第51話 ゴーレムvs悪役貴族シリウス
アイリス学園には天才的なゴーレム技師クローゼが在籍している。
20代後半の男性教師だが、教育に情熱を持つというよりは研究に投入できる予算に惹かれて学院で勤めている。
この試験で使われているゴーレムも彼が作ったもので、性能には絶対の自信がある。
だが、それは欲求不満でもあった。
己の芸術作品を、低レベルな貴族の相手に使われるなんて!
とはいえ、クローゼは己の職分をわきまえている。受験生を傷つければ、己の職責を厳しく問われるだろう。この理想的な職場を追われるような真似はすまい。
数日前、そんなクローゼに、学長ゼフィリアンが告げた。
「シリウス・ディンバートが受験を受ける。思うがままに打ち据えよ」
「……は?」
「増長するあやつの鼻っ柱をへし折るいい機会だ」
クローゼの技術者魂に火がついた。
どうやら遠慮はいらないらしい。おまけに、貴族であるクローゼは、シリウス・ディンバートの悪名も知っている。あの男に天誅を下せるのは実に清々しい気分だ。
(ついに本気を出せるよ、テスト君3号!)
そんなわけで、エンジニア魂を燃やしたクローゼはテストの開始ギリギリまで『対シリウス・ディンバート決戦兵器』として出力拡張を行った。
(くくく、覚悟するがいい!)
クローゼは瞳を爛々と輝かせて、試合上を見つめた。
――まずは腕試し。
近づいてくるシリウスを迎撃するため、ゴーレムが棒を突き出した。
(たいていの受験生は、この迎撃すら突破できない)
しかし、シリウスは違った。
ゴーレムの連続攻撃を巧みにかわしながら、あっという間に距離を詰めて肉薄する。
(なんという!?)
先ほどのルシアも攻撃をかわして接近戦に持ち込んでいたが、それは一撃一撃を避けながら着実に距離を詰めていく手堅いものだった。速度を緩めることなく、その全てをすり抜けるように回避したシリウスとは次元が違う!
「オラァッ!」
シリウスが気合いの一閃をゴーレムに叩き込む。
だがしかし、それは鈍い金属の音を響かせるだけだった。シリウスの一撃は、鋼鉄の肉体を持つゴーレムに浅い傷を負わせただけだ。
「チッ! なかなかの硬さだな!」
シリウスが吐き捨てながら、ゴーレムの攻撃を回避する。
(……当然だ! そのゴーレムはフルアーマーをベースに作ったものだが、鎧の厚みは通常の10倍で設計している!)
人間が着ることを前提としないからこそ可能な超重装甲だ。
いかに『性根は腐っているが、才能は天才。性根は腐っているが』と名高いシリウスといえど、その程度が限界なのだ。
(いや、違う。それでもすごいのか……)
浅くても、そんな重厚なアーマーに損傷を与えたのだから。ルシアの斬撃も当たりこそすれ、ダメージは与えていなかった。
「調子に乗るな、デク!」
シリウスが電光石火の3連撃を叩き込む。それは初撃と同じく、ゴーレムの各所に軽微な損傷を与えた。
ゴーレムが反撃に転じる。器用に腕を動かし、剣で言えば『柄』に当たる棒の部分でシリウスを払おうとする。
「ハッ! 遅え!」
シリウスがかわしざまに剣を一閃、突き出された柄を叩き切った。
「おいおい、斬れるのかよ?」
かぁんと音を建てる柄を見て、斬った本人が笑う。
(なんと……!?)
棒も、もちろん、鋼鉄製だ。
(確かに、あの重装甲に傷をつけるのなら無理はないが……!?)
ゴーレムが後方へと下がる。できた距離を利用して、今度は棒を振り下ろす。その一撃は泊まることなくシリウスの頭上へ――
「斬れるって言っただろうが!」
シリウスがためらうことなく剣を薙いだ。鈍い音がして、棒の残りの部分が真っ二つになる。見学している受験生たちが騒然となる。自分たちを苦しめた鋼鉄の棒がこうもあっさりと破壊されたのだから。
(やるな……、さすがは悪童にして神童シリウス!)
しかし、クローゼは焦らない。まだ余裕がある。まだテスト君3号は本気を出していない。
(今まではお前を試すために『受験モード』のままだった――だが、それではお前に勝てないようだ。本気の『ビーストモード』を見せてやろう!)
クローゼはリミッターを解除する魔法を行使した。
それを受信したテスト君3号、その頭部にあるフルフェイスの兜の隙間、ちょうど左目の位置に赤い輝きが灯る。
今、受験生に大きな怪我をさせないための制御が解除された。そこに存在するのは、目の前にいる敵を叩きのめすためだけの戦力だ。
――しかも、学長ゼフィリアンが許可した、限界を超える調整を行なった代物だ。
使い物にならない棒を投げ捨てて、ゴーレムが文字通り、鉄塊の両拳を己の胸の前でぶつける。ガァァァァァン、という金属音が咆哮のように響き渡った。
鋼の棒は武器ではなかった。
テスト君3号を縛り付け、受験生たちの安全を保障する拘束だったのだ。
「なんだぁ? 様子が変わったか?」
危機感も、驚きなく、ただただおかしそうな様子でシリウスが薄く笑う。
その目が審判を見る。審判はそっと視線を外すだけで何も言わない。
それだけで、シリウスは全てを理解した。普通ならば、もう教師が止めている頃だ。これは死闘ではなく、受験なのだから。これほどの力をシリウスが示した以上、採点には充分な結果であろう。
だが、止めない――
そこには何かしらの意思が介在している。
それができるのは学長ゼフィリアンのみ。
そこまで、シリウスはたどり着いている。
そこで命乞いをして慈悲を求めるのがシリウスではない。こんなものは無効だと怒るのがシリウスではない。
相手の策謀を破壊し尽くして己を誇示することこそが、傲慢なる王の在り方。
「だったら、盛大にぶっ壊してやらなきゃなあ……!」
おかしそうにシリウスが言って、唇をぺろりと舐める。
ゴーレムが攻勢に打って出た。
それは他の受験生を相手にしたときとは明らかに違う積極的な動作であり――殺すための動作だ。
明らかに速く、力強い。
ゴーレムが握った拳を撃ち下ろす。鉄塊が地面に突き刺さる。爆発音がして地面に大きな穴が抉れた。
もちろん、シリウスはすでに回避――
しているが、すでにゴーレムは距離を詰めて二撃、三撃と繰り出す。
「調子に乗るな――ライトニング・アロー!」
シリウスの手から放たれた、雷の矢がゴーレムの胸を撃つ。
しかし、雷の一撃はゴーレムの胸に吸収されただけで、その表層でバチバチと火花を散らしただけだった。
(当然、当然! 金属は雷を流すだけ! そして、ゴーレムは金属の塊! なんの問題もない!)
つまり、シリウスの雷撃に対する相性の良さがあるのだ。
(雷は効かない! 白兵戦は拳の範囲! 一撃を食らえれば倒される距離で、ちまちま鋼鉄の壁を剣で刻むかね!?)
すでにチェックメイト。
クローゼは己の勝利に酔っていた。社交界を悩ませる、多くの貴族たちの頭痛の種シリウス。そのシリウスにいっぱい食わせられるのは実に清々しい。
キィィィィン!
澄んだ音がした。ゴーレムの拳をさばこうとしたシリウスの剣が、半ばから真っ二つにへし折れたのだ。
さすがの状況に、審判である教師が口を開きかける。
「――っ」
「おい、邪魔をするな。いいところなんだから。こいつは喧嘩だ。誰かさんが仕掛けた喧嘩なんだよ。最後までやらせろよ、なあ?」
ヘラヘラと笑いながら、シリウスが釘をさす。
そして、右手を向けると同時、
「ライトニング・アロー!」
再び雷撃がゴーレムを襲うが、それだけ。パッと鎧の表層で火花が散って消える。
さっきの繰り返し――
(無駄なことを!)
「ははは、無駄か? どうかな?」
ばちばちっとシリウスの周りが帯電し、シリウスの周囲に複数の雷の球体が浮かび上がる。レッサードラゴンやオスカー戦で見せた――
「ライトニング・ストリーム!」
膨大な雷の初級技ライトニング・アローを連続して射出、圧倒的な物量による面制圧を行うシリウス固有の攻撃魔法だ。
華々しく咲き誇る黄金の本流に、受験生たちが畏怖の声を漏らす。
轟音と豪爆と――あっという間にゴーレムの巨体が雷撃の渦に飲み込まれた。
「はははははは! オラオラ、デカブツ! うすのろのいい的だな! どこまで耐えられるかやってみようじゃないか!」
受験会場に、シリウスの哄笑が響き渡る。
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