第32話 錬金術師をヘッドハントしよう!

「お前ら、弱すぎるなあ!? その程度でA級か!?」


 早速、勝ち誇ったシリウスが煽り散らかす。ここで健闘を讃えあうことができれば、悪役貴族卒業なんだけどなあ……。

 左頬を抑えながら、ソードスが近づいてきた。


「ランク的にはA級冒険者のはずなんだがな……大剣が折れて油断したのが――いいや、言い訳はやめるか。いいパンチだった。お前が強すぎる」


「くっくっく……わかればいいんだよ、わかれば。次はS級の首を狙うか。ははは!」


 そんなふうにご機嫌なシリウスに身を寄せる人物だ。

 オリアナはシリウスの右腕に抱きつくと、ぎゅっと体を密着させた。ゼロ距離。間違いなく、色々なものが当たっている。


「すごいじゃない? さすがシリウス! 強すぎ! もうホント好き! 好き!」


 目をハートマークにする勢いでシリウスを褒め称えている。


「いちいち強調するな。俺が強いことなんて自明だろうが?」


 機嫌がいいので、オリアナにされるがまま、そんなふうに応じる。

 ただ、少し空気がピンク色になったので、この2人以外の様子が微妙だ。特にルシアは観戦時の興奮の紅潮から、あれ、これを静視していていいの? みたいな羞恥の表情に変えて、挙動不審な様子になっている。

 だが、シリウスが悪目立ちしてくれるのは悪くはない。

 俺はそっと後方へと戻り――


「感謝するわ、君」


 起き上がったシフーが俺に声をかけてきた。やれやれ、そう簡単に見過ごしてはもらえないか。


「いえいえ、ご無事で何よりです」


「せやけど、よく、あの一撃を止めたな。君もすごいん?」


 そう言われるのを避けたかったのだが。できれば、誰にも気づかれずに消えたかった。人命優先だし、仕方がなかったのだけど。


「それほどでもありません。しもべとして、多少の剣の修練は積んでおりますが、

たまたまです。悲劇を防ぎたいと思う一心で――運がよかったです」


「ふーん。……そうなんやね」


 などと言っているが、その目は俺を見透かそうとしている。幾度もの死線を潜り抜け的たA級冒険者の斥候なのだ。そう簡単にはいなせないか。

 だけど、この程度で俺の本質を見破るのも無理なはず。


「それでは失礼いたします」


 俺は強引に会釈すると、そのまま後ろへと下がった。

 これで冒険者ギルドでの用事は終わった。

 雇った冒険者たちは、指定した日に個別に到着するよう手配しているので、彼らが集まるのをこの街で待つ必要はない。


「クラウベ、あとは滞りなく進めてくれ」


「承知いたしました。お任せください!」


 シリウスに、依頼担当のクラウベが深々と頭を下げる。肩書きだけではなく、シリウスのA級すら薙ぎ倒す力を見たのだ。万難を廃して取り組んでくれることだろう。

 こちらは俺たちの手を離れた。

 なので、もうひとつの用事に取り掛かるとしよう。

 それは、森の資源を活用した農業や薬草に関する知識を持つ人物のヘッドハントだ。


 残念ながら、俺のゲームの知識には、そんな学問的な知識はない。ゲームだと、コマンド一発で成功するからな……。

 その辺をリードできる人間が欲しい。


 そして、すでにその人物には当たりがついている。この街を来訪すると決まった時点で、領主に『シリウス名義』で該当となる人物を探すよう依頼しておいたのだ。


 そして、すでに紹介状をもらっている。


 錬金術師でモアレという名前の男だ。年齢は30。技術と知識は確からしい――それ以上の情報はわかっていない。


「では、モアレ様のスカウトに向かいましょう」


「向かう? どうして私たちが。領主の館に呼びつけたらいいんじゃないの?」


 オリアナが実に高級貴族らしいことを言う。傲慢というよりは、当然の価値観だ。


「個人で工房を持っている人らしいので。どんな工房か眺めるのも一興でしょう。本人の人となりがわかりますから」


「ふぅん。ま、そうかもね」


 口から出まかせなのだが。

 あまり、公爵家の嫡男だの、侯爵家の令嬢だの、そんな派手な肩書を前に出したいとは思わない。なぜなら、赴任先は男爵家が管轄する寂れた村だからだ。勝手にキラキラしたものを想像して、思ってたんと違う! とキャンセルされても困る。

 ただの仕事の話として処理したいのが本音だ。


 モアレの工房までやってきた。


 それほど大きくはなく、おそらくは作業場と生活環境、最小限の倉庫をまとめただけのものだろう。個人の仕事場としては充分だ。


 ドアを開けると、そこは作業場になっていた。


 複数の大きくてがっしりした机が並んでいて、その上にビーカーやフラスコのような化学実験で使いそうな器具やら、薬草や鉱石の類が乱雑に積まれていた。

 ……やや散らかっているな。

 綺麗好きなオリアナが眉をひそめているが、技術屋の作業場なんてそんなもんだろう。

 オリアナがシリウスに囁く。


「ちょっとやばくない?」


「どうでもいい。使える男ならそれでいい」


 入り口にたむろしている俺たちに、部屋の奥にいる男が視線を向ける。


「なんだ? 何か用か?」


 そんなことを言いつつ、ツカツカと近づいてくる。頭に寝癖のついた、目にクマのある痩身の男だ。作業着もヨレヨレで、細部のおしゃれにまで気を使っているオリアナが引いている。


「お前がモアレか? 仕事の話がある」


 そう言って、シリウスが領主の紹介状を出す。モアレは受け取った紹介状をチラッと見ただけで脇に放る。


「ふぅん……ま、受けるかどうかは話を聞いてからだ」


 モアレはそう言うと、作業場の端にある応接セットへと俺たちを案内する。どう見ても対面で4人座るのが限界のようだが――

「おっと、席が足りないな」


「結構よ、私は立っているから」


 そう言って、オリアナが椅子の後ろに立つ。どちらかというと、椅子があまり綺麗ではないので単純に嫌だったのだろう。俺は特に気にしないが、執事ポジションとして、オリアナの横に立つ。

 必然、モアレの対面にシリウスとルシアが座ることになった。

 これでいい。あくまでも、主体はシリウスでありルシアなのだから。この2人が会話をしてモアレを口説き落とす必要がある。


「俺の名前はシリウスだ」


 家名は伏せるように指示していたので、その通りに名前を告げる。


「この街の近くにある、ペイトロンという村があって、そこで腕を振るってもらえる人間を探している」


 シリウスは仕事内容について淡々と説明する。多少、上から目線ではあるが、情報がうまく整理されていてわかりやすい内容だった。


「どうだ、興味はあるか?」


「ふぅん……」


 首をぐるりと回してから、モアレは返事をした。


「興味はないね」


「なんだと?」


「別に今の生活に困っていないのに、そのなんちゃら村に引っ越ししなきゃいけないんだろう? めんどくさいじゃないか」


 普通の反応だろう。彼に対するメリットが足りないのは事実だ。それをどう説得するかが、シリウスとルシアの腕の見せ所だ。

 さあ、どうする、シリウ――


「あん?」


 シリウスが喉の奥から音を発した。それはとても不快そうな音だった。シリウスの表情が予想できる。その瞳の輝きは鋭さを増していることだろう。


「貴様、俺の命令だぞ。下手したてに出ていればいい気になりやがって。イエス以外が許されるとでも思っているのか?」


「なんだそりゃ? 悪いが、お前の命令とか知らないよ。誰だよ?」


「うるせぇ! 俺の名前は、シリウス・ディンバートだ!」


 あ、家名を出しちゃった。


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