第53話 首席の座は誰のもの

 ゴーレムを真っ二つにしたシリウスが、俺たちの場所へと戻ってくる。

 生徒たちの畏怖――いや、恐怖そのものを一身に浴びて。

 生徒たちが動揺しているのは当然だろう。ほぼマトモに戦えなかった鋼鉄のゴーレムを真っ二つにしたのだから。それも厄災も同然の男――シリウス・ディンバートが。

 そんな感情の残滓など興味すら示さず、シリウスは傲然とした足取りで歩く。


「ああやってぶっ壊した」


 ルシアに声をかけながら、楽しそうに片手をぱっと広げた。


「どうだ? お前の想像を超えたか?」


「は、はい……信じられません……とんでもないものを見ました……」


 だが、ルシアの目に恐怖はない。そこに宿るの配布ですらなく、畏敬。


「さすがはシリウス様です」


「ははははは! そうだ、それでいい! これが俺の力だ! お前のような雑魚とは圧倒的に違う、才能の差だ!」


 シリウスはゴーレム戦で使用していた、へし折れた剣をルシアに押し付けた。


「返してやろう。天才シリウスがゴーレムを叩き斬った由緒ある剣だ。お前のチンケな家の箔にでもするんだな!」


「ありがとうございます」


 酷い言いようだが、ルシアは言い返すことなく剣を受け取った。アホには何を言っても意味がない、そんな諦観? いいや、違う。ルシアは間違いなく『シリウス』という人間に敬意を抱いている。

 まるでそれは、無力な少女が己の命を助けてくれた英雄を信奉するかのような――

 ……ずいぶんと変わったものだな……。

 ゲーム内だと、シリウス側についた場合は、無理やりシリウスの侍らせガール隊に入れられて、ずっと死んだ魚のような目で恨み言を言っている感じのキャラだったのに。

 本人の気持ちが前向きなのはいいことか。

 俺の思考はそこで打ち切られた。


「お前の目からはどう見た、オスカー?」


「そうですね……」


 素直に追従するのもつまらないので、少し話の矛先を変えてやろう。


「ゴーレムの動きが明らかに、他の受験生を相手にしたときと違っていたのが気になりました」


「気づいたか。そうだな、俺だけの裏モードってやつだろう。仕掛けてきたやつには心当たりがある」


 そう言って、シリウスの目が動く。

 その先にいるのは学長ゼフィリアン――

 教師たちに囲まれたゼフィリアンはシリウスの視線など気づいていないのか、表情ひとつ変えずに試合を眺めている。


「おおかた、俺の頼み事を聞くための代金だろう。喧嘩を売ってきた点は許し難いが、余興としては存外に楽しめた。今回は不問にしてやろう」


 頼み事――

 なるほど、それがリヒトと戦うための『算段』か。受験用のゴーレムも倒せずに勇者に挑むつもりなのか? それがゼフィリアンの意図なのだろう。

 そして、その勇者が今まさに試合場でゴーレムと向かい合っている。


「シリウス様」


「わかっている」


 見逃すはずがないだろ? と言わんばかりにシリウスが薄く笑う。その目は俺と同じ方角を見ていた。

 勇者リヒト――

 世界を滅ぼす魔王と対をなす存在。『シリウス学園クロニクル』の主人公。

 その彼がついに戦う。


(吸血鬼ニコライアを討ち果たしたということは、もうレベルがかなり高いはず)


 レベル1であるなら、ゴーレムに勝てるとは思えない。

 だが、今のリヒトであれば、どうか。


「レーザー」


 リヒトが光の魔法を放つ。一条の光が虚空を走り、ゴーレムの盾を切り裂いた。がらん、と盾の上部が地面に落ちる。


「ほぅ」


 シリウスが愉快な出し物を見たかのように目を細める。

 レーザーは物語の中級くらいで覚える魔法だ。ニコライアを撃破したことから考えると、覚えていてもおかしくはない。直進性が高さと防御力を無視した固定ダメージを与える特性を持っている。

 勝利を宣告されたリヒトが静かにし愛情を後にする。


「ふん、地味な男だな」


「気を遣ったのでしょう。2体目を破壊してしまったらテストに支障が出ますから」


 そう、誰かさんが1体目を破壊したから。


「くはははは! だからこそだろう? 全てを破壊し尽くして台無しにしてやればいい! 慌てふためく様が面白いだろう!? だから地味な男なんだよ!」


 口からとんでもないことが垂れ流されているよ? ルシア、こいつを尊敬するのはやめたほうがいいぞ……?

 そんなシリウスの期待をうまくリヒトが裏切ってくれたおかげで、どうにかこうにか実技試験は進んでいく。

 やがて、最後の受験生が終わり、試験はつつがなく――いや、つつがあったが、どうにかこうにか終了となった。


「さて、雑魚どもの時間の無駄が終わったな。これからがお楽しみタイムだ」


 試験を終えたシリウスがのんびりと残っていた理由は、今日中に合格者が発表となるからだ。だから、手応えのなかった受験生たちも最後の奇跡を信じて試験場に残っている。

 もちろん、シリウスは合格か不合格に興味があるわけではない。

 そんなもの、答えは決まっている。

 彼の興味は、彼が頂に立ち凡愚どもを見下せるかどうか――その一点のみだ。

「諸君、ご苦労であった。君たちが未来を掴もうと日々の研鑽を示してくれたことに深く感謝する。そして、確信する、君たちのような若者がいる以上、王国の未来は明るいと」


 ゼフィリアンが締めの言葉を話し始めている。

 それを聞いて、隣のへそ曲りが小声で笑った。


「そうだな、この俺がいるからな。ゴミどもの戦力がゼロでも、俺のおかげで未来は明るい――まあ、俺が明るくしてやるかどうかは知らんがな」


「君たちの研鑽は見事なものだが、監督できる人間の数に制限がある以上、合格者は決めなばならん。結果に関わらず、王国のために何ができるのか――力あるものの義務として己の研鑽を続けてもらいたい。では発表する」


 ゼフィリアンが懐から紙を取り出した。

 その紙を両手で挟み込むと――

 ゼフィリアンの頭上に、大きな文字で無数の数字が浮かび上がる。その番号は、合格した学生たちの受験番号だ。


「あった! あった!」


「ええ? 落ちた……」


「よっしゃああああ!」


 歓喜の声があちこちから響き渡る。

 もちろん、そこにはシリウスとルシアの番号も存在している。


「ありがとうございます、シリウス様! オスカーさん!」


「ふん、当然だ。俺が教えたのだからな」


「おめでとうございます、ルシア様」


 ルシアは喜びでプルプルと震えて、顔をくしゃくしゃにしていた。アイリス学園への入学は男爵家にとっての登竜門と呼ばれている。あくまでも『子爵以上の貴族の子女の数によって調整される余り枠』の奪い合いなので、倍率はかなり高いのだ。

 リヒトに視線を送ると、隣の聖女セリーナが大げさに喜び、それを受けて照れた様子で頭をかいている。受験番号は不明だが、どうやら合格したのだろう。お勉強のほどは不明だが、ゴーレムを圧倒したのだから当然か。


「――静粛に」


 ゼフィリアンの静かな声で、受験生たちが口をつぐむ。

 老いても元英雄。その声には無視できない威厳がある。


「合格しても決しておごらぬように。あくまでも、可能性があると見込まれただけなのだから。その可能性を実現できるかどうかは、君たち自身にかかっておる」


 一拍の間を置いて、ゼフィリアンが続けた。


「そして、合格者もまた一線ではない。上には上がいる――君たちの順位を発表しよう」


 ゼフィリアンが合格者たちの順位を発表し始めた。22位ルシアの名前が読み上げられてから14人目で、

「――8位、勇者リヒト」


 その名前が読み上げられた。ざわりと空気が揺れる。人類の希望なのだから、1位にはなって欲しかった、というのが本音だろうか。

 今までは淡々と名前を読み上げるだけだったゼフィリアンが初めて補足を入れた。


「リヒト君は戦闘成績が頭抜けていてトップランクだが、勉強が足を引っ張っている。英雄は腕力ではなりえん。学院では勉学にも力を入れてもらいたい」


「精進いたします」


 そう言って、リヒトが頭を下げる。


 ――リヒト君は戦闘成績が頭抜けていてトップランクだが、


 学長はそう言った。トップランク――つまり、トップではないということ。ゴーレムを圧倒したのは2人だけ。単純な引き算の計算だ。

 そして、その残った一人は勉学においても非凡な才能を持っている。

 もはや首席の位置は揺るがない。

 その男は、しかし、無表情を保っている。いつものような暴言を吐くこともなく、静かに学長の発表を待っている。

 それから6人の名前を告げられたが、シリウスの名前はなかった。

 もう皆がわかっている。

 誰もが、悪名高き最強の名前を知っているから。そして、その名前が呼ばれていないことに気づいているから。

 ああ、あの最悪最強がまたしても俺たちを見下すのか――


「1位はシリウス・ディンバート」


 反応は何もなかった。受験生たちは静かに息を呑んでいる。まるで暴君の即位を見守る家臣たちのように。


「ふん、自明のことがその通りに起きただけ。波乱のない茶番など論評の価値もない。そんなことより――」


 シリウスの瞳が怪しく輝く。


「首席をとってやったんだ。ふさわしい祝いを寄越すんだよな、ゼフィリアン?」


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