第43話 人間のクズなんですよ、あの男は!
「あのガキって――誰か、興味深い子がいるんですか?」
リヒトはなんの気なしに聞いた。
特に『子』というワードに興味がある。
(強いのか……もしも、一緒に戦ってくれれば――)
そんな淡い期待がむくむくと頭をもたげる。
「うん? ああ……前にクレッファンの冒険者ギルドで模擬戦を挑んできた貴族の坊ちゃんがいてな……半端じゃない強さでな、1人で俺たち3人に勝ちやがった」
「一人でソードスさんたちに!?」
何かの冗談かと思った。
彼らはA級冒険者なのだ。今回の討伐戦でもかなりの戦力になってくれていた。腕利きの中の腕利き――そんな彼らをたった1人で倒すなど、生半可な使い手ではない。
「しかも無傷だぞ、無傷。ありえん」
「……す、すごすぎる……」
リヒトはその人物への興味で胸がいっぱいになる。それほどの強者をまだ知らなかったなんて! もしも、その人物が対魔王戦に参加してくれれば、かなり頼りになるだろう。
「その人の名前は、なんていうのでしょうか?」
「ええと……確か、シリウス・ディンバートだったかな」
「うげ、うげげ!」
妙な言葉を吐き出したのは、聖女セリーナの口だった。
「セ……セリーナ……?」
驚いたリヒトの言葉にセリーナがハッと我にかえり、口を抑える。
「お、おほ、おほほほ……咳が、咳が、ちょっと……ゴホッゴホッ!」
わざとらしく咳をしてから、セリーナが続ける。
「ええと、シリウス・ディンバート……本当に、あのシリウスですか?」
「ああ、そうだけど――知ってるのかい?」
ソードスの声には微妙な苦笑いが含まれている。きっと、セリーナの声に含まれる『うんざりした気分』に共感したからだろう。
平民のリヒトと違って、セリーナの生家はベルトリ子爵家である。何かしら『お貴族のお坊ちゃん』に対する情報を持っているのかもしれない。
(……あんまり、いい内容じゃなさそうだけど……)
能天気なリヒトといえど、それくらいの空気は読める。
うんざりした様子でセリーナが続けた。
「……はい。悪名高いディンバート公爵家の、さらに評判の悪い嫡男です。最悪です。最悪の男ですよ、ええ」
「ふっふっふ……なかなか言うねえ。そう言われても仕方がないやつだとは思うけど。傲慢で口が悪くて――まさに悪魔のようなやつだった」
ソードスの言葉に、残りの2人が、うんうんと頷いている。
(……ど、どんなやつなんだ!?)
話を聞いて、リヒトは戦慄してしまう。人がいいので、リヒト自身は人の善性を信じている。そんな人間からすれば、にわかには信じられない。
セリーナがため息をこぼす。
「私の知り合いにルシアという子がいるのですが、幼い頃にシリウスと立ち会ってボコボコにされた挙句、『時間の無駄だったな。ゴミが!』と言われて、顔を蹴られたそうですよ。女の子の顔を!」
そして、こう吐き捨てた。
「人間のクズです、あの男は!」
「ほ、本当なのかな、それは? そんなことをする人間がこの世にいるなんて思えないんだけど……」
「いるんですよ、それが」
「いたな」
「おったなー」
「いたね」
セリーナに合わせて、3人がうんうんと頷く。どうやら、セリーナの思い違いではないらしい。
「ええと……かなりの実力者だけど、仲間にするのは――?」
「絶対ダメです。仲間にするのなら、私はパーティーを抜けます」
本気の目だった。
今まで助けてくれたセリーナを外すという選択肢があるはずもなく。
「だ、大丈夫! ちょっと考えてみただけだから!」
慌てて打ち消す。いつもいつも助けてくれるセリーナには、気分よく旅を続けて欲しいと思うから。
「それならいいのですが。シリウスのことは忘れましょう。それが人類のためです」
「わかった。しかし、本当にそんなにすごいのか……ちょっと怖いもの見たさな気持ちもあるね」
「おそらく、それは叶います……叶っちゃいます……本当に嫌ですけど」
「そうなの?」
「貴族で同年代ですから。アイリス学園で出会うでしょう」
「ああ、そうだね」
貴族ではないが、国王の推薦により勇者リヒトも入学することになっている。
そして、そのときに言われたものだ。
――アイリス学園は王国貴族の教育機関である。だが、勇者殿が入学する今年は色彩が大きく異なる。勇者殿とともに魔王を討てる人材を育てなければならない。勇者殿もそのつもりで、学生たちの規範として、学生たちの先頭に立つものとして学園生活を過ごして欲しい。
(たくさんのことを期待されている)
頑張らなければ、そんなふうに自然と背筋が伸びる。
(ともかく……シリウス・ディンバートか……僕は僕で見定めよう。彼が本当に噂通りの人間かを)
入学後の楽しみができたことが、少し嬉しかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「くくく……俺が、その勇者とやらを入学試験でボコボコにしてやれば、面白いことになると思わないか?」
人として失格なことを、機嫌が良さそうにシリウスが口にしている。
「ダ、ダメですよ、そんなこと!」
ルシアが真っ当な意見を口にする。
「面白半分ですることではありません!」
「黙れ。俺の好きにさせろ。そもそも人類の切り札が俺に負けるほうが問題だろう? そんな大層なものなら、俺に勝ってもらわないと。そうだろう?」
「それはそうですけど……」
「俺が、本当に希望なのかどうか試してやろうと言っているんだ」
……なんだか、無茶苦茶言っているわりに理屈が通っている気もするな……。
確かにシリウスに負けているようでは困る。
……ゲーム内ではたいてい初戦でシリウスに敗北を喫するが、その後に巻き返していくのだけれど。
そこで俺が口を開く。
「――ご自身が負けるとは考えないのですか?」
「俺が負ける? オスカー、口がすぎるぞ」
「申し訳ございません」
「負ける気などない――俺は俺の力を試したいんだ。今の俺の力を。俺の天井はどの程度なのかをな……!」
その渇望は理解できる。
俺との敗北から己の在り方を見直し、シリウスの力は飛躍的に高まっている。A級冒険者を相手にしたところで、森の狼を討伐したところで、本当の自分を出し尽くせてはいないのだろう。
俺にはわかる。シリウスの中にいる獰猛なシリウスが、もっとだ、もっとだと戦いを求めている心境が。
あまり抑え込んで苛立ちを爆発されても困る。適度に解放させるべきか。
結局のところ、シリウスとリヒトが激突するのは避けられない。早いか遅いかでしかないのだから。
「承知いたしました。シリウス様がお望むであるのなら、その通りに」
「え、ええ……」
ルシアは困惑しているが、やむなしという表情だ。傲慢なる王の暴走で、彼女の試験がおかしくならないことを祈るとしよう。
「オスカー、俺は試験を受ける。準備をしろ。受ける以上は主席だ。男爵以下のクソどもをねじ伏せてやる! もちろん、勇者もな!」
己の心がたぎり、燃え上がるものがあることはいいことだ。
さて、悪役貴族の介入がどういう影響を及ぼすのだろうな。
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