第33話 悪役貴族の採用面接
「俺の名前は、シリウス・ディンバートだ!」
「……へえ、それで?」
目をすがめるモアレに、シリウスが畳み掛ける。
「ディンバート公爵家は知っているよなあ? この領地を支配する家だ。いいか? その嫡男が俺だ。俺に媚を売っておいたほうが得だろう? その程度の計算はできるか? あ?」
実に最悪な人間性が染み出した発言である。
「この俺が、くだらない人生を歩いているお前を役立ててやろうと言っているんだ。幸運を喜べよ。逆らうつもりなら、わかっているんだろうなあ……?」
世の中にある最悪を煮詰めてスープにしたようなセリフである。
悪役貴族らしいといえば悪役貴族らしい。
確かに効果的ではあるのだ。なぜなら、これほど『有無を言わせない圧力』もないから。権力的な暴力で殴り飛ばすのは、決断を促す上で最も強力な手段ではある。
だが、それが効かない人間もいることにはいる。
「おっと、お貴族様ですか。では敬語にしましょう」
モアレの口元が緩む。
「清々しい本性が漏れていますね、公爵殿下? 悪いですけど、そういうのを聞くとね、私は逆らいたくなる性分なんですよ」
「ああ!?」
「お断りです」
「ほほお……? 俺の言葉に逆らうだと……? この街で暮らせなくなる覚悟があるんだろうなあ……?」
「どうせ、そのなんちゃら村に引っ越すんでしょう? ディンバート公爵家の影響がない街か、別の国にでも引っ越しますよ。どうせ引っ越すなら、自分で住む場所くらい決めたいですからね」
容赦のない肘鉄である。
自分の腕に自信がある優秀な男なのだろう。どこででも生きていけると確信している。それだけの、錬金術師としての技量があるのだろう。
こういう職人タイプの人間を、威圧したところであまり意味はない。
「別に私は貴族ではありませんから、あなたの顔色を伺う必要なんてない。他の人間に当たればいい。あなたの顔色を窺ってくれる、親切な相手をね」
「貴様……!」
傲慢なる悪役貴族であるシリウスには反抗された経験があまりない。今回は相性が悪すぎたか……。
ガリガリと歯噛みするシリウス。その横に座るルシアが口を開く。
「あの……私はその村を管轄する男爵家の娘のルシアと申します! 私からもお願いしたいのです。今はまだ寂れた村ですが、シリウス様がお話しされたように、近場の森の資源を活用した村おこしを考えています。そこにモアレ様の知識と経験を活用できれば、大きな発展が見込めます。確かにモアレさんからすれば不便で――魅力に欠ける仕事かもしれませんが、村の人たちの喜びや助けになるのも事実です。どうか、お願いできないでしょうか。お力をお貸しください!」
ルシアはしっかりとモアレの目を見つめて話した。その言葉には真摯な感情が染み込んでいて心に訴えるものがある。彼女が育った村の話なので、必死感があるのは事実だろうが、それ以上に本人の公明正大な性格が大きい。
「物の頼み方をわきまえている。シリウス・ディンバート殿下も見習いましょう」
「んだと!?」
「そこのお坊ちゃんの暴言ではなく、最初からお嬢ちゃんが頼んでくれれば、もう少し検討できたんですけどね……だけど、悪いんですけど、今の私の機嫌はすこぶる悪い。聞きたくもない暴言を聞いたせいでね」
モアレの目がシリウスを捉える。シリウスは、文句あんのか? みたいな目で睨み返す。はい、そこのシリウス君、0点です。
「ただ、暴言がなくても断っていたでしょう。私は利己主義なんですよ。他人のため、他人のため、と言われてもあまり魅力を感じません」
「はっ、お前も人間のクズだな!」
「お前も? 自分自身がクズだという認識があるのですか?」
シリウスとモアレの視線が火花を散らす。ああ……どうして……どうして……君たちは争おうとするんだい?
その横で、説得に失敗したルシアはどんよりとしている。
次の挑戦者は、俺の横に立つオリアナだった。
「魅力に欠ける――なんて曖昧な表現だけど、ようするに『利益が足りない』ってことでしょう? だったら、お金で決着をつけましょう。いくら欲しいの? 今の年収の2倍でどうかしら?」
清々しい札束ビンタだ!
1個人の年収を2倍にしたところで、貴族家の収入からすると誤差である。2倍をポンとか、金銭感覚が違いすぎる……。
「とても魅力的な提案ですよ、お嬢さん。先の二人よりは、ずいぶん話しが早い」
「あら、じゃあ、まとまっちゃった?」
「ええ、お断りで」
「……もっとよこせ、ということ? 3倍とか? さすがに欲張りすぎじゃない? 別にあなたでなくてもいいのよ? 1.5倍でもやりたがる人はいるでしょう」
「先ほども言わせていただきましたが、どうぞ、その人をお探しください」
そこでモアレは首を振った。
「人の心とはややこしいものなんですよ。頑固な食堂の親父が気に食わない客に、おめえに食わせる飯はねえ! と怒るものです。お金で殴られて言いなりになるのは、こちらの感情が許さない。そういうものです。ほら、貴族様もメンツやプライドを大切になされるのでしょう?」
「確かに、そうね。うん、諦める」
オリアナは肩をすくめて、あっさりと降参した。頭のいい彼女は提案が却下されるのは見越していたのだろう。
とはいえ、諦めました、では終わりたくない。
もちろん、モアレの代わりの人物を探せばいいだけの話ではあるし、それは無理でもないのだけど、できれば今日片付けたいものでもある。
いや、それ以上に――
この男に興味が出てきた。これほど己を確立できているのだ。その技術と見識に比類ないものがあるはず。2番目の候補者を見て、失望する可能性は高いと判断している。
緊迫した空気を少し変えよう。
俺は部屋をじっと見た。
目につくのは錬金術の器具や素材。彼の仕事を考えれば当然だが。錬金術に関する雑談を振ってもいいが、その専門家で仕事とするモアレにとっては眠たい話題だろう。
もう少し、彼自身に近づくためのとっかかりはないだろうか――
目についたのは、壁を埋め尽くすように置かれている本棚だった。本棚にはみっしりと分厚い本が詰め込まれている。
「……たくさん本を読まれているのですね。読書が趣味なのですか?」
「趣味じゃなくて、仕事ですよ。錬金術は日進月歩、いつだって勉強ですから。気になった本はすぐに買うことにしています」
モアレの口元に小さな笑みが浮かぶ。なるほど、どうやらこの話題は食いつきがいいようだ。選択肢を間違ってはいない。
――どんな本を読まれているのですか?
そんな質問が浮かんだが、つまらないなと思った。そもそも、その本を聞いても、門外漢である俺に話を広げることができない。
――ようするに『利益が足りない』ってことでしょう?
オリアナの言葉が蘇る。
聞くべきことはそこか。そこを刺激する展開が望ましい。
「手に入れにくい本、あるいは、一度は読んでみたい本などはありますか?」
「それは色々とありますよ。山ほどあります。果ては王宮の書庫にある歴史的な本とか。絶対にお目にかかれないでしょうけど」
俺が何かを言う必要はなかった。
俺の前に座る傍若無人で傲慢な悪役貴族は、口の利き方も物の頼み方も分かってはいないが、垣間見えた勝機を逃すボンクラではない。
「なあ、おい、モアレ……」
粘っこい声がシリウスの口からこぼれた。
「お前に、とっておきの提案をしてやろう――!」
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