第50話 試験開始

 あっという間に、アイリス学園の試験当日がやってきた。

 ディンバート公爵家の豪華な馬車に乗って、試験会場となるアイリス学園へと向かう。

 馬車の中には俺、シリウス、ルシアの3人が座っている。ルシアは前世の受験生と全く同じく、血走った目で書物を眺めている。

 そんなルシアを見て、


「……はっ! 今さら詰め込んでどうする? 詰め込んだ先からこぼれていくだけだろうが?」


 シリウスがせせら笑いながら、皮肉をこぼす。

 シリウス本人は余裕しゃくしゃくである。どっかりと腰掛けて、まるでこれから遊びにでもいくかのような様子だ。


「……勉強しなくて大丈夫なのですか?」


「当たり前だろう?」


 ルシアの言葉をシリウスが鼻で笑う。


「合格するかどうかは問題ではない。首席をとるかどうかだ――もちろん、とるがな」


 自惚れでもなんでもなく、シリウスは断言する。

 そして、それは少なくとも『ゲームの時点だと』事実である。

 シリウスはゲーム開始時点で、首席入学として紹介されて、その後も主人公が勉強に励んで追い落とさない限りは成績を維持し続ける。

 シリウスはふざけた男だが、地頭の良さは頭抜けているのは確かだ。

 ……ゲームの世界と少しずつ変わっているので、今回も同じように話が進むとは限らないのだけど。


 試験は2日に分けて行われる。

 第一日目は『学力テスト』――前世と同じく、受験生の学力を問う書くペーパーテストを1日かけて行う。


 テストに関する2人の感触はとてもわかりやすかった。


 シリウスはいつも通りだ。豪語に見合う手応えはあるのだろうが、それを口にすることもない。謙遜しているというよりは、受験の手応え如き『とるに足りないこと』をわざわざ舌にのせる価値もないのだろう。

 一方、ルシアは疲労困憊という様子でふらついている。……剣の修行であれば何時間も嬉々として続けるルシアが、こうも疲れ果てるとは……。


「大丈夫ですか、ルシア様?」


「はい。合格はできたんじゃないかな、と……」


 体調のことを聞いたのだけど。まあ、それなりの手応えがあったのなら、問題はない。


「当然だ。俺が教育してやったのだから。落第など許すものか」


「ありがとうございます」


「明日は得意分野だ。腕前を見せてみろ」


「……はい!」


 そう、2日目の実技試験は脳筋ルシアの得意分野――戦闘だ。

 試験用のゴーレムと白兵戦なり魔法なりで戦い、己の技量とセンスを見せる。この世代は勇者リヒトの出現による『対魔王戦のパーティーメンバー候補』という側面もあるので、きっと実技試験の点数割合は高いものになっているのだろう。主席を目指すシリウスとしては落とせないところだ。


 試験の2日目が始まった。


 昨日と何も変わらない、ただただ傲然とした様子のシリウスと、どうやらぐっすり眠れたらしく気力充実したルシアとともに試験場へと向かう

 実技試験はアイリス学園の校庭で行われる。

 校庭には4つの矩形が区切られていて、そこが闘技場らしく、それぞれに試験用のゴーレムが配置されている。各闘技場には何番から何番という感じで受験番号が割り振られていて、受験生は自分の番号になったらゴーレムと戦うことになる。


「……はっ、無為な時間だ。雑魚のタコ踊りを眺めるなんてなあ!」


 シリウスが周囲の受験生に聞こえる声で嘲笑する。彼らはチラッと視線を投げかけて眉をひそめるが、何も言わない。ここにいる人間のほとんどは男爵家だ。悪名高きシリウス・ディンバートを知らないものなどいない。


 ……率直なところ、シリウスの言葉は表現こそアレすぎるが、必ずしも『言い過ぎ』というわけでもない。実際、受験生たちの戦いは実に拙い。シリウスと戦えば、1秒としてもたないだろう。

 そんな未熟な、シリウスにとっては『どうでもいい』彼らの戦いを、自分の番が来るまで眺めているのだ。確かにボヤきたくなるのもわかるが。


 ゴーレムはなかなか精強なようだ。素材は鋼鉄製で、盾と棒で受験生の相手をしている。そもそも鋼の鎧をそのまま殴るようなものなので、生半可な実力者ではダメーすら与えられないのだが、動きもバカにはできない。

 それは正しく洗練された戦士の挙動であり、おそらく普通の騎士と戦っても、簡単には攻撃を当てられないだろう。アイリス学園の優秀な魔法使いが、金をかけて作っているのだから当然といえば当然か。


 なので、ほとんどの受験生は、そもそも勝てない。彼らの放つ斬撃は当たらず、魔法が当たっても弾かれる。基本的には勝てない戦いだが、それに臆することなく、少しでも『自分の輝き』を示すのが、この実技試験の本質なのだろう。


 このゴーレムの優秀なところは決して過剰な反撃をしないことだ。男爵家の子女とはいえ、貴族は貴族。間違っても殺さないような配慮が行き届いている。

 その辺も、アイリス学園クオリティなのだろう。

 恐るべきことに、進行役の教師はいるが、採点をつけている様子がない。おそらくはゴーレムが勝手に採点して本部に点数を送っているのだろう。恐るべし、アイリス学園クオリティ!


「次、42番、ルシア・ラグハット!」


 ついにルシアの順番がやってきた。

 軽装の鎧を身にまとったルシアが闘技場に踏み込む。その前に、2メートルほどの大きさのゴーレムが立っている。まさに鋼鉄の塊だ。

 ルシアは剣を引き抜いた。

 ちなみに、この剣は刃のついた普通のものだ。武器も鎧も持ち込みは自由となっている。何を持ってこようとゴーレムを倒すことなんてできない――

 そんなアイリス学園のプライドを感じさせてくれる。


 審判が開始の声を宣言する。

 ルシアの試験が、戦いが始まった。


 ゴーレムは動かない。これはいつものことだった。基本的には受験生たちの先手を取らせて、それに対応していく。実力差を考えると、ゴーレムが攻撃に回ると、あっという間に終わって試験にならないからだろう。そのため、鋼の山を思わせるゴーレムの存在にビビり受験生が動けなくなると、白けた雰囲気になりやすい。

 ルシアはどうなのか……?


「はあああああああああああああ!」


 臆することなく、怯むことなく、気合の言葉とともにルシアはゴーレムへと向かっていった。

 ――ルシアは強かった。

 強力なゴーレムを真っ向から相手にして一歩も引かない。ゴーレムの防御をかいくぐって、きっちりと攻撃を当てていく。そして、ゴーレムの反撃を軽やかな動きでかわす。その動きは洗練された戦士のものであり、他の受験生たちとは一線を画している。

 それは間違いなく『戦い』として成立していて、おまけにルシアが優位に進めている。

 さすがはネームドキャラだな。

 ……あるいは、シリウスとの修業のおかげなのかもしれないが。


「それまで!」


 審判が割って入り、実技試験は終わった。

 戦おうと思えばまだまだ戦いは続いたが――なるほど、基準が時間なのか他のものなのか不明だが、こうなうると審判が止めるのか。

 一礼をして、ルシアが去っていく。

 俺たちの元へと戻ってくるルシアの表情には、やり切ったという満足感が漂っていた。自分でも手応えがあるのだろう。その目には、自分を認めて欲しいという、そんな強い輝きが見える。


「お疲れ様です。ルシアさ――」


「なんだ、あの体たらくは?」


 俺の言葉を遮って、隣に立つ傍若無人が容赦のない言葉をかける。


「あれがお前の限界か、ルシア?」


「……今は、まだ。シリウス様なら、いかようになさいますか?」


「俺か? 俺なら……そうだな、ふふふ、ならば見せてやろうか」


「43番、シリウス・ディンバート!」


 いよいよ、シリウスの名前がコールされた。

 その名前が響き渡ると同時、会場がざわめき、異様な雰囲気になる。みんなが知っている。シリウスという男の危険性を。その名前への畏怖を。


「剣を貸せ」


 ルシアの剣を受け取り、シリウスは傲然とした様子で歩いていく。周囲から向けられる視線はネガティブなものばかり。だが、そんなものをシリウスは気にしない。しょせん、彼にとって価値のない人間の思想なのだから。

 闘技場に立つ。

 目の前のゴーレムにじっと視線を送る。


「……シリウス、鎧はいいのか?」


 言葉の通り、シリウスは普段着のままだ。他の受験生たちが怪我を避けるために固めている防御に比べれば、あまりにも異様。

 シリウスは、ふっと鼻で笑う。


「不要だ」


「……わかった。忠告はしたからな」


 教師もまた、シリウスという男のことを知っているのだろう。ならば、職責を超えてまで心配などしてやる必要はない。

 教師が戦いを宣告する。

 シリウスが剣を構え、挑発するかのような笑みを口元に浮かべる。


「――さて、どう壊されたい、デク人形?」


 鋼の兵に、シリウスが襲いかかる。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る