第31話 シリウスvsA級冒険者
ソードスは片手剣と盾を持つ、オーソドックスな戦士スタイル。
対するシリウスは両手剣――とはいうものの、膂力にものを言わせて、片手でも振り回してくるのが恐ろしいところだ。
二人の、斬撃が何度も何度も激突する。
おいおいおい! 両者とも、なんて実力だ!? ソードスはさすがにA級冒険者だけあって相当な使い手だ。正確無比な攻撃が容赦なく最短でシリウスに襲いかかる。
だが、受けるシリウスも実力は抜けている。
大剣という鈍重な代物だが、それを苦とせずソードスと打ち合っているのだから。
「すごい……!」
俺の隣に立つルシアが思わず息を呑んでいる。
明らかに別次元にいる二人の応酬は、同じ剣の道を歩むルシアに大きな衝撃を与えているのだろう。
ルシアは圧倒されながらも、その目は必死に二人の動きを追っている。
少しでも何かを掴み取ろうと、己を高めるための何かを手に入れようと――
「あっははははは! マジサイコー! シリウス、やっちゃいなよー!」
オリアナのほうは爆笑しながら気楽に見ている。オリアナは魔法使いなので、剣の極みなど関係ないのだろう。あとまあ、純粋にシリウス激推しだしな……。
まるで互角のような展開だが――
いや、違う。
シリウスが優勢なのは明らか。
シリウスの才覚はすでに、経験豊富なA級冒険者の剣術を凌駕している。ソードスもまだ20半ばなのだ、相当の才能だと思うのだが――
そんなものでも、シリウスの輝きには遠く及ばない。
「やるじゃないか、坊ちゃん!」
「はっは! 強がるなよおお!」
ご機嫌に大剣を振り回しながらシリウスが笑う。
「おいこらああ!? 何をやっている!? いつまでサボってる!? 支払いは3倍にしてやったんだ! お前らもこいや! ぼったくる気か、ああん!?」
この言葉は傍観している他二人への言葉だ。
お手並み拝見とばかりに、二人はソードスに任せていたのだ。
「俺の腕前を測っていたのか? 不敬罪にも程があるぞおお!?」
「ソードス? ちょっと不利なん?」
「うるっせえ! これから必殺技を出すところなんだよ!」
「そんなん、聞いたことないなあ、ホンマにあるん?」
一笑しながら、シフーが双剣を腰から引き抜いた。
「ええやろ、ほなら、本気で行くで?」
シフーが戦闘に参加する。
間合いを詰めた近距離からの双剣による白兵戦。鈍重な大剣では分が悪いだろう。それも、超級の使い手であるソードスを相手にしながら。
「ははははは! そうだ、それくらいでなければなああ!」
しかし、シリウスは怯まない。シリウスには魔法があるのだから。大剣を片手で操りながら、左手に黄金の輝きを灯す。
「サンダーシャワー!」
手から放射状の雷撃が伸びて、今までシフーの立っていた場所を薙ぎ払う。シフーは軽やかな動きで横に避けている。
「うっわ!? エッグ……!?」
魔法を操りながら、体術を駆使しながら、二人のA級冒険者を相手に互角の戦いを演じている。
しかし、敵には3人目がいる。
ソードスが横へ動いた瞬間だった。
「エネルギーボルト!」
その後方に立っていたメイズが手のひらを向けて、白い閃光を放った。まさに、パーティーメンバーらしい、阿吽の呼吸。生まれた空間を魔法の弾丸が走る。
「はっ!」
シリウスはシフーの連撃を大剣で受けながら、左手を魔力で覆う。そして、そのまま飛来してくる白い弾丸を殴り飛ばした。
「魔法を殴る、だと!? そんなバカな!?」
焦るメイズ。どうやら、普通ではないらしい。オスカーの常識を探っても、無理です! と出てきた。無理なんだ。試したやつがいない系だろうけど。まあ、魔法と魔法がぶつけると干渉するだろうから、無法ではないのだろう。
「本気で殺しにこいよ!」
そんなことを言いながら、シリウスは再び二人と切り結ぶ。
だが、メイズにとっても立ち回りが難しい。というのも、シリウスは巧みに立ち位置を変えながら、残りの2人を遮蔽物として利用しているからだ。強引に撃つなら、さっきのようにソードスかシフーが横によけた空間を利用するしかない。だが、それはシリウスにとっての想定内なので、魔力パンチなり回避が間に合ってしまう。
もちろん、経験豊富な二人だ。
シリウスの動きと意図は把握している。メイズが動きやすくなるよう、どうにか状況を動かそうとしている。
だが、無理なのだ。
それを上回り、シリウスが立ち位置を優勢に進めている。
つまり、それほどの実力差がある――
そんな息の詰まるような戦いが続き、やがて、状況が動いた。
「ふん!」
ソードスが慢心の力を込めて振り下ろした一撃をシリウスが大剣で受け止める。
さっきまでと同じく、甲高い金属音が響く、そう思ったが――
異常な、耳障りな音が響き渡った。
シリウスの使っていた大剣が半ばから真っ二つにへし折れたのだ。シリウスが使っていたのは練習用の刃を落としていた武器。言ってみれば、低品質な代物だ。
だが、ソードスたちの使っているものは違う。
彼らの武器は、そのステータスにふさわしい最上級の代物。
それらをA級の冒険者たちが卓越した技術で振るうのだ。受け止める武器にかかる負荷はとんでもないものだろう。
耐えられるはずがない。
武器が砕けた。
ゆえに、ソードスの表情から集中力が薄らいだ。終わった。これは模擬戦なのだから、終わった。そう思った。思ってしまった。
「よそ見してるんじゃねえよ!」
シリウスの左手に雷撃が付与される。
そのままシリウスはソードスの横っ面を思いっきり殴り飛ばした。
「ぐあああああああああああ!?」
悲鳴を上げながらふっ飛ぶソードス。その手から持っていた剣がすっぽ抜けて床に落ちる。
「ソードス――!?」
我に帰ったシフーがシリウスに襲い掛かろうとするが、すでに遅かった。シリウスはそのまま体をぐるりと回して、折れた大剣を横に薙ぐ。
「くっ!?」
距離を置いたシフー。その瞬間をシリウスは逃さない。
「おらあっ!」
渾身の力を込めて、折れた大剣をメイズに向かって投げ飛ばした。鉄の塊は凄まじい速度で魔法使いに迫り、回避する間すら与えず、腹にめり込んだ。
「お……ごっ!?」
メイズを無力化すると同時、シリウスはそちらに気を取られたシフーの腹に蹴りを叩き込む。シフーは反応して後方に飛び退るが、遅い。しかし、無駄ではなかった。シリウスの一撃は大きく威力を減じた。
「く、はっ!」
だが、それは大きなダメージをシフーに残す。
シフーは腹を抑えて片膝をつく。少し時間があれば回復できただろう。だが、その時間を許さない男がいた。
武器を失ったシリウスはソードスが落とした剣を拾い上げる。同時、雷撃が剣に付与された。
「死ねやああああああ!」
動きの鈍いシフーに一足で飛び込むシリウス。その目は、明らかに殺意に燃えている。これが模擬戦だというのを忘れている。戦闘でハイになったシリウスだ。
あの凶刃が振り下ろされれば――
だが、シフーにとって幸運だったのは、吹っ飛んだ先が俺の近くだったこと。
……仕方がないか。
――カウンター。
きん、と金属音が響く。
割り込んだ俺の夜鷹とシリウスの剣が激突した音だった。
「オスカー! 邪魔をするのか!?」
「もう勝負は終わっています。これは模擬戦でしょう? 主人の手をいたずらに汚したいとは思いません」
「……確かに、そうだな」
少し冷静になったのだろう、シリウスの瞳から爛々とした輝きが消える。つまらなさそうにソードスの剣を投げ捨てた。
勝者、シリウス。
まさかA級冒険者3人を相手に圧倒するか。
そして、自分の右手の痺れにも驚愕する。なんという一撃の重さか。慌てていたのでカウンターのタイミングが少しズレていたのは事実だが、これほどまでとは……。前に戦ったときとは比べ物にならないほど。
これほどまでの化け物に育っていたか、シリウス・ディンバート――
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