第56話 勇者の大攻勢、からの

 閃光と轟音に飲み込まれたシリウスは、自分の意識が一時的に消し飛んだのを自覚した。


(……こ、これは……!?)


 オスカーから口を酸っぱくして言われた、防御を無効化される事態だけは避けろという事態だ。

 いつもなら、それほどの隙を見せないが、大きな力の干渉が邪魔をする。


(なんだこれは! どこのどいつだ! 殺すぞ!)


 理不尽な状況のせいで腹が立つが、それに浸っている暇はなかった。

 リヒトが右手を差し出し、口をぱくぱくとさせた。轟音の影響で、シリウスの耳は一時的に遠くなっていた。

 理解するよりも早く、光の矢が飛んできた。

 ゲーム上の扱いだと、威力は最低の初級魔法だが、発動が最速であり、発射後の硬直がゼロの便利な魔法だ。

 そのライトアローがシリウスの胸を直撃した。


「がはっ!?」


 痛みはそれほどでもない。いかにリヒトが熟練の使い手とはいえ、しょせんは初級魔法であり、シリウスの魔法防御は高く、おまけに試合前にかけてもらった防御魔法もあるから。

 だが、そのいずれも、シリウスの硬直を軽減はしなかった。

 のけぞるシリウスに、リヒトが片手に襲いかかる。


「ハヤブサ斬り!」


 リヒトがレベル1から使える特殊攻撃で、ライトアローと同じく発生の速さと硬直の短さがウリの攻撃だ。

 容赦のない一撃がシリウスの肩を打ち据える。


「ぐおっ!?」


 こちらも強力な一撃にはほど遠い。しかし、シリウスはダメージを免れない。しっかりと攻撃を喰らって再びのけぞる。

 ライトアロー、ハヤブサ斬りともにリキャストの短さもまたウリである。

 リヒトに手加減をするつもりはなかった。

 このまま押し切る、その覚悟のまま、猛攻が始まる。


「ライトアロー、ハヤブサ斬り、ライトアロー、ハヤブサ斬り、ライトアロー、ハヤブサ斬り、ライトアロー、ハヤブサ斬り、ライトアロー、ハヤブサ斬り、ライトアロー、ハヤブサ斬り、ライトアロー、ハヤブサ斬り――!」


 棒立ちのまま、シリウスは為すがままにされていた。


(く、くおおおおおおおおお!)


 怒りが憤怒のように湧き立つ。反撃をしたくても、体が動かないのだ。まるで金縛りにあったような状態で、ひたすら攻撃を受けるだけ。

 この理不尽なまで不自由――

 常に己の意思のままに行動していたシリウスにとって、耐え難い屈辱であった。怒りで脳内が沸騰しそうだが、しかし、シリウスはオスカーの言葉を忘れていなかった。 

 ――こちらがどれほ警戒しても防御を割られる可能性は否定できません。最後の切り札を用意しておきましょう。相手もピーキーなタイミングで動いているのです。ただ一瞬だけ、動きを乱してやればいいのです。


 言われた通り、事前に用意しておいた・・・・・・・・・・


(いちいちあいつのプラン通りなのは腹が立つが……!)


 しかし、役に立つのは事実だ。


「ハヤブサ――うわっ!?」


 技を放とうと踏み込んだ瞬間、リヒトを頭上から落ちてきた小さな雷が襲った。一撃を喰らって大きく弾け飛ぶ。

 終わらない攻撃が、ついに終わったのだ。

 事前に発動しておくことで、任意のタイミングで雷攻撃を放てる魔法だ。超攻撃型のシリウスは自分が攻撃する際の追撃として用意しておくことが多いのだが、今回は防御のために用意していた。


 ――いいですか、シリウス様。調子に乗って、その雷を攻撃で使うことは避けてください。あくまでも、ピンチの際の切り札です。勝つことよりも、負けないことが大事なのですから。


(チッ、口うるさいやつだ!)


 腹は立つが、アイディアが役に立ったのは事実だ。

 リヒトが体勢を整えて剣を構える。


「やれやれ、あのまま押し切れるかと思ったんだけど、なかなか甘くないね……」


「当たり前だろうが。俺を誰だと思っている?」


 シリウスは口元に笑みを閃かせた。余裕そうな雰囲気を漂わせているが、表面だけだった。いくら初級技ばかりとはいえ、高レベルのリヒトにしこたま殴られたのだ。大攻勢によって受けたダメージは相当のものだ。


「2度と同じチャンスはないと思え!」


 剣に稲光を宿らせて、シリウスが攻撃に転じる。

 防御を完全に捨てる――全身全霊での攻撃こそが解だとシリウスは判断した。守りに入れば、またしても強引にスタン・グレネードで防御を割られるだろうから。


(こっちが倒れる前に、お前を叩き潰す!)


 動かないリヒトにシリウスの斬撃が当たる――

 瞬間、リヒトの体がかき消えた。


「な、なんだ!?」


 消えたリヒトの背後に、新たなリヒトが立っていた。

 理解するよりも早く、リヒトが剣を閃かせた。シリウスは超反応でそれを剣で弾く。慌てて後退しながら、奇妙な挙動を見せたリヒトを睨みつける。


「おいおい、どういうことだ、これは?」


「光魔法ミラージュ・アバター」


 リヒトが答えながら、シリウスを中心にして円を描くように歩く。

 すると、どうだろう、歩いているリヒトの残像が60度おきに残っていく。合計6体のリヒトがシリウスを取り囲む。

 リヒトたちが剣を構えて、シリウスと対峙する。


「なんだ、こいつは?」


「光の魔法によって生み出した、僕の虚像だよ」


「ははは、虚像! つまりはただの映像か!」


 もちろん、種明かししていなくても、最初のやり取りでシリウスは実像ではないことを看破していたが。


「俺が狙うのは本物の一体だけ――だが、お前もまた本物の1体しか俺にダメージを与えられない。なんの意味がある?」


「強がるのはよせ、シリウス。君なら気づいているだろう……? 僕の圧倒的な有利な状況に。確かに君の言うとおりだが、本体の僕はまるで森の中に身を潜ませて君と戦えるのに、君は森そのものを敵にしないといけないのだから」


 シリウスの眼前に立つリヒトが喋っているが、それが本物だという保証はない。

 もちろん、有力ではあるが。


「サンダーアロー!」


 シリウスが、そのリヒトに向かって雷の矢を放つ。黄金の煌めきは、リヒトの残像をかき消しただけだった。


「ハズレだ!」


 叫び、リヒトたちが一斉に襲いかかる。


「うおおおおおおおおおおお!」


 シリウスは雄叫びを上げて応戦した。片っ端から近づいてくるリヒトの残像を切り捨てていく。いずれは残像も全滅する――なんてことはなかった。残ったリヒトの残像が次々と分裂して増殖していくからだ。

 そして、残像を相手するシリウスの隙をついて、本体のリヒトが攻撃魔法や斬撃による攻撃を仕掛けてくる。

 シリウスはまたダメージを積み重ねる状況に陥った。


「クソがああああああ! おい、こら、リヒト! 勇者ってのは、こんなコスイ戦い方をしていいのかよ? もっと爽快感ってのを大事にしろ!」


「勇者に求められるのは派手さではなく、確実に勝つことさ。僕の敗北は世界の破滅につながるのだから。君のような凶暴な男は一瞬で状況を覆すほどの破壊力を持つ。だから、絶対に負けない戦いをするのさ」


 地道にシリウスの体力を削り続けるリヒト。それは手堅い作戦であり、彼が標榜する『地味だけど絶対に負けない戦法』を体現したものだった。


 だが、彼はシリウス・ディンバートを甘く見ていた。

 その直感を、その叡智を、その洞察力を、その分析力を。


 リヒトは決して闇討ちがワンパターンにならないよう、注意して攻撃を仕掛けていたが、それはあくまでも『心がけていた』だけ。無意識のうちに一定のパターン、あるいは癖が出てしまうのは自然なことだ。

 普通なら問題ない。普通の人間であれば気がつかないから。

 だが、相手は最悪の天才シリウス・ディンバートなのだ。その眼力は決して、節穴などではない――

 もう少しでシリウスを仕留めることができる。そう考えていたリヒトが攻撃を仕掛けた瞬間のことだ。

 その一撃は確かにシリウスを捉えたが、シリウスもまたリヒトを捉えた。

 まるでリヒトがそこに来るのを読んでいたかのようにシリウスもまた踏み込み、攻撃してきたリヒトの手首を掴んだのだ。


「うっ!?」 


「はっはっはっは! 捕まえたぞ、コラァッ!」


 もう虚像による誤魔化しは効かない。だが、リヒトにはまだ余裕があった。


「ここで殴り合う気かい? だけど両手剣の君はゼロ距離では不利だろう?」


 おまけに、もう体力が尽きかけているのは明らか。

 消耗線に持ち込めば勝つのは間違いなくリヒトだろう。


「くはははは、殴り合う気なんて、ねぇよ。ちょろちょろするお前を最強の攻撃魔法で焼いてやるだけだァッ!」


 絶叫したシリウスの周囲に、小さな黒い稲光がバチバチと発生する。


「……自爆!? この距離でそんな魔法を!? 君も無事ではすまないぞ!」


 間違いなくシリウスは限界を迎えるだろう。一発だけ耐えればリヒトの勝ちだ。


「どうだろうな? 試してみようじゃねえか?」


 へらへら笑いながら、シリウスが最後の言葉を放った。


「『黒雷コクライ』!」


 巨大な黒い稲光が蒼天を割って降り注ぐ。

 漆黒の奔流がシリウスとリヒトの二人を同時に焼き尽くした。


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