第52話 力を示すのは、強者の特権なのだ

(な、なんという……!?)


 さしものクローゼも、見た目の派手さに驚きを隠せない。自慢のテスト君3号が、雷撃の奔流に飲み込まれたのだから!


(大丈夫だ、大丈夫……テスト君たちはただの鎧ではない。魔法防御も施してある)


 だから、受験生程度の使う生半可な魔法は属性を問わずダメージにもならない。

 もちろん、シリウスの魔力の強さはその範囲に収まらないが――


(結局のところ、雷は金属にダメージを与えられない!)


 その結論が立ちはだかる。

 クローゼの計算は、テスト君3号はシリウスの攻撃を耐えしのぐと解を出した。


(魔力を出し尽くして、疲れ果てたところがシリウス、お前の敗北だ!)


 シリウスがライトニング・ストリームを打ち切った。

 グラウンドの土煙がたなびいていて、ゴーレムの様子が判然としない。やがて、ゆっくりと土煙の色が落ちて、大きな影が浮かび上がる。


「ほぅ……」


 シリウスが口元をおかしそうに歪める。

 土煙が晴れた後、そこにはテスト君3号が立っていた。以前と変わらぬ姿勢ではあったが――必ずしも姿は同じではない。

 その体は真っ赤に赤熱していた。ゴーレムの表面についた土埃が熱で染まり、蒸気が噴き上がっている。まるでテスト君3号の激怒を表すかのように。


(熱……?)


 当然ながら、雷は熱も放出する。強力な魔力で作り出された雷撃を山ほど受けたのだから、そうなるのは当然だ。


(だが、だからどうした!? 鋼鉄の融解温度は1400度! 赤熱化は700度! 融点まで進めて溶かすのなら別だが、まだまだ遠い! むしろ、触れば火傷では済まないほどの高温! お前がピンチになっただけだ!)


 融点狙いのゴリ押しは無駄に終わった。

 もう泣いて助命だけがシリウスの生き残る道だ。


「万策尽きた――この俺様が泣いて助命する姿でも幻視しているのか、間抜けども?」


 シリウスがせせら笑う。

 彼を嫌う周囲の、すべての教師や生徒たちを煽るかのように。


「教えてやろう、すべてはプラン通りだ」


 シリウスが半ばからへし折れた剣を掲げる。

 直後、折れた先を補完するかのように雷の刃が現れた。それはさらに長さを増し、いつもシリウスが扱うグレートソードと同じほどまで伸びていく。その黄金の輝きは華々しく爆ぜて、煌めくような輝きを周囲に投げかけていた。


「くくくくく……知っているか? 金属は熱すると硬さを失うんだよ」


(――!?)


 雷の剣を手に、シリウスが一気に距離を詰めた。

 ゴーレムが赤熱化した拳を撃ち放つ。

 シリウスは高く飛んだ。

 同時に放った斬撃がゴーレムの右腕を切っていた。ばぎん、と音を立てて、切断されたゴーレムの腕が地面に落ちる。


「おおおおおおおおおおお!?」


 ついに難攻不落のゴーレムに無視できないダメージが入った。そのことに観客たちが騒然となる。

 だが、まだ終わっていない。

 まだ、悪役貴族のショーは終わっていない。

 シリウスは煌々と輝く雷鳴の剣を手に持ち、ゴーレムの頭上まで飛んでいるのだから。


「終われ」


 振りかぶった雷剣をゴーレムの頭上へと振り下ろす。まるで熱したバターを切るかのように、テスト君3号が真っ二つになった。

 シリウスが着地の後、轟音を立ててテスト君3号だったものが左右に倒れる。


(そ、そ、そ、そんなああああああああああああああああああ!?)


 クローゼは頭がくらくらするような衝撃を覚えた。

 結局、終わってみればシリウスの圧勝。『前提として受験生を相手にするもの』というレギュレーションがあったのは事実だが、その範囲内でベストを尽くした自負はある。なのに、こうも一方的に負けてしまうなんて!


(なんという男だ、シリウス・ディンバート! 性格がクソなこと以外は完璧だという噂に間違いはない……!)


 そのクソなのが問題なのだが。


「は、しょーもないゴミだ。図体がでかいだけの、でくの坊。こんなものに苦戦するバカどもと同級生になるのか? 時間の無駄だな、おい?」


 シリウスは周りの学生たちに聞こえるように言って大笑いした後、唖然として硬直する審判に声をかける。


「審判? まだ出し物は続いているのか?」


 シリウスの言葉にハッとした審判が反応する。


「し、試合終了! またゴーレムが破壊されたため、ここでの試験は中止、後続の受験生は別の試合場に振り返るので、しばらく待機するように!」


 もう興味をなくした様子でシリウスが試合場から去っていく。

 これほどの大勝を見せても、賞賛も歓声も沸き起こらなかった。それはシリウスへの反発心もあるだろうが、誰もが怖かった・・・・。生半可な強さではないゴーレムをあそこまで破壊し尽くす暴君への恐怖に胸を苦しくしていたのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 もちろん、シリウスの大勝劇をリヒトたちも見ていた。


「うわあ……相変わらず最悪……ゴミよ、ゴミ。あの男こそ、真性のゴミ」


 リヒトの隣に立つ聖女セリーナが、顔を歪めている。

 なかなかの言いようだが、仕方がない。

 ――こんなものに苦戦するバカどもと同級生になるのか? 時間の無駄だな、おい?

 などと言っているのだから。シリウスにはボロクソに言われる権利がある。


「ね、リヒトもそう思うよね?」


「ははは……言い方が悪いのは事実だね……」


 わざわざあんな言い方をしなくてもいいのに――と人のいいリヒトも思うけれども、反抗心よりは賞賛の気持ちのほうが強かった。


(あのゴーレムを力技で破壊してしまうなんて)


 勝つだけではない。倒すだけではない。ただただ単純に、破壊し尽くした。シリウス・ディンバートの火力には凄まじいものがある。

 性格的にも口の悪さも酷いものだが、その強さには尊敬するものがある。


(結局、僕も『強さ』に憧れているってことか)


 勇者として人々を守るために強くならなければならない。強さと向き合う以上、他者の強さに惹かれるのも無理はない。


「勇者リヒト! 君の番だ! 試験場へ!」


 まだシリウスの衝撃が抜けきらない中、別の試験場でリヒトの名前が呼ばれた。


「はい」


「リヒト、頑張って! サクッと勝ってきなさい!」


 聖女セリーナの応援の声に押されてリヒトは試験場へと向かった。そこには、シリウスと同じ形状のゴーレム――正式名称テスト君1号が立っていた。

 勇者が試験場に姿を見せる。

 だが、それに対する観客たちの反応は乏しかった。シリウスの残したインパクトが大きすぎて、まだ皆の情報処理が間に合っていない。


(……まあ、別に注目を浴びたいわけじゃないから、別にいいんだけど――)


 じっとリヒトはゴーレムを見つめる。


(だけど、負けたくはない気持ちもある)


 シリウスへの対抗心が燃え上がる。

 あの男があれだけのことをしたのだ。称賛を浴びたいわけじゃない。ただ、強さを示したい。自分にもこれだけの力があるのだと示したい。

 欲がムクムクと頭を擡げる。強者でありたいと願い続けた人間の持つ欲が。

 思わず、剣を握る手に力がこもる。


(おっと、いけないいけない……熱くなっちゃいけない。シリウスが1体壊しちゃって手順が無茶苦茶なんだ。僕までゴーレムを破壊したら大変なことになる)


 審判の教師が開始を告げる。


(そうだ、ならば、これでどうかな?)


 リヒトは、リヒトの攻撃を待ち受けるゴーレムに指を向けた。


「レーザー」


 瞬間、ゴーレムめがけて一条の細長い光が突進した。一直線に、曲がることなく。それはゴーレム本体ではなく、左手に持つ盾に直撃する。当たった場所があっという間に赤くなり、白くなり――


「ふっ!」


 リヒトは腕を横に振った。レーザーが横へと流れる。直後、がらんと音を立てて、切断された盾の上の部分が地面に落ちた。

 眺めていた観客たちが息を呑んだのが伝わってきた。

 ゴーレムが持つ盾もまた、ゴーレム怪力にふさわしい厚手の重厚な盾なのだ。それをあっさりと魔法で切断するなんて!


「……さて、どうしましょうか?」


 リヒトが審判に目を向ける。

 伝えたいことは難しいことではない。もしも続けるのなら、ゴーレム本体もまた同じように破壊しますけど、大丈夫ですか?

 2体目が破壊されてしまえば、試験進行への影響は大きなものになるだろう。

 審判が学長ゼフィリアンに視線を向ける。ゼフィリアンが頷いたのを見て、全ては決まった。


「試験は終了だ。終わりで構わない」


「ありがとうございます」


 一礼して去っていくリヒト。シリウスへの畏怖が雰囲気を支配する中の、圧倒的ではあるが、瞬間的で地味な勝利――ゆえに気づいた人間は少ない。リヒトは個人的には満足しながら、セリーナの元へと戻っていく。

 問題ない。己の力は存分に示した。

 自分もまた、ゴーレムを破壊することができる。


(確かに、君は強いよ、シリウス・ディンバート。だけど――)


 勇者である僕は、君よりももっと強い。

 そのことを証明してみせよう。


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