒雷纏がカウンターに弱いことをすでにシリウスは知っている。優秀な執事オスカーによって見事に打ち砕かれたからだ。
思い出すと、怒りでシリウスの頭はクラクラとする。戦いとは関係ない怒りなど本来は邪魔なのだが、シリウスは違う。その怒りを燃料として闘志を燃やす。
(ちょうどいい! オスカーとの戦いの前哨戦だ! テメェのカウンターをぶちのめしてやる!)
おそらく、リヒトは自分のカウンターに自信を持っているだろう。さっきまでの戦いでカウンターを決められていた事実はシリウスも認識している。
(だが、カウンターをさせていた――その事実は気づいていないよな?)
あえて、カウンターをさせていた。
なぜか?
リヒトのカウンターの間合い、呼吸を把握するためだ。
――カウンターはシンプルに、タイミングをずらすのが基本です。攻撃に『間』を作ってください。うまくいけばカウンターを殺せます。
オスカーの言っていたカウンター対策の一環だ。
カウンターはタイミングを合わせて一閃――それをずらせ、とオスカーは言う。ずらすためには、相手の動きを理解しなければならない。
リヒトがシリウスの攻撃の間を測っていたように、シリウスもまたリヒトのカウンターの間合いを図っていたのだ。
(その認識はないだろうがなあ……)
俺だけが持つ、俺の優位点。すでにシリウスは精神的な優位を確立している。
お前は、俺に攻略されるための撒き餌を食らっていたんだよ――
口元をわずかに歪める。
もう、リヒトなど、シリウスの眼中にはなかった。すでに傲慢なるシリウスにとって、リヒトは超えてしまった存在。叩き潰した羽虫なのだ。
今、シリウスの頭にあるのは、たった一人の男。
闘技場のそばで静かに戦況を見守っている、能面顔の陰湿な執事だ。
(オスカー! おあつらえ向きにあのときの再現だ! 俺はリヒトというゴミを踏み潰して、あの日の俺を超えたことを証明してみせる! これはお前への挑戦状だ! しかと目に焼き付けろ! もはやカウンター如きで俺を止められるものではない、その事実を!)
「勇者、お前には飽きた。俺の糧となって、失せろ」
シリウスが動く。
その動きの速さは、ほとんどの受験生たちにとって『消えた』という感じだろう。
だが、歴戦の勇者であるリヒトはその動きに反応した。はっきりとシリウスの動きはわからなかったが、何かが近づいてくる実感がある。
「カウンター!」
リヒトが剣を一閃する――!
だが、しかし。
シリウスもまた、その動きを読んでいた。
(そうそう当たってたまるかよ!)
シリウスは、オスカーの言っていた『間』あるいは『溜め』を作った。それによって生じたコンマ1秒の誤差。
リヒトの剣はシリウスの眼前ギリギリを掠めて通り過ぎた。
「終わりだ、勇者!」
絶叫とともにシリウスの一撃がリヒトの腹を薙ぎった。
「ぐはっ!?」
シリウスの手に手応えはなかった。その超威力は人体など抵抗と扱わない。骨の砕ける音とともに、リヒトの体は投げられたボールのようにかっ飛んでいき、闘技場の外へと飛び出す。
その先にいるのは学長ゼフィリアン――
英雄は逃げず、その両手で気絶した勇者リヒトを受け止めた。とんでもない衝撃だったろうに、老いた英雄の体は微塵も動かない。
「リヒト様ああああああああああ!」
聖女ミレーネが絶叫し、動かないリヒトの元へと駆け寄る。
空気がひび割れていた。恐怖と絶望だけが見学者たちの心を鷲掴みしていた。勝負が決したというのに、誰も何も喋られない。人類の希望である勇者を、理不尽なまでにねじ伏せた最悪の男に震えるような目を向けている。
それが、シリウスにはたまらなく心地よかった。
「あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! あーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」
腹の底から大声で笑った。この男にとっては、全てが愉快でたまらなかったから。
人類の希望たる勇者は、最悪なる貴族の足元に屈したのだ。
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