第55話 ハメ技を通すな

 特別試合は場所を変えて行われることとなった。

 アイリス学園の一角に、石で作られた円形の闘技場があった。壁や天井はなく、野晒しの状態となっている。

 ゼフィリアンが口を開いた。


「ここで戦ってもらおう。この円形のリングの外周には結界が張られていて、外に出ていく魔法を防御する仕組みがある」


 流れ弾防止である。

 シリウスにしろリヒトにしろ、両者ともに一撃必殺の魔力を誇るのだ。そんなものが外部に漏れ出せば見学者に甚大な被害が出るだろう。

 闘技場に立ったシリウスがぐるりと周囲を見渡す。


「あんたらが魔法を使う場合――外から入ってくる魔法はどうなる?」


「素通りする。お前たちの戦いを止めるために力を行使する場合もあるからな」


「はっ、くだらないことで邪魔をするなよ、クソジジイ」


 シリウスとリヒトが闘技場で相対する。

 両者とも、アイリス学院から帯出された刃を落とされた剣を持っている。ただし、シリウスは両手剣で、リヒトは剣と盾だが。

 もちろん、剣の威力を殺したところで、魔法をそのままにしていれば片手落ちだ。

 アイリス学園の優秀な魔法使いが二人に防御魔法をかける。これは、効果中は一定のダメージを強制的に遮断してくれるものだ。一撃死を防ぐのが目的だが――


「オーバーキルを叩き出してやる!」


 とシリウスはやる気を見せていた。

 全ての状況が整った。

 あとは開始の合図を待つばかり。

 当落に関わらず全ての受験生たちが見学を希望し、周囲で固唾を飲んでいる。もちろん、教師たちも同様だ。

 最強で最高の勇者と、最強で最悪の悪役貴族のどちらが勝つのか――

 闘技場から離れた場所に立つゼフィリアンが片手をあげる。


「よいか、決してこれは殺し合いではない。お主たちの力を測るための戦いだ。それを忘れることのないように」


 そう言ってから、手を振り下ろした。


「始め!」


 もちろん、シリウスにとって、ゼフィリアンの言った言葉など意味はなく、鼓膜に入った瞬間、脳ではなくゴミ箱に移動した。

 そして、もうずっと全身が闘争本能で燃え上がっているシリウスに自重はない。


「死ねやああああああああああああああああ!」


 様子見をするつもりなどない。

 絶叫とともに全速力で距離を詰めてリヒトへと襲いかかる。

 シリウスの閃光のような連続攻撃を、しかし、リヒトは正確に剣と盾で弾いていく。


(そうだな! やはり、それくらいはしてくれないとなあ!)


 シリウスの興奮のギアが上がる。

 一瞬のやり取りだけでわかる。リヒトは本物だ。オスカーと戦ったときと同じ『魂がひりつくような感覚』が蘇る。適当に戦えば、あっという間に敗北の烙印を押されるだろう。


 だが、それこそが本望。

 雑魚の相手など退屈で、時間の無駄でしかないのだから。


 滅多にはない戦いにシリウスの心はときめくが――

 気に障る部分もあった。


 ゼフィリアンが開始の合図を下してから、どうにも体に重さがあるのだ。まるで透明の粘液が両手足に絡まっている感じ、というか。通常の動きだと問題ないのだが、例えばリヒトの盾で殴られて崩れた体勢が崩れたとき、それを戻そうとすると微妙に動きの邪魔となる。


(ゼフィリアンが何かしてきたのか?)


 なくはない。ゼフィリアンとしてはリヒトに勝ってもらいたいだろうから。そのための下駄ならば遠慮なく履かせるだろう。

 だが、魔法的な挙動の制限とは違ったものを感じるのも事実だ。

 より大きな力によって干渉されているような。

 ――シリウス様。いいですか、対リヒト戦において『奇妙な感覚』を受けるかもしれません。私の言っていることを聞いていれば問題ないので、無視してください。

 シリウスは思い出す。訓練の最中に、オスカーが言っていたことを。


(奇妙な感覚が何かを言ってはいなかったが、これのことか?)


 その通りだった。

 これはオスカーの懸念していた『チュートリアルで発生するシリウスの弱体化』だが、もちろん、シリウスはそのことを知らない。

 答えを求めるシリウスは、見学しているオスカーに視線を飛ばす。いつも通りの能面のような表情でじっと見返すだけで、その瞳からはなんの感情も見通せなかった。

 シリウスが大きく舌打ちした。


(あいつ、何か知っているのか?)


 どうにも謎めいた男で、あいつだけがなぜか知っていることが多すぎる。その事実が実に不愉快だ。


(何も知らずに踊れということか!)


 それだけで感情が揺らめくが、今はオスカーの犬という事実。従うしかない。オスカーはシリウスに勝って欲しいようなので、わざと負ければ鼻を明かすこともできるだろうが――

(その選択肢はない!)


 勇者リヒトにわざと負けるなど、ありえない。傲慢なる貴族シリウスのプライドが許さない。


(いいだろう! お前の思う通りに踊って、勝ってやる!)


 シリウスとリヒトの攻防は続く。

 だが、シリウスは少しずつ己の形勢が悪くなっている事実を勘付いていた。それはわずかな差で――シリウスの野生的な勘でなければ決して気づけなかっただろう。

 少しずつ、シリウスの防御が回らなくなっているのだ。


(ふざけやがって!)


 腹が立つ点は、己が劣っているわけではないことだ。さっき感じた『不快な感覚』と同じものが、シリウスの防御を蝕んでいるのだ。

 これもまた、オスカーの懸念した『システムの干渉』だ。チュートリアルにおいて、シリウスはガード時に増えるガードブレイクゲージの上昇量が増える。これがリミットを超えるとガードブレイクが発生し、しばらくの間、行動が取れなくなるのだ。

 刻一刻と、シリウスのガードブレイクゲージが溜まっている状況だ。

 オスカーのアドバイスを思い出す。


 ――リヒトの甲羅割りには気をつけてください。それで防御を破られた場合、ライトアローとハヤブサ斬りで一気に押し切られる可能性があるので。


 ここもまた、先回りしているオスカーの助言。


(あの男は!)


 役には立つが、いちいち腹が立つ!

 一方、リヒトもまたシリウスの状況には気づいていた。リヒトの攻撃を受けた際、シリウスの体勢の戻しが、彼らのレベルを踏まえると少し間があるのだ。

 不思議な気もするが――

 リヒトはこれを好機と見た。

 甲羅割りを発動し、ライトアロー、ハヤブサ斬りと繋ぎ、再び甲羅割りに戻れば、ひょっとすると反撃を許すことなく押し切れるのではないか、と――

 リヒトはシリウスの防御が限界を迎える直前、勝負に出た。


「甲羅割り!」


 見かけはただの斬撃だが、ガードブレイクゲージへのダメージを強めた一撃である。

 ――もちろん、その動きはシリウスの様子の範囲だ。

 なぜなら、なぜか情報通のおせっかいな執事から情報をもらっていたからだ。


「オラッ!」


 ガードすることでガードブレイクゲージが削られるのなら、ガードしなければいい。

 大きな隙を生み出して無限の連続攻撃を喰らうくらいなら、一発もらったほうがいい。なぜなら、甲羅割りはガードブレイクゲージへのダメージを優先する代償として、通常のダメージはかなり弱いからだ。

 ガードしない、という判断にリヒトの表情が驚きに変わる。


「なっ!?」


「ははははは! どうしたどうした!? そんなに驚くことか!?」


 シリウスは一気に間合いを詰めて、再び攻勢にでる。


 ――いいですか。甲羅割りを無効化したら、攻め込んでください。リキャスト時間があって……ああ、意味がわかりませんか。すぐに打てないのです。その間、甲羅割り以外の攻撃が来たら、ガードしてわざとブレイクしてください。また甲羅割りを狙ってきたら、ガードせずに受けて、最初から繰り返す。


 オスカーの采配の通りに全てが進んでいる。

 シリウスを追い詰めていたリヒトは逆に追い詰められてしまった。


 リヒトは今、二択を迫れている。甲羅割り作戦を捨てるか、捨てないか――


 その迷いは一瞬の判断が求めら続ける達人同士の戦いでは致命的だ。これを繰り返

せば、いつかリヒトは大きな隙を見せてしまうかもしれない。

 だが、リヒトに迷う必要はなかった。

 彼には第三の選択肢があったから。

 リヒトはシリウスの攻撃を回避しながら、今度は魔法を行使する。


「スタン・グレネード!」


「うおおおおお!?」


 瞬間、閃光と轟音がシリウスを直撃する。

 これはまさにガードブレイクゲージに干渉する魔法であり、甲羅割と同じくブレイク時の隙を延長する効果がある。

 読み通り動けなくなったシリウスに、リヒトが右手を差し向けた。


「ライト・アロー!」

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