第48話 悪役貴族の嘘

 放蕩息子のシリウスだが、公爵という肩書きは伊達ではなく、束の間の王都滞在にもかかわらず、忙しくしている。

 基本的に、面会を求めてくる人間は『公爵家より下の人間』なので、シリウスの横柄な態度もそれほど問題にはならない。そもそも『貴族』というものはそういうものだ。


「ちょうどいい。お前もついてこい――」


 なぜか随行させられているルシアにとっては居心地の悪さが半端ではないようだ。

 ずっと寂れた村で暮らしていた人物で、家格も高くはない男爵だ。

 彼女にとって、シリウスと面談する『大商会のトップ』や『著名な研究者』などは雲の上のような人物であり、緊張の連続のようだ。


「大丈夫ですか、ルシア様。お顔の色が優れないようですが……?」


「だ、大丈夫です。こ、これも貴族として大きくなるためのステップです。屈するわけには参りません!」


 そんな強い意志を持ち、日々を過ごしている。

 そんなルシアを見て、シリウスが笑う。


「ははは……! いい根性だ。よかったなあ、お前個人では見れない景色が見れて? せいぜい足掻いて掴めるものだけでも掴んでいけ」


「はい!」


「だがな……毎晩の夜遊びに付き合うのは構わないが、勉強は大丈夫か?」


「べ、べんきょ……!?」


 忘れていた、という感じでルシアが固まる。それを見て、楽しそうにシリウスが意地の悪い笑みを浮かべる。本当に意地が悪い。夜遊びに付き合わせているのはシリウス自身なのだから。


「アイリス学園には合格しろ? そうすればクソ男爵にも価値はある。だけど、落ちたらどうなる? バカには誰も見向きはしない。お前が必死に媚を売っている連中も翌日にはお前のことを忘れるだろう。あと、連れて歩いた俺の顔に泥を塗るかなあ……」


 一拍の間を開けて、シリウスが続ける。


「おっと……そりゃあ、死罪だな」


「し、死罪!?」


 ルシアが目をクルクルさせる。ルシアをからかうのが趣味になり始めているな、シリウスは。

 だけど、あながちジョークとも取れないのがシリウスの怖いところ。泥を塗るのは確かだし、それにシリウスが感情を害するのも事実だから。


「合格すれば関係ない話だ。せいぜい勉強しろ。剣に問題はないだろうが、おつむは微妙なんだからな、お前は」


 などと言いつつも、シリウスがルシアを連れ回す日々は終わらない。


 さて――

 だが、試験に向けて気合を入れ直さないといけないのはお前も同じだ、シリウス。


 夜、二人だけで時間の空いたタイミングを見計らって、シリウスの部屋で俺は口火を切った。


「シリウス様、勇者リヒトと戦う算段がついたのですか?」


「……はあ? どういうことだ? ふざけたことを抜かすとただではおかんぞ」


 シリウスはしらばっくれるが、俺は自分の意見に自信がある。

 なぜなら、もしもシリウスが算段をつけていないとするのなら、きっとイライラしているに違いないから。だが、今のシリウスは特にそれを話題に上げることなく、淡々と日々を過ごしている。

 しらばっくれ方はどうに入ったものがあったが――

 残念ながら、シリウス観察検定・免許皆伝の俺には通用しない。

 シリウスが言葉を続ける。


「どうやって、そんな算段をつけるんだ?」


「あなたなら可能でしょう? 公爵家としての権力は高いものがある。いや、それよりも、あなたにはゼフィリアン学長と面識がありますよね? その角度からの切り込みも可能では?」


 俺の指摘を受けて、シリウスが初めて表情を動かした。そこには、切り込んでくるものを迎撃するための挑戦的な色彩がある。

 シリウスはうっかり表情に出してしまうような愚者ではない。シリウスが己の意思を持って、俺の言葉に対峙しようとしたのだ。


「面白いことを言うな。なぜ、それを知っていた?」


 知っていたのはシンプルで、ゲーム『アイリス学園クロニクル』でゼフィリアン学長が語っていたからだ。

 もちろん、それを語るわけにもいかないが。

 そして、シリウスが驚くのも無理はない。オスカー本体の記憶を探っても、それに関するものはないから。

 俺は意味深な笑みを浮かべた。


「私を舐めないでください。さまざまな情報を集めるのが仕事ですので」


「ふん、食えない男だ!」


 優秀な俺アピールでうやむやにした。シリウスはシリウスで満足そうなので問題ない。


「だが、それがどうした。そんな関係があったところで、俺が算段をつけたなどと言われても納得できるか! 興味本位で指し出口を挟むな!」


「興味本位? いいえ、違います。老婆心ですよ。なぜなら、あなたは勇者リヒトに負けてしまいますから」


 安い挑発だ。

 だが、気の長さがアリの触覚ほどもない暴君は、即座にこめかみに血管を浮き上がらせた。


「ああああ!? 貴様、オスカー! 俺を安く見るのか!?」


「厳然たる事実ですので」


 もちろん、本当のところはわからないのだけど。ただ、ここでシリウスの勢いに負けて言い淀んでもいけない。必勝の策があるのは事実なので臆さずに進むのみ。


「そもそも! お前はリヒトの強さを知らないだろうが!」


「申しましたでしょう、私の情報を侮らないでいただきたい、と」


 再び不敵な笑み。


「吸血鬼ニコライアを討った事実は無視できませんので」


「そんな雑魚、俺でも勝てる!」


 まあ、そうだろう。俺の見立てでも、それは誇大妄想ではない。確かに、シリウスは単体でもニコライアを倒せるだろう。

 だけど――


「さて、どうなのでしょう?」


「おああああああ! なんだと、貴様ァッ!?」


 俺の半笑いに、本気で激怒する暴君。よしよし、いい展開だ。暴君を動かすには、激怒させるのがが基本なのだから。


「勝てる策があります」


 俺がピシャリと言ったと同時、シリウスの目に真剣な輝きが灯る。激怒しながらも、ポイントを抑えられるあたりは、なかなか偉い。


「で、勇者リヒトと戦う算段はついているのですか?」


 シリウスは即答しない。

 ただ、興奮した様子のまま、荒い息を何度も繰り返す。きっと、己の内心と激しく葛藤しているのだろう。

 尋ね方が意地悪すぎたか?

 算段がついているかどうかを確認する必要はなかった。親切に、まるで独り言のように必勝の策を教えてやればすむこと。これは、シリウスの心を逆撫でする行為だ。だが、そうした。なぜかって?

 そのほうが、楽しいからだ。

 全てが己の思う通りになると思っている暴君に、イタズラを仕掛けたいだけだ。

 しばらくの沈黙を破って、シリウスが甲高く舌打ちをした。


「チッ! いいだろう! 教えてやる! 算段はついている! 当日、お前を驚かせてやろうと思っていたんだがな!」


 なるほど、お互い様か。

 シリウスが黙っていた理由も『楽しいから』だ――シリウスも俺の吠え面が見たくて仕方がなかったのだろう。


「わかりました。では、勇者リヒト必勝の策を授けましょう」


「……つまらなければ、わかっているな?」


「お好きなように私の首をお刎ねください」


 俺たちは屋敷の庭に出た。夜の闇が深くなっている。王都の貴重な土地を無駄に使った、広大な庭のおかげで助かった。一目の多い場所だが、俺たちがこっそりと訓練する場所ならなくもない。

 互いに模擬専用の刃を落とした剣を持つ。


「――さて、始めましょうか?」


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