第49話 対勇者リヒト秘密特訓
『アイリス学園クロニクル』だと、オープニングである学校初日の最終でシリウスとの戦闘が始まる。
廊下を歩いていたリヒトとシリウスの肩が当たるのだ。
――貴様、平民の分際で俺に触れるとはいい度胸だ。勇者とおだてられて調子に乗っているのか? お前の下賎な匂いが服に染み付いただろう。捨てるか。だが、新品なのは気に食わないな。お前の血で汚してから、捨てるとしよう。潰してやる、剣を抜け。
アイリス学園では移動時に模擬用の剣を帯剣する学則がある。なので、シームレスに決闘に移行できるのだ。ちなみに、決闘のための学則ではなく、帯剣の重みを体に馴染ませるための訓練なのだが。
これが『アイリス学園クロニクル』における初戦闘となる。
『アイリス学園クロニクル』はターン制のコマンドバトルではなく、リアルタイム制のアクションによる戦闘方式が取られている。ゆえにプレイヤは素早く状況判断し、的確な操作をする必要がある。
つまり、ゲームとしての難易度は高い部類に入る。
シリウスとのバトルは、そのゲームに馴染んでもらうためのチュートリアルとして位置付けられている。
ただ、リヒトがレベル1である点と、シリウス自身が強く設定されている関係で、まともに殴り合って勝てる状態ではなかったりする。おまけに、ゲームに不慣れな点を考えると、普通にやると虐殺されてチュートリアルにはならない。
そのため、『有利な点』がリヒトには与えられている。
まず攻撃が当たったときの『のけぞり』が、シリウスは大きなり、リヒトは小さくなっている。
そして、防御したときに『ガードゲージ』が減る仕様なのだが、シリウスは多めに減って、リヒトは減りにくい仕様になっている。そして、ゲージがなくなった際に発生する『ガードブレイク』という大きな隙もシリウスは大きく、リヒトは小さく設定されている。
他にも、カウンターで対抗する際の入力判定がリヒトは甘めになっていたり、と初心者様でも善戦できるような設定になっている。
チュートリアルバトルなのだから、当然ではあるが。
ただ、そんな優遇があっても――
基本的に、プレイヤーが操るリヒトはシリウスには勝てない。それくらい、シリウスの基礎スペックは高く設定されている。ゲームの前半をリードする因縁の悪役貴族様なのだから、当然だが。
なので、勝てないのでは? というのがゲームが発売してからしばらくの見解ではあったが、プレイヤ本体のプレイングスキルが習熟するに従って、ついにチュートリアルでシリウスを撃破するプレイヤが現れた。
当初、シリウスって倒せるんだ、だけで受け止められたが、波紋はその後に大きく広がっていった。
というのも、シリウス撃破後だと、今までとは違う分岐を示したからだ。
例えば、女騎士ルシアは必ずシリウス側につくと思われていたが、敗北を喫するとリヒト側のキャラになるルートが発生する。さらに、シリウスがラスボス化するのも、ここでの敗北が必要だ。
勇者リヒトに負けたという屈辱――
その憎悪と劣等感がシリウスをラスボスへと
このチュートリアルで様々なルートが開かれるが、シリウス勝利の通常モードに比べて、シリウスに不利な悲惨な展開が多くなる。
破滅フラグ回避を最優先としたい俺としては、リヒトとの初戦は絶対に勝ちたいのが本音だ。
……今回の戦闘結果が、果たしてチュートリアルと同じ影響を及ぼすかどうかは不明だが、リヒトとの初戦という観点では同じ。油断は許されない。
「いいですか、リヒトとの戦いで注意しないといけないのは『ハメ技』です」
「……ハメ技?」
「おっと、失礼――」
ゲームをしたことがない人間に、こんな表現をするのはよろしくないな。
「……そうですね、ずっとリヒトの攻撃を許して、逃げられなくなる展開を指します」
「はあ? リヒトに逃げられないほどの連続攻撃を許す? そんなわけないだろ?」
「それを祈りたいところですが、話を聞いてください」
ハメ技は以下の手順で発生する。
・シリウスのガードゲージを削り、あと一発でガードブレイクの状況に追い込む。
・リヒトの特殊攻撃『甲羅割り』を発動する。
・ガードブレイクが発生、シリウスが硬直する。
・光の矢を飛ばす『ライトアロー』を動けないシリウスに撃つ。
・再び動けなくなったシリウスに『ハヤブサ斬り』を仕掛ける。
・以後、動けないシリウスに『ライトアロー』と『ハヤブザ斬り』を交互に仕掛ける。
なぜ、これがハメ技になるのかというと――
まず、甲羅割りには『ガードゲージを大きく削る一撃。その攻撃でガードブレイクが発生した場合、倒れるまでの硬直を1.3倍にする』という特性がある。
つまり、硬直を長くする効果がある。
後続の『ライトアロー』と『ハヤブザ斬り』には当たり判定の発生がとんでもなく速いという特性がある。
ようするに、甲羅割りで硬直を長くして、その後に出の速い技で削り殺す戦法だ。
こんなハメ技があると、ただのクソゲーなのだが、通常はハメにならない。
チュートリアルだと『シリウスの硬直モーション』が大きくなる設定なので、ここだけ偶然にもハメ技が成立してしまうのだ。
……まあ、偶然なのかどうか、は不明だが。クリアできないアクション下手な人のために、公式がわざと用意した可能性もある。
「リヒトの甲羅割りには気をつけてください。それで防御を破られた場合、ライトアローとハヤブサ斬りで一気に押し切られる可能性があるので」
ゲーム的な表現を抜くと、説明はこんなものか。
「私も甲羅割りを打てますので、お相手いたしましょう」
「ふん……! 心配性なやつだ!」
「それともうひとつ。カウンター対策です」
カウンターは俺の武器――あまり教えたくはないが、仕方がない。シリウスには頑張ってもらわないといけないから。
カウンターの受付時間もチュートリアル段階では伸びるため、対策をしておくに越したことはない。
「カウンターの対策ねえ……俺に教えていいのか?」
「その程度で、私が揺らぐとでも?」
「言ってくれる……!」
本当は揺らぐのだけど。ここは強気で押せ押せ。シリウスに弱みを見せるな。
「カウンターはシンプルに、タイミングをずらすのが基本です」
カウンターは、相手の攻撃ごとに決められた『カウンター受付時間』にコマンド入力することで発生させる。ただ、この世界の住人には、その知識がないようで、どうも『匠の技』だと思われているようだ。
そして、ゲーム的に攻撃のタイミングをずらす方法はある。
攻撃を仕掛けるときに、攻撃ボタンを長く押すと少しだけ攻撃時間が変えられるのだ。うまく仕掛ければ、相手のカウンターを打ち破ることができる。
……これは、俺自身、つまり、敵キャラとしてのオスカーを攻略する方法として使われている。
あまり知られるのは良くないが、ある程度は割り切るしかない。
「攻撃に『間』を作ってください。うまくいけばカウンターを殺せます」
攻撃ボタンを長く押す――をどのように、この世界で表現するのかは不明だが。きっとシリウスならば見出してくれるだろう。
「ほぅ……その練習も付き合ってくれるのか……?」
シリウスの瞳が怪しく輝く。
俺とカウンター対策を練習する――すなわち、それは俺自身の対策でもある。
「もちろんです。私はあなたの従者ですから。それとも怖気付きましたか?」
「ぬかせ! こちらこそ、願ってもない!」
獰猛な笑顔を浮かべて、シリウスが腰から剣を抜いて構える。少しの辛抱もするつもりはない、という印象だ。
「手を抜いて差し上げます。ぜひ、一発でも当ててください」
「ははは、行くぞ!」
シリウスの攻撃が襲いかかってくる。
……カウンターがオスカーの代名詞ではあるが、それだけでは心許ない。いつか攻略される日は来るだろう。今日の助言があろうと、なかろうと。天才シリウスとはそういう人間だ。
どうやら、カウンター以外の第二の武器が必要らしい。
それを見つけなければいけない。シリウスという肉食獣を導き、命を助け、最後に食い殺されたとあっては笑い話にもならないのだから。
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