第28話 オリアナ・メリサンドラという人
3日が経った。
熱狂的シリウス侍らせ隊員オリアナの登場は、俺が嫌な予感を覚えるには十分だった。
しばらく注視することにした。
結果――意外と普通の人では? そんな印象を覚える。
シリウス、俺、ラグハット男爵、ルシアの4人だった食事会にもオリアナは参加し、無難に時間を過ごした。いい感じに話題を振りつつ、全員とバランスよく喋る――
自己中な印象だったので、てっきり誘っても欠席か、参加してもシリウスとばかり話しているのではないかと危惧していたのだが。
この辺はさすがに侯爵令嬢というところで、社交術に長けている。華やかな印象を与える人物なので、食事の席が明るくなったような雰囲気すら覚えた。
え? 同じ女性のルシアがいるじゃないかって?
ルシアはどちらかというと、クソ真面目な騎士という感じなので、どちらかというと実直な雰囲気の人物なのでオリアナとはタイプが違う。
それ以外の時間も、シリウスにべったりかというと、そうでもない。
……まあ、シリウスに相手をしてもらいたい感じなのだが、多忙なシリウスがめんどくさそうに遠ざけるので、できていないだけなのかもしれないが。それで暴れるかというと、そうでもなく、村をぶらぶらしたり、割り当てられた部屋に篭ったりしながら過ごしている。
なんだか拍子抜けである。
ゲームの中だと、主人公リヒト視点では『うざい女ナンバーワン』くらいの存在だったので、もっとこう嵐が来たくらいの覚悟はあったのだけど。
「あら、執事くんじゃない?」
そんなふうに声をかけられたのは、俺がシリウスの部屋の掃除をしていたときのことである。残念ながら、この男爵家にはその手のことをしてくれる使用人がいないため、俺にお鉢が回ってきている。
俺は手を止めて、開けていたドアの前に立つオリアナに頭を下げた。
「何か御用でしょうか、オリアナ様?」
「別に? 知らない仲じゃないんだから、いいでしょ? お話でもしない?」
「そうしたいのは山々ですが、シリウス様の部屋の掃除をしていますので……」
貴族を相手に『ながら会話』は――
「構わないけど? 手足は掃除をしながら、口で会話しなさいな」
いいのかよ!
その辺、気にしない性格なら、別にいいだろう。
オリアナは部屋の中に入ると、迷いなくシリウスのベッドに腰掛けた。
「シリウス様をお待ちですか?」
「いえ、勉強をしていたら疲れていたから散歩していてねえ……ドアが開いていたから、のぞいただけよ」
「勉強?」
思わず、掃除の手を止めてオリアナに視線を向けてしまう。
奔放な印象のオリアナと勉強――
あまり結びつかない印象だったので。
「なによ、その顔?」
「勉強するんですね」
「当然でしょ、私たちは学生なんだけど?」
言い返しようのない正論が返ってきた。不良娘だと思っていたのだが……。
いや、それは印象論すぎるか。
実際、ゲーム内でもオリアナの成績は良かった。
アイリス学園クロニクルでは、定期テストのイベントがあり、プレイヤは育成した主人公の学力を試される。シリウスがほとんどのケースでトップ3に君臨していて、オリアナはトップ10内にいた。
ちなみに、事前情報がないと(つまり初見プレイだと)、まずシリウスは愚かオリアナを抜き去るのも無理な設定になっている。学年1位を取るには、ある程度のターンを『勉強』に割り振らないといけないのだが、強制イベントによって『勉強』を実行できないことが多く、最適解をなぞるような育成が必要になってくる。
「シリウスの横に並ぶには、おつむの出来も良くなくっちゃね? 執事くんもそう思わない?」
「重要だと思います」
シリウスという男は、何かしらの価値がない人間を『ゴミ』と見下す人間だ。頭脳にせよ魔力にせよ剣術にせよ、シリウス的合格点とはいかないまでも及第点くらいは取っておくべきだ。
「うふふ、だから、私はシリウスのために頑張るんだ……ああ、いい匂い……」
は? いい匂い?
掃除に戻りかけた俺は、再び視線をオリアナに向ける。
オリアナはいつの間にか、シリウスのベッドに顔を埋めていた。スーハーという鼻息が聞こえてくる。
「オ、オリアナ様、困ります……」
「大丈夫大丈夫……! よだれは垂らしていないから!」
なんてことを、顔を上げずに答えてくる。
「いいじゃない? シリウス、つれないしさなあ、寂しいしさあ……これくらい、私たちの関係からしたら……シリウスも許してくれるって。ああ、充電充電〜」
などと言いつつ、まだまだスーハースーハーしている。
……確かに『深い関係』なのは知っているので、別にいいのかもしれないが。
「シリウス様が冷たいので、悲しかったりしますか?」
「その冷たさ……偉そうな感じがたまらなのよね……」
ええ……めんどくさいだけじゃん……。
まあ、彼女がそう言うのなら、別にいいのだろうけど。
「香りで寂しさをごまかすのも、時間をとって会えたときに燃えるでしょう?」
「そうなんですか?」
「だから、スーハースーハーするのはそんなに変じゃないの。前菜ね」
「自己正当化の極みでは?」
「ところでさ――」
オリアナが埋めていた顔を横に向けてこちらに視線を送る。
「最近、どうしたの、シリウスは?」
「と、言いますと?」
「なんだか別人みたいじゃない? あんなに朝早くから鍛錬したり、領主の仕事も真面目にこなしたり。あんなやつだったっけ?」
軽い口調だが、いや、違うな。
その目に輝く瞳には狡猾さと好奇心が輝いている。
……ふぅむ……少し角度を変えて切り返してみるか……。
「同じ質問をルシア様から受けましたね」
「へえ、そうなんだ……」
オリアナの瞳が意地悪く光る。
「ねえ、本当、ルシア?」
ずっと入り口の脇にあった気配が動き、ルシアが姿を見せた。
「……ええと、はい。聞きました」
ごほん、と咳払いをする。
「あの! 別に、その盗み聞きをしていたとかではなくてですね! 輪に入るタイミングを逸したと言いますか!」
聞いてもいない言い訳をしだした。バツの悪さが芸術的なレベルで滲み出ている。
くすくすとオリアナが笑う。
「そう、そんなに遠慮しなくてもいいのに。仲良くしましょうよ、ねえ?」
「は、はい……」
明らかにルシアが気圧されている。この3日間の観察でわかっていたが、ルシアはオリアナを苦手としているのは間違いない。まあ、キラキラでおしゃれな侯爵令嬢とど田舎の剣術バカ男爵令嬢なのだから、距離感がバグるのは仕方がない。
「ルシアもシリウスのこと、気になっているの?」
「人が変わったようだな、とは思います」
「あなたもこのベッドの香りを、スーハーしたくてきちゃったの?」
「そそ、そんなわけありません!」
「動揺しているところが怪しくない?」
「誰でも動揺する変な質問をしないでくださいよ!?」
「そうなんだ。じゃあ、シリウスに惚れちゃったとか?」
「な、ないです! ないです! あ、あんなの!」
「そうなんだ……あんなのですって、シリウス?」
え? と言う感じでルシアが固まる。
彼女の首がギッギッギッと後ろに回ると、そこにはシリウスが立っていた。
「あ、い、いや、そ、その……!? その!? ごめんなさい!」
「構わんぞ。別にお前に惚れてもらいたいとは思わないからなあ? 俺だってお前など願い下げだ。筋肉質なゴリラなど相手にできるか。バナナでも食ってろ」
容赦のない言葉で涙目のルシアをバッサリ斬る。
そして、今度はオリアナに視線を向けた。
「人の部屋で何を遊んでいる……? オリアナ、勝手に俺のベッドで寝るな」
「いいじゃない? 一緒に横になりましょうよ?」
寝転んだまま、オリアナがトントンとベッドを叩く。
「そろそろ構ってくれないと寂しいんだけど?」
「はあ? 俺が抱きたいときに抱いてやる。お前の気持ちなど知るか!」
おお……清々しいほどの悪役貴族っぷりだあ……。
ルシアが顔を真っ赤にしながら「だ、抱きた……抱き抱き……」と言いながら固まっている。酷い言葉を言われたオリアナは、なぜか顔をうっとりとさせている。ああ、まさにそれれでこそ私が愛したシリウス! みたいな表情になっている。
なんだか、だんだんカオスになってきたな……。
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