第54話 勇者リヒト! 俺と戦え!

「さて……合格したものも、そして不合格だったものにも、忘れないでもらいたい事実がある。お主たちが勇者リヒトと同じ世代である事実だ」


 ゼフィリアンの語り出した事実に、再び場内の空気が硬質さを増す。


「魔王の覚醒は近づきつつある。その最終決戦において、少しでも『強さ』が必要だ。お主たちは勇者リヒトと共に戦う世代でもあることを念頭に日々を過ごして欲しい。前世代の英雄だったものとして、あえて厳しく言わせてもらおう――」


 一拍の間を置いてから、ゼフィリアンが続ける。


「未来を守る戦いとは甘いものではない。そして、敗北が許されるものでもない。必勝のみを誓い、戦う前から命を賭して鍛錬を積み重ねる。それ以外になく――それ以外を許されない。生半可な覚悟ではないと知れ」


 50年もの間、王国を守り続けた英雄の言葉には、文字通りの重みがある。どこか浮ついていた空気が一瞬にして引き締まった。


「君たちは知りたいであろう。力とは? どれほどの高みを目指せばいいのか? なので、私から提案がある。いずれは人類最強の高みに至るであろう二人の『現在の立ち位置』を見て、己との距離を学ぶのはどうだろうか」


 人類最強の高みに至るであろう二人――

 その言葉は一瞬の間を置いて受験生たちの脳裏に浸透し、彼らは全く同じ『二人』を思い浮かべた。

「勇者リヒト、主席シリウス。あのゴーレムであっても、君たちにとっては相手として不足であっただろう。正直に言おう、君たちの全力を見てみたい。二人で模擬戦を行い、我々に強さの極致を――王国の未来の輝かしさを見せてもらえないだろうか?」


「ふははははは……上出来だ、ゼフィリアン……! ははは……」


 口の中で噛み潰すようにシリウスが言葉を発する。

 これが『算段』とやらか。

 シリウスを試すために強化ゴーレムと戦わせ、そして、それに破壊という形で答えて主席をもぎ取る――満点回答を示したシリウスに学長が答えたわけか。

 巻き込まれて血気盛んな肉食獣と戦う羽目になった勇者としては災難だがな……。

 だが、ゼフィリアンの問い方には優しさがある。

 あくまでも問いかけだから。もしもリヒトが否定すれば、この話は終わりになる。さて、どう答えるのだろう。


「受けてやろう、勇者リヒト! 俺と戦え! そして、叩き潰してやろう!」


 上機嫌な様子でシリウスが会場中に響き渡る声で宣言をする。

 さすがはシリウス――

 先制攻撃、ゼフィリアンの用意した抜け道をあっという間に塞いでいく。早々にシリウスが戦いの機運を高めたので、これで避ければ、それはリヒトが逃げた形になる。

 リヒトに怯んでいる様子はなかった。

 その視線を、力強い視線をシリウスの側に向ける。くすりと笑ってから、口を開――

「勇者様が受けるわけないでしょうが!? このアンポンタン!」


 怒りをはらんだ大きな声で割り込んだのは、聖女セリーナ。


「しかも、叩き潰すとか!? 人類の希望を叩き潰してどうするの!? あんたみたいな危険人物が戦っていい人物じゃないの! 国宝なの!」


 完璧なまでの正論であった。確かに、うっかり勢い余って勇者を叩き潰されては困ったものではない。

 ゲームでもそうであったが、聖女セリーナは正論パンチが得意な人物だ。


「はははははは……あーあ……それは確かになあ、くくく……」


 一方のシリウスは薄ら笑いを浮かべて受け流し、


「しょせんは8位止まりのポンコツ勇者だもんなあ……? 俺に負ける未来しかないのはわかる。尻尾を巻いて逃げ帰るのはお利口さんだ。聖女だって負けて欲しくないよなあ? そいつが負けたら、そいつに仕えるお前の価値も下がるんだからなあ?」


 人としてクズな煽り言葉を吐きまくる。

 どうしてこの男は、こんなひどい言葉をアドリブで吐けるのだろうか。もう少し頭の良さを建設的なことに使うべきだろう。


「なっ――!?」


 ひどい侮辱にセリーナが顔を真っ赤にする。

 どうやら、友人らしきルシアが困惑した表情を浮かべている。いずれの立場につくべきか悩んでいるのだろう。

 ゲームでも、実は今と同じように勇者サイドをシリウスが痛罵するシーンがある。そのときは容赦なくシリウスに襲いかかって返り討ちにあい、

 ――生意気な雌犬には、あとでお仕置きをしてやらないとなあ……?

 なんて言われていたのに。


「あ、あなたという人は……場をわきまえなさい!」


「おいおい、アンポンタンは場に相応しいのか?」


 今度はシリウスが正論パンチを繰り出す。


「そ、それは、あなたの物言いが言わせたことで――!?」


「相手が踏み越えたと思っても、自分は踏み越えない。それが貴族のマナーだぞ、レディー?」


 シリウスが減らず口を駆使ししてセリーナを押していく。基本的に、善意とか優しさがないので、シリウスは口論だとめっぽう強い。


「あ、あなたに言われたくありません! ともかく! リヒトへの侮辱は――!」


「ありがとう、セリーナ。ここからは僕が話すよ」


 リヒトがセリーナを庇うように腕を伸ばすと、じっとシリウスに視線を送る。


「わかった、戦いを受け入れよう」


 シンプルな応答は瞬く間に試験場に広がり、受験生たちのざわめきに変わる。そこにあった驚きの成分はあっという間に興奮に変わっていく。

 それはそうだろう。

 勇者リヒトと主席シリウス――それはまさに最強決定戦のようなカードなのだから。

 だけど、それに敢然と反対する人物がいた。


「ダメです、リヒト! あの畜生と戦っては! ああやって暴言を吐いてペースを奪うのはあの男の常套手段なんです! あなたにもしものことがあったら――」


「大丈夫、僕は負けないよ。必ず勝つ。僕を信じてくれないかい?」


 じっとリヒトが聖女セリーナの顔を見つめる。

 恥ずかしくなったのだろう、少し顔を赤くしたセリーナが瞳を逸らした。


「ず、ずるいです……そんな聞かれ方をしたら……私は……リヒトを信じていますから」


「うん、知ってる」


 にっこりと笑ってから、リヒトが続けた。


「信じてくれるセリーナのために、僕は勝つよ」


 続いて、リヒトは視線をシリウスに向ける。その目には、セリーナに向けていた優しさのかけらも残っていない。戦士として、戦うものとしての意思が宿っている。


「始めようか?」


「はっ! いい表情だ。これは期待できる!」


 二人の戦いが決まった。

 受験生たちの興奮が高ぶる中、学長ゼフィリアンが再び口を開く。


「それでは、これより特別試合を行う。お主たちは互いに王国を支える両翼となるであろう器。互いの強さを知れば、互いへの敬意も生まれるであろう。これを機に互いを認め合える関係になることを願う」


 いよいよ、勇者と悪役貴族の決戦が始まる――



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