第46話 勇者リヒトとの戦い方
「そう水を差すな。ただの挨拶だ。なあ?」
「そうだね……なかなかのものだったけど」
苦笑まじりにリヒトが応じながら、右手をぷらぷらと振っている。
「僕も噂は聞いているよ。シリウス・ディンバート。かなり強いんだって?」
「そうだな。お前より強い」
「ふふふ、楽しみだ。僕が入学できたら、お手並み拝見させてもらうよ」
「気長なやつだ。俺はそこまで待つつもりはないがな」
相変わらずシリウスは言葉に含まれる戦意を隠そうとしない。もしも、リヒトが受ければ、この場で始めかねない。いやいや、ここ学院内だからね? 丸腰だからね?
常識人のリヒトが困った様子で微笑んでいるのが唯一の救いだ。
「たははは……僕たちは用が終わったから、そろそろ戻ろうか、セリーナ」
「はい、リヒト様」
ありがたいことに、勇者陣営は強引に打ち切ってくれた。はい、それでいいんですよ。こいつ、合わせていると調子に乗りますから。
「ルシア、もし困っていたら、必ず教えてくださいね?」
最後にセリーナはそんなことを言うと、すでに入学試験の手続きを終えたリヒトとともに学園を去っていった。
「助けを求めないのか?」
「困ることを、聞かないでください」
ルシアはため息をつくと、ポツリと答えた。
俺たちは事務所に向かい、受験の手続きを行なった。受付の女性が話を聞くなり、怪訝な表情を浮かべた。
「受験生はシリウス・ディンバート様、ルシア・ラグハット様――ですか? ええと、シリウス様は公爵家でお間違いありませんでしょうか……?」
「ああ、間違いない」
「公爵家の場合、受験は必要ありませんが……?」
「だからどうした? 受けても問題ないんだろう?」
「それは、そうですが……」
「なら、しのごの言わずに手続きを進めろ。俺が受験をする、というだけだ。オスカー」
「なんでしょうか?」
「俺の分はお前が代理で手続きを進めろ。俺は先に戻る」
このとき、俺の頭によぎったのは、シリウスがリヒトの後を追いかけて喧嘩をふっかけることだ。何をしでかすかわからない男だから。
もちろん、頭の切れるシリウスはそのことを見越していた。
「安心しろ。今さらリヒトを追うつもりはない。そもそも帯剣もしていないのに、そんなことするかよ」
……普通に素手でも喧嘩を売るタイプにも思えるんだよなあ……。
ゲームの通りに従えば、リヒトとの初戦はシリウスの未来に作用する可能性がある。
シリウスの敗北が絶対に避けたいラスボスルートのフラグである以上、シリウス勝利を確実なものにしておきたい。
その観点だと、いくつか準備が必要だ。
もちろん、シリウスが強くなっているのは事実だ。今のシリウスを打破できる相手はそういないだろう。俺自身も、直前まではシリウスが圧勝する程度に見積もっていた。
だが、リヒトが『吸血鬼ニコライアを打倒した』となると話は変わってくる。
吸血鬼ニコライアは非常に強力で、ゲーム中盤で出てくる相手なのだ。
つまり、今のリヒトの実力は、明らかにゲームを始めたばかりのニュービーではないということだ。
この辺の書き変わりはどうにも気持ちが悪いが――
全ては『シナリオの悪意』なのだろう。あんなふうにリヒトと予想外の対面をしたのが、その証拠だ。どうにも、俺たちを殺そうと躍起になっている。それは俺の被害妄想だろうか……?
シリウスとリヒトの力関係が不分明である以上、不用意に戦われると困るのだが。
「承知しました。躾の必要な犬ならともかく、公爵殿下の良識を信じるとしましょう」
変なことをすると、躾しますよ?
と直接的に言ってやりたいところだが、他の人間の目もある以上、そうも言えないところだ。だが、察しのいいシリウスは俺の言い分を理解したようだ。
「調子に乗るなよ?」
そんな言葉を、肉食獣めいた笑みを浮かべて吐き捨てる。
……まあ、檻の向こうからガルガル言う分には好きにしてくれていい。
「なんのために、先に戻るのですか?」
「校舎を見て回るだけだ。用がすんだら、お前たちだけで帰っておけ」
「承知いたしました」
俺は引くことにした。釘は差しておいた。今までのシリウスの行動原理からすれば、それで充分だろう。今日この場所でシリウスがリヒトを襲撃する可能性は低い。
だが――
俺はシリウスという男を舐めてもいない。
そもそも、受験でシリウスがリヒトと『剣を交えて』戦うのは難しい。実技試験があるのは事実だが、常に受験生同士の戦いというわけでもないから。おまけに、受験生同士の戦いであっても、シリウス対リヒトが実現する可能性はかなり低い。
もちろん、シナリオの悪意が偶然を引き寄せれば別だが――シリウスがそんなものを意識しているはずがない。
だが、シリウスはここまで来て、受験をするという。
――何かしらの勝算があるのだろう。
リヒトと正面切って戦うように持っていくだけのカードが。
この試験におけるリヒトとの戦いは、実現しないのではないかと思っていたが、ひょっとすると、それは楽観的すぎるのではないだろうか。
急いで準備を整えなければ、負けるかもしれない。
「任せたぞ」
シリウスは機嫌の良さそうな声で言いながら俺の肩を叩き、事務所から出ていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
オスカーたちと別れた後、シリウスは己の言葉の通り、アイリス学園の校舎を歩いていた。初見の場所ではあるが、事務所の壁にかけられた地図を見ていたので、目指す場所に迷いはない。
(くくく……真面目な従僕は俺とリヒトを戦わせたくないようだな)
その辺の事情は不明だが、常識的ではある。王国の希望と、悪評高きシリウスを戦わせるなど、言語道断だ。
(だが、悪いな……俺に自重するつもりはない)
試験の成績で倒すことは可能だが、それだとシリウスの気が収まらない。
純粋な力。
力でねじ伏せてこそ、超克した証と誇れる。
入学後ならいくらでもチャンスはあるだろう。だが、傲慢なるシリウス・ディンバートに我慢の文字はない。ここだと決めたら、ここなのだ。入学試験時のチャンスを無駄にするつもりはない。
とはいえ、無策で挑んでも可能性などない。試験中にシリウスが斬り掛かれば簡単だが、失格扱いで入学できなくなるのも困る。
だが、問題ない。
策はあるから。
オスカーが戦えないと喜んでいるのなら、それはお門違いだ。
(たまにはお前の鼻を明かしてやろう――!)
シリウスは目当ての部屋のドアを開けた。
執務室の奥にある大きな机の向こう側には、ゆったりとしたローブを身につけた年老いた男が座っていた。事務作業をしていた男がドアの開閉に気づいて首を上げる。
「これ……! ノックをせんか――む、お主は……!?」
「まだ生きていたんだなあ、ゼフィリアン――いや、学長と呼べばいいのか?」
シリウスは臆することなく、アイリス学園の最高権力者に笑みを向ける。
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