第35話 最強シリウスの強さは遠く
翌日、俺たちはクレッファンの街を後にして、ルシアの故郷ペイトロン村に戻った。
ルシアの報告によると、
「モアレさんは狼狩りが終わってから引っ越すそうです」
とのことだ。俺たちに異論はない。森を解放するまでは来てもらっても仕事はないから。そんなわけで、俺たち4人だけの帰還となった。
村に到着後、留守番を任せていた自警団の隊長に状況を確認する。
「狼たちに目だった動きはありません!」
よしよし、警告の遠吠えだけで俺たちがビビったと満足してくれたか。素晴らしい。
その油断が、お前たちの敗北につながるんだけどな。今度こそ、狼たちを根こそぎ狩り尽くす。遠吠えによる威嚇すらも許さないレベルでの殲滅だ。
そんなわけで、俺たちは狼狩りの準備に取り掛かった。
のんびりしている暇はない。雇った50人の冒険者たちがすぐやってくるからだ。
指定した3日の間に集まるように依頼を出している。最初の冒険者たちが携えていたクラウベからの手紙によると60人ほど集めたということだ。指定よりも多いが、バックれる冒険者もいるかもしれないという理由らしい。
まず最初に、彼らにはしてもらう仕事がある。
「ルシアと申します。お手合わせ願えますか?」
ルシアとの模擬戦だ。
冒険者はランクで区分けされているが、それは『冒険者ギルド』に対する貢献度にしか過ぎず、強さの指標ではない。モンスター狩りを生業にしている人間と、薬草集めを生業にしている人間が混在しているのだ。
もちろん、依頼の内容を吟味して、クラウベは戦闘よりの人間を中心に集めているのだろうが。とはいえ、それでも60となるとムラはあるだろう。
森に入る冒険者は3人で1組と考えているので、できるだけグループの強さを均一化するために『強さの確認』が必要なのだ。
……もともとはシリウスがノリノリで担当を名乗り出たが、調子に乗って冒険者たちを消し炭にされると大変なので自重させた。
「強いぞ、この姉ちゃん!?」
今、ルシアに打ち負かされた冒険者が驚きの声を上げる。30歳くらいの彼にすれば、10代半ばの女の子にあっさりと負けたのだからショックだろう。
「ありがとうございます」
一礼すると、ルシアは戦った冒険者の評価をメモした。
シリウスが目立ちすぎるので雑魚っぽい印象もあるが、ルシアはかなり強い。D級冒険者では相手にならないレベルだ。
……そうだな、A級冒険者たちとの実力差を考えるとB級くらいだろうか。さすがはゲーム内のネームドキャラだけあって、ふさわしい力を持っている。
シリウス侍らせ隊の中では、無理やり参加させられた人物だけあって、比較的まともな人間だ。人格が安定しているので、一人で仕事を任せられる貴重な人材と言える。
これからも頑張ってもらわなければな。暴走坊ちゃんと腹黒令嬢は扱いにくすぎるから……。よし、ポイントを稼ぐために
「ルシア様、お疲れ様です。どうぞ、こちらを」
冒険者たちの流れが切れたタイミングで近づき、持ってきていた果実ジュースを差し出す。ルシアは驚きながらも、ありがとうございます、と言って受け取り、口につけた。
「ふー、おいしいです」
「それは良かったです。お一人で大変ではないですか?」
「いえ、全く。子供の頃から剣を振るっておりましたから、むしろ、多くの冒険者たちと戦う得難い経験ができて嬉しい限りです」
剣の腕を極めたい――
そんなルシアらしい真っ直ぐな言葉だった。表情にも表れている。
「素晴らしい剣の腕ですね。見ているだけで惚れ惚れします」
これは本音だ。シリウスとは違う、型を重視した動きは実に滑らかで美しさがある。
「いえ、お目汚しです。シリウス様の強さに比べれば――」
謙遜ではない。その言葉は、己の立ち位置をわきまえたもの。高みに立つ男との距離を知り、その遠さに唇を噛む人間のものだ。
「オスカーさんから見ても、シリウス様の剣と比べてどうですか? いつか、私は彼に追いつけると思いますか?」
ゲーム内での話をすると、追いつく。
なぜなら、ゲーム内のシリウスは努力をしないから。
その間に、主人公である勇者リヒトと仲間たちは経験値を地道に積んで、シリウスを超えていく。リヒト側についたルートのルシアだって同様だ。
だが、今は違う。
今の、シリウスは努力する天才だ。延々と経験値を積み上げ続けている。
ウサギとカメの物語は、ウサギの油断とカメの不断の努力があって成り立つ。延々と努力を続けるウサギに、カメが追いつける日は来るのだろうか。
リアリストである俺には、その日は絶対に来ないとしか思えない。
そのとき、ふと違った観点の閃きを覚えた。
――光の勇者リヒトと、今のシリウスがぶつかれば、どんな結果になるのだろう?
ひょっとして、シリウスはもう破滅シナリオを打ち砕くほどの力を持っているのでは?
その想像は、とても面白い。興奮する。楽しい。心がぶるりと震える。
だが、今はそれを深めている場合ではない。目の前にいるルシアと向き合わなければ。
「シリウス様はお強いです。それは従者である私の目からも明らかです。そうですね、ルシア様よりもお強いのは間違いない」
「はい、私もそう思います」
「シリウス様に追いつけるかどうか――難しい話ですね。剣の道を志していない私には、わからない、が答えになります。ただ、関係がないような気もします。なぜなら、ルシア様は剣の道を愛していますから」
「剣の道を――愛する……?」
「はい。離れることができますか? 剣を捨てることができますか?」
「できません」
できるはずがない。幼い頃、シリウスに完敗して、自尊心も自信を踏み躙られても彼女は剣を捨てなかったのだから。
「もう逃れることができないほど、ルシア様の人生に食い込んでいるのです。シリウス様に追いつけるかどうかは関係ありません――ただ、ルシア様はそれを磨き上げることを続けるしかないのですから」
「あっ……」
ルシアの表情が揺らいだ。それはまるで、喉の奥に引っかかっていた小骨が取れたかのような、そんな晴れ晴れとした表情だった。
「そうですね、確かに、関係ありません」
きっと深く思い悩んでいたのだろう。シリウスに届かない剣を磨いて意味があるのか?
答えは、シリウスと比較しても意味などない。
己がどうあるべきか――
それだけが、彼女の人生にとって関係のあることなのだから。
「ルシア様はルシア様の剣を磨いてください。きっとそれが――アイリス学園において役に立つことでしょう」
本人にとってもそうだろうが、シリウスを支える役としても。強くなければ。シナリオが、どれほどの暴威を振るってくるのか不明なのだから。
「はい、頑張ります!」
――ほどなくして冒険者たちは揃い、ルシアの試験も終わった。
それらの冒険者を強さが均一になるように配分する。もちろん、ルシアの評価がおおいに役に立った。
準備は整った。
「シリウス様。問題ありません」
その言葉を聞いたシリウスの瞳に愉悦が灯る。
この悪役貴族にとって、殲滅は心躍ることだろう。怨敵を掃滅し、その領地を奪い取る。きっと、それはいかなる美酒でも叶わない酩酊をシリウスに感じさせるだろう。
ああ、理想的な征服者であり――
実に問題児。
それこそが悪役貴族シリウスか。
「わかった、始めるぞ。狼狩りを」
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