第29話 金持ち坊ちゃんの暴走
森の視察から1週間が過ぎた。
狼たちの遠吠えも収まり、どうやら気も晴れたらしい。次はやったるぞ、そんな気分なのだろう。次で掃滅するので、関係ない話だが。
狼たちの襲撃はないだろうと判断し、俺たちは次のフェイズに移ることにした。
「それでは、クレッファンの街に移動して冒険者たちを集めましょう」
冒険者たちで囲い込んで森から一掃する。
街に向かうのは、シリウス、俺、ルシアの3人だが――
「え? シリウス、村を出ちゃうの?」
オリアナが眉をひそめる。
「私もついていきたんだけど?」
「邪魔だ、帰れ」
容赦なくシリウスが突き放す。だけど、その程度で屈することのないオリアナはゴリ押しして街まで着いてくることになった。
そんなわけで、俺たちは4人で馬車に乗って、村近くの街へと移動した。
「ふん、しょぼくれた街だな」
シリウスが吐き捨てるが、言い過ぎではある。
ペイトロンの村は、単独では生活が維持できない。拠点としての価値はないに等しく、自足できるほどの豊富な物資があるわけでもない。それらを物流面で支えているのが、
こういった都市だ。
街としての機能は十分。
……シリウスの基準は公爵領の領都だからな……。いかんせん、比較対象がおかしい。
「では、冒険者ギルドに参りましょうか。ルシアさん、お願いします」
司会進行役くらいなら、俺がやるとしよう。
冒険者ギルドは街の中心地にある。レンガで組み上げられた五階建の大きな建物だ。
ドアを開けると大きな食堂兼酒場で、冒険者たちの溜まり場になっている。若者から中年くらいの、アウトローな服装をした男女があちこちでテーブルを囲んでいる。
彼の視線が一斉にこちらを――向くことはなかった。
……まあ、常識的に考えて、入るたびに何者かと確認するのもおかしいよな。ここは出入りの激しい建物なんだから。とはいえ、視界の端に俺たちをとらえた人間たちもいるようで、こそこそと同席者に話をしている。
何かを囁かれるのは仕方がない。
高級貴族であるシリウスもオリアナも外出着とはいえ、一般人が纏わないような立派な服装を身につけている。……俺もルシアも彼らとは比べられないけど、それなりには上等な服だ。
そんな一団が現れたのだから、めざとい人間が気にするのも仕方がない。
格好のグレードを下げることは考えたが、目立ちたくないというだけでシリウスが納得するとも思えなかった。自重という言葉を知らない男だから。
目立ったところで、別に問題はないだろう……。
俺たちはカウンターへと進んだ。
受付嬢がにこやかな表情で応対してくれる。
「ご依頼でしょうか?」
一目して冒険者ではないので、当然の判断だ。
「ああ、冒険者を50人ほど雇いたい」
「ご、50人ですか……!?」
シリウスの言葉に受付嬢が目を見開く。
森の広さから、俺が想定した人数だ。冒険者たちをスリーマンセルで組ませて、15組くらいのペアを作る想定だ。それくらいならヘルウルフと戦っても死ぬことはないだろう。手を出せない群れが現れたら、笛を鳴らしてシリウスが出陣――そんな流れだ。
「ご希望する冒険者のランクはどれくらいですか……?」
「ランク?」
「ええと……冒険者にはS級を一番上として、A級からF級まで存在します」
おっと、そこはシリウスに指定していなかったな。
だけど、シリウスは会話を止めない。
「依頼内容は、ヘルウルフの掃討だ。3人1組くらいなら死なない程度の連中だと、どれくらいのランクが適している?」
「……そうですね、でしたらD級が基準になるかと」
「だったら、その辺を中心に集めてくれ」
シリウスが会話を切る。なんとなく沈黙に、俺に対する指示がある気がする。異論があるなら今すぐ言え。――今のところは、特にない。ヘルウルフはたいして強くないから。多少の経験者くらいを想定していたが、ランクの位置的にも問題はない。
「承知しました。それでは依頼の詳細を詰めるため、奥の部屋にご案内いたします」
そう言うと、受付嬢が俺たちを奥へと案内する。
何度か冒険者ギルドに依頼を出したことのあるルシアの話だと、通常は用紙に記入して依頼を出すらしいが……。大型の案件だと判断したのかもしれない。着ている服も着ているだけにな。
通された立派な部屋――と言っても公爵家の部屋に比べれば数ランク落ちるが――で待っていると、受付嬢が中年の男を連れてきた。がっしりとした体つきの、顎鬚を整えた男だ。着ている服や雰囲気からして、何やら偉い人の感じがする。
男は愛想良く微笑みながら、対面のソファに座る。
「申し訳ありません、ここからは私が引き継ぎます。私は本ギルドの依頼管理を行う部署の長をしているクラウベと申します」
そして、視線をルシアに向ける。
「ルシア様、ご無沙汰しております」
「こちらこそ」
どうやらルシアと面識があるらしい。
挨拶をすませると、その視線がすっとシリウスを向く。……なるほど、男爵令嬢――下級とはいえ貴族であるルシアよりも偉そうな男がいる。気にはなるだろう。
「ぶしつけながら……お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「シリウス・ディンバートだ」
表情を動かさなかったクラウベを褒めるべきだろう。この名前を知らない人間は、公爵領にはいないのだから。
「公爵家の……?」
「そうだが?」
「ご利用、ありがとうございます」
クラウベが深々と頭を下げた。しかし、貴人を扱うことにはなれているのだろう、過度な反応は示さず、淡々と事務的な確認を進めていく。
依頼の内容をまとめた後、クラウベは大きく頷いた。
「ありがとうございます。内容に問題はありません。報酬も十分以上で、冒険者たちも満足することでしょう」
「ゴミをよこすなよ」
「もちろんでございます。必ずやご期待に沿いましょう」
クラウベの目を見れば、それが言葉だけではないことがわかる。相手は公爵家の嫡男であり――悪評高いシリウスだ。成功がどれほどの価値になるか、失敗がどれほどの失態になるか計算できない男ではない。
「ああ、そうだ」
いいことを思いついた。そんな様子でシリウスが言葉を繋ぐ。
「メンツが集まったら、俺が相手をしてやろう。50対1でいい。腕を試してやる」
一瞬にして空気が固まった。
要員の腕をテストする? 公爵家の嫡男が戦う? 50対1?
無茶苦茶な情報がわずかな文字数にギッチリと詰まっている。
「あっははははは! シリウス、最高〜〜〜!」
ただ一人、オリアナがゲラゲラと手を叩いて笑っているが。
クラウベの表情が微妙に震えている。さすがに百戦錬磨の男でも、これは想定外か。拒むのが普通だが、拒んでいい相手なのか……。出した結論はこうだった。
「お戯れを……ご冗談ですよね?」
「いや、本気だが?」
さすがにクラウベの表情が引き攣る。
可哀想な気分になってきたので、助け舟を出すことにした。
「……シリウス様。おやめください。せっかく集まってくれた精鋭たちに、怪我をさせるわけには参りません」
どちらかというと、ケガという以前にシリウスにビビりまくってキャンセルしてくるのを恐れている。50対1でもシリウスが圧勝するだろうから。
「それもそうか。諦めるとしよう」
つまらなさそうに息を吐く。
クラウベの表情がようやく安らぎが浮かん――
「おい、クラウベ。さっきS級冒険者がトップだと言ったな?」
「はい。ただ、うちのギルドにはA級までしか在籍しておりませんが」
チッ、と舌打ちしながらも、シリウスは言葉を紡いだ。
「なら、そのA級でもいい。俺と戦わせろ。金ならいくらでも払ってやる」
金持ち坊ちゃんの暴走が来たぞ!?
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