第41話 この俺が、入学試験に参加してやろう!

 祭りのあった翌朝は、なんだか妙な空気だった。

 オリアナは上機嫌に鼻歌を歌い、ときおり思い出し笑いをしていた。なんだか、ふわふわしている。おまけに、妙に肌が艶めていた。


「今日はいつにもまして美肌ですね」


「わかるぅ? 女性ホルモンが出ているのよ、女性ホルモンが」


 ちょっと頭がおかしいのだろうか。だが、何かがあったのは間違いない。


「何かありましたか?」


「うへへへ……聞きたい?」


「多少は」


「あははははーそうだよねー聞きたいよねー」


 そう言って、ニコニコと俺の耳元に顔を近づけて、


「うふふ、教えてあげなーい!」


 そう言って、爆笑する。

 ……めんどくさいやつだ。……まあ、もともと気ままな人物なので別に構わないが――

 それよりもルシアだ。

 実に挙動不審。

 見舞いに向かったところ、なんだか妙にオロオロしていたり、不意にぼーっとしたり、アワアワとしたり、落ち着きがない。ひょっとすると精神的な外傷が残っているのかもしれない。大きな怪我だったからな。


「……何か心配事でもありますか?」


「あ、いえ、特には……その! ファ、ファンタジーなことって本当にあるんですね!」


 と真っ赤な顔で返答する。

 ファンタジーなこと? どういう意味だろうか?

 さらにツッコンで話を聞こうかとも思ったが、また急にもじもじし始めてベッドの中に潜り込んだ。

 まあ、いいか……。時間薬に期待しよう。


 最後にシリウス。


 この男は何も変わらない。厳密には、狼狩りが終わってから少し不機嫌そうだったが、それが和らいだ気もする――ただ、基本的に緊張感を漂わせている男なので、いまいち自信はないが。

 それから数日も経たないうちに、


「じゃあ、私は帰るから」


 オリアナ一行が村を去ることになった。

 シリウスとは違った意味で傍若無人な人物だった……。これで少しは落ち着くだろう。狼狩りではエリア担当のリーダーとして役割を果たしてくれたので、いてくれて助かったのも事実だが。


 これも狼狩りという節目を超えたことによる、変化のひとつだ。


 そして、それだけでもない。資源の豊富な森を手に入れて、村はまさに変革期を迎えつつある。やるべきこと、考えるべきこと、準備するべきことが多すぎる。

 まず、食事面で大きな変化が訪れた。

 森には豊富な果物がなっているので、それを活用したからだ。それだけではない。狼たちが消えた関係で豚や鹿がどこからかやってきたようで、それらを狩ることで大量の肉を入手できるようになった。


「村の人たちが食事に困らなくなって本当に嬉しいです」


 持ち帰った鹿の肉を解体する様子を眺めながら、ルシアがそんなことを言った。ちなみに、もう体はすっかり回復している。


「ルシア様もたくさん食べられるようになって良かったですね。」


「う」


 そう言って、ルシアが脇腹のあたりを撫でる――

 今まで粗食だったので、少し食い過ぎなのも仕方がない。食べ盛りであり、体が資本の剣士なのだから、遠慮なく食べてもらいたいところだ。


 錬金術師モアレも村にやってきて、仕事を始めている。


 森から採取した薬草を使って、さまざまな薬を作り始めている。体調を崩した村人たちに好評で、すでにモアレは己の居場所を確保していた。さらに、農業に関する知識も豊富で、その面でも村の人間たちをリードしている。


「さすがですね」


 と褒めてみると、モアレはつまらなそうに鼻を鳴らして、


「はあ? めんどくさいだけだ。さっさと教えられることは教えて独り立ちしてもらわんとな。俺は王宮の書庫を見に行かなきゃならんから」


 などと言う。だが、俺は知っている。意外とモアレは面倒見が良く、村人たちに慕われていて、まんざらでもない様子だということを。実に正直ではない男だ。


 素晴らしい――

 俺たちが訪れてから積み重ねていったものが、だんだんと実を結んでいる。これほど気持ちがいいことはない。


 そんな感じで、村は刻々と豊かになっている。

 統治する男爵家の皆も、その実感があるようで、ずいぶんと気分がよさそうだ。


 そんな幸福な空気を広げながら、季節は夏から秋へと移り変わっていく――


 その日、俺とシリウスが邸宅から出たところ、庭でルシアが剣を振るっていた。ただの稽古だが、集中の度合いが深い。周りが目に入っていないような、鬼気迫る迫力だ。


「ふん……おい!」


 じっと見つめていたシリウスが、動きを止めたタイミングでルシアに声をかける。

 驚いたルシアが慌てて振り返る。


「あ、シリウス様!?」


「稽古の量が増えている気がするが、どうした?」


 ああ、それだ。

 ちょうど、俺も気になっていたのだ。夏の終わり頃から、稽古に打ち込む頻度が増えているのは気づいていた。それだけではない。邸宅で、じっと本を読んでいることも多い。あまり読書を楽しむキャラではない感じだが……。

 息を整えてから、ルシアが答える。


「もうすぐ試験ですから」


「試験? なんの?」


「アイリス学園の、です」


「ああ、そんなのもあったか」


 くははは、と同じく来年からアイリス学園に通う予定のシリウスが笑う。


「大変だなあ、お前は。お前は試験が免除じゃないんだな?」


「はい、男爵家だと、そうなります……」


 言葉の通り、それが立場の違いだった。RPG『アイリス学園クロニクル』の舞台となるアイリス学園は、主に貴族の子供たちが通う学校となっている。ゆえに立場――階級の違いによって扱いに差が出る。


 子爵以上の子供は試験を受けることなく入学できるが、男爵家は別である。

 よって、ルシアは試験の対象となるのだ。


 ちなみに、俺もシリウスと一緒に入学することになるが、厳密には『生徒』とは違う扱いとなる。あくまでも、お世話係なのだから当然だろう。よって、俺もまた試験は免除となっている。


「ですけど、参加できて良かったかな、と思います――特に今年は」


「なぜ?」


「噂の勇者様も受験されるそうなので」


 ――光の勇者リヒトのことだ。


 そうか……ゲームだと入学後から始まるので、作中では語られていなかったが、リヒトもそうなるのか。リヒトは平民である。通常なら入学の対象にならない平民も、上級貴族の推薦があれば受験可能となる。

 勇者なら、別に受けなくてもいいじゃないか、という気もするのだが……。

 落ちたらどうするんだ。

 まあ、落ちないんだろうけど。実力を見るためってのもあるんだろうな。


「ほう、勇者か――!」


 隣でシリウスが、獲物を見つけた肉食獣ような笑みを浮かべている。

 なんか、嫌な予感がするんだけど……。

 ……シリウスは興味があるだろう。

 ゲームで、アイリス学園に入学するやいなや、シリウスが適当な言いがかりをつけて喧嘩をふっかけてくるのだから。そのバトルが、戦闘のチュートリアルとなっている。

 ちなみに、そのチュートリアルもストーリー上の大きな分岐点になっていて、勝敗によって進める展開が決まってくるのだ。

 その辺も、どうやってシリウスを操るか考えておかないとな……。

 ルシアが話を続ける。


「まもなく覚醒する魔王への対抗戦力――世界の救世主と呼ばれる人ですから。どんな人物か楽しみです」


「くくく、そうだなぁ……俺も楽しみだ」


「何か分かりましたら、お伝えします」 


「いや、いい」


 あっさりと退けて、シリウスが続ける。


「俺も試験を受けよう」


「それは名案で――えっ!?」


 試験の免除は、受けることを禁じていないから変でもないけれど。

 シリウスはてらいも躊躇ためらいもなく続けた。


「俺が自ら光の勇者リヒトの実力を見定めてやる!」


 それは、この俺以上に優秀なものなどいるか! と言っているようでもあった。

 ……嫌な予感が当たったか。

 光の勇者と悪役貴族の邂逅は学園入学後と勝手に思っていたが、どうやらシナリオが早まっているらしい。

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