第30話 A級冒険者たち
「え、いや……A級冒険者と、ですか……?」
「ああ、俺と戦わせろ。金なら出す。冒険者は金を払えばなんでもやるんだろう?」
これはもう、清々しいほど最悪なセリフだな!
芸術家の壺を買って、本人の目の前で壺を叩き割るような。金を払ったんだから、別に俺がどうしようと勝手だろう? 的な。
実にシリウスらしい。
「どうでしょう……彼らは彼らで仕事にプライドを持っていますから……お金を払えばどうこうという話にはならないかと」
「俺のことを、わがままなクソ坊ちゃんだと思っているか?」
「い、いえ! 決してそのようなことは!?」
「わがままなクソ坊ちゃんで構わないさ。そいつの鼻っ柱を折ってやりたいから協力してくれと言ってくれないか?」
「そ、それはその、返事に困ります……」
「戦闘の教育でもなんでもいい。耳障りのいい適当な理由を言っておけ。金なら出す。お前の責任でアサインしろ」
「……わ、わかりました。話だけは致します。ただ、冒険者はギルドに仕えているわけではありませんから命令はできません。それに気ままですから、結果のお約束はできません。ご理解ください」
「はっ、理解するかどうかは結果を聞いてからだな!」
実にシリウスは容赦がない。正しく悪役貴族だ。
俺たちは冒険者ギルドを辞して、クレッファンの街の領主の屋敷に向かった。領主はシリウス、そして、オリアナをいたく歓迎し、宿泊する部屋を提供してくれた。
こっそりと俺はルシアに尋ねてみた。
「ルシア様も、ここに来たら泊めてもらうのですか?」
「い、いえ……ご挨拶をすることはありますが、泊まったことは……」
……格差社会である。
翌朝、領主の館に冒険者ギルドからの使いがやってきた。
「A級冒険者の手配が完了したと言付かりました」
その言葉を聞いたシリウスが大声で笑う。
「くっはっはっは! クラウベもなかなかやるじゃあないか! 急ぐぞ!」
新しいおもちゃを手に入れた子供のようにシリウスの目がキラキラとしている。
実は、俺もだが。
残念ながら、ゲーム内だとA級冒険者などという設定は出てこなかった。冒険者はいたが、別にランクを名乗っていなかったのだ。A級とは、トップのS級に次ぐ実力者。今のシリウスがどれほどの強さを秘めているのか、測るにはちょうどいいだろう。
俺たちは冒険者ギルドへと向かった。
建物に入るなり――
今度は、冒険者たちの視線が一斉にこちらを向く。
……ああ、なるほど。もう情報は行き渡っていたか。俺たちが張り出した依頼と、そして、シリウスからの挑戦状。風来に生きる者たちだ。情報の速さは重要なのだろう。
ルシアは気圧されているが、シリウスは関係ない。
その視線を傲然と受け止め、はっ、と小さく笑い飛ばすと、胸を張ってカウンターへと向かっていく。
……あの、ことさら挑発しなくてもいいんですよ、シリウス君?
「お待ちしておりました。こちらへ」
受付嬢は俺たちを迎え入れると、ギルドの奥へと案内する。
通された場所は大きな広間だった。そこにはクラウベさんと3人の若い男女が立っている。3人組は着ている装備からして冒険者、おそらくはA級。
クラウベが男たちを連れてやってきた。
「こちら、本日のお相手を務めていただくA級冒険者の方々です」
「俺がリーダーで戦士のソードスだ」
歳の頃は20半ばくらいだろう鎧の男が、さわやか顔をニコニコとさせてシリウスに握手を求める。
「公爵家の嫡男と縁が結べるとは光栄なことです」
「シリウスだ」
言いつつ、シリウスはその手を容赦なく払いのける。
おおおい、シリウス君? それやっちゃダメなことだよ?
「なあ、本音を言ったらどうだ? A級冒険者の俺様を呼び立てるとは、ふざけたガキだと思っているんだろう?」
「ふふふ、まさか……」
行き場のない手のひらをひらひらとさせながら、ソードスが続ける。
「ぶちのめすぞ、お前――それが本音だ。痛い思いをしても後悔するなよ?」
「ああ、それでいい! それで! 後悔させてみろ。させられるものならなあ!」
仲良くできないのか、お前は……。
できないよな。シリウスが全開で喧嘩を売っているし。ていうか、なんなら昨日から失礼な言葉を連発で、クラウベから間違いなく伝わっているだろう気もするし。
「私は斥候のシフーです」
「僕は魔法使いのメイズ」
残りの2人も挨拶する。シフーは腰の左右のショートソードを差した双剣使いの女性で、メイズはローブを着込んだメガネの男性だ。歳はソードスと同じくらい。
シフーが口を開く。
「その子はお客さんやで、ソードス。もうちょっと優しく対応しいや! ちょっと戦うだけで破格の報酬やねんから! ほんまごめんな! あんなアホで!」
「おい、どっちの味方なんだ!?」
「お客さんは大切にって人道の話やで。上得意様は特にな!」
「全く、お前が相手をしないからって……」
「にひひひ! 頑張ってね、リーダー?」
「待て」
冷然とした声でシリウスが割り込む。
「そいつだけなのか? 戦うのは?」
「その通りだが、違うのか――?」
ソードスが誰何の声をあげる。その方向はクラウベだが、クラウベ自身は動揺しているようだった。
ああ、なるほど。彼はシリウスのことを分かってはいない。
まあ、狂人のことなど、わかる必要もないのだけど。
「お前たち3人で来い。まとめて相手してやろう」
3人が顔を見合わせる。当然だろう、お坊ちゃんの悪ふざけも意味がわからない。
「俺たち3人を――そうか、君たちで相手するのか?」
「はあ? 俺1人で決まっているだろうが? おい、クラウベ。報酬を3倍に引き上げる。こいつら3人でかかってくるように交渉しろ」
おそらく、3倍にしなくても、そもそもの金額で十分だとは思うのだが――
それより先に、シフーが口を開いた。
「ええでええで! 3倍になるんやったら、そんなんいくらでも!」
「え、ちょっと、シフー。僕を巻き込まないでよ……」
「いいやん! 3倍やで!?」
シフーの目が完全に金マークで彩られている。結局、3倍に押し切られて、3人対1人の対決が決まった。
シリウスが部屋の端にある武器ラックから両手持ちの剣を選ぶ。刃が潰されている訓練用のものだ。ソードスたちも訓練用の武器を手にしようとするが――
「構わん、お前たちは本物をつかえ!」
「なに!? いや、しかし――」
ソードスが動揺するのは当然だ。公爵家の嫡男に何事かあれば大問題になるのだから。訓練でうっかり……ではすまない。
「俺が構わないと言っている。オスカー! お前が証人となれ!」
「……承りました……」
とはいえ、初代悪役貴族であるあの父親が、合意があったからと言って息子の死を不問にするとも思えないが。
だが、あまり俺は問題だと思わなかった。
そもそも魔法の行使が前提となっている。剣のように途中で止められない魔法がある以上、致死率が上がるのはやむを得ない。すでに危険は存在するのだ。
それに、シリウスが負ける様子は全く想像できない。
A級冒険者たちを踏みつけて、傲岸不遜に完勝する姿しか思い浮かばない。
シリウスに配慮は不要だろう。
「遠慮なく打ち込んでこい。さあ、始めようか?」
部屋の中央で互いが向かい合う。
冒険者側は、ソードスとシフーが前衛、そこから少し離れた後ろにメイズが立つ。
シリウスが大剣を両手で構える。
「さあ、さっさとかかってこい、A級冒険者ども!」
――戦いが始まった。
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