第26話 人材は必要ですか?

 森から帰ってきた日の翌日――


「おはようございます、シリウス様」


 俺の言葉を受けて、ベッドで眠っていたシリウスが薄目を開ける。


「昨晩はずいぶんと騒々しかったですが、睡眠は充分ですか?」


「騒々しかった……? 普通に寝てていたが。何かあったのか?」


「森から狼たちの遠吠えが聞こえておりました」


 うおおおおん、うおおおおんと夜更けにずっとずっと長く。部屋から森のほうに目をやると、黒い影が森の入り口周辺をうろうろとしていた。

 狼たちからの警告だろう。

 二度はない、と。

 もちろん、それで構わない。二度目はお前たちを掃滅するだけだから。お前たちに報復の余地は与えない。


「ははは、全く気づかなかったな。ぐっすりと眠っていた。ただのハッタリ――こけおどしだろう? そんなものに反応などしていられるか」


 シリウスがせせら笑う。

 ……狼たちの声に明確な殺意があれば、別の結果になっていたかもな。本気ではない声が、絶対強者であるこの男の眠りを妨げることはないのだろう。


「何か問題があるか?」


「いいえ、今は特に。さ、朝の日課を始めましょう」


 朝のジョギング、剣の鍛錬を終えると、朝食の時間だ。

 基本的に朝食は、ラグハット男爵、シリウス、そして俺の3人で食べることになっている。……本来であれば、使用人の俺が同席しているのはおかしいのだけど、シリウスが「時間の無駄だ、一緒に食べろ」とゴリ押ししてこうなった。男爵がシリウスに意を唱えるはずもないので。

 いつもなら、その3人だけなのだが――


「何か用か?」


 シリウスが怪訝な声を発する。

 その視線の先には、4人目の人物ルシアが座っていた。

 ラグハット男爵が口を開く。


「この子が参加したいと言い出しまして……」


 男爵の横に座るルシアが静かに頭を下げる。


「昨日の今日で、どうした? お友達になったつもりか、あ?」


 シリウス、初手暴言。

 男爵がオロオロとしているが、娘のルシアは表情を変えずに返事をする。


「懐に飛び込んでみるのも一興だと思いました」


「変人か、お前?」


 小馬鹿にするように言った後、シリウスは続ける。


「はっ、好きにしろ」


 朝食が始まった。

 ちなみに、さほど裕福ではない男爵家の提供なので、公爵家で見たような豪華なものではない。今日も、野菜のスープとパン、卵料理にサラダといった感じだ。調理人も専用の料理人ではなく、村の人間のようだ。

 ……とはいえ、普通にうまいけど。

 食事が進む前に、シリウスが口を開いた。

 俺との打ち合わせ通りに。


「男爵、話がある」


「……なんでしょう?」


「あの森の資源を、この村で活用する」


 すでに男爵は、俺たちが持ち帰った『戦利品』を見ている。

「確かに、あの森を昔のように使うことができれば、この村の活力は戻るでしょう。しかし、狼たちが……昨晩もずいぶんと攻撃的でしたが……大丈夫でしょうか……?」


「はっ! 遠くから吠えるしかない駄犬の何を恐れる? 安心しろ、狼どもは俺が根絶やしにしてやる!」



「おお……それなら安心ですが……かなりの数がいますが、大丈夫でしょうか?」


「問題ない。冒険者たちを雇えばいい」


「冒険者……ですか?」


「冒険者たちで森を包囲しながら、叩き潰していく。1匹も漏らさないようにな。安心しろ、代金は俺で持ってやる」


 本来であれば、公爵家が持つ騎士団の派遣を要請したいところだが――

 事前の話し合いで、シリウスが難を示した。


「父は俺に、この村を盛り立ててこいと言った。俺の力を試そうとしている! 父の力を借りるつもりはない!」


 そんなわけで、冒険者を使うことになった。彼らを雇う原資となるシリウスの個人資産は元を正せば父親のもののような気もするが、公爵家の近くに現れたドラゴンを討伐した報奨金とでも考えておこう。


「近くの街に向かうついでに、森の資源を使った農業に詳しい人間を探してこようと思う。薬草も使えるから、専任の薬士もな」


「おお! す、素晴らしい!」


 男爵の目が輝いている。きっと頭の中にはキラキラとした未来が輝いていることだろう。森の資源で豊かになり、村人たちがノウハウを学んで効率よく仕事をする――それは悪いことではない。かなりの確率で実現するのだから。


「近日中に、俺たちは近くの街に移動する。男爵、留守は任せるぞ」


「承知いたしました」


 シリウスがいない場合、狼たちの動向が気になるところだ。そこで村を襲われると、多大な被害が出てしまう。

 なので、出発は1週間後くらいと考えている。

 その間に、狼たちの動向を見守るのだ。そこで襲撃がなければ、その後に何かを仕掛けてくる可能性は少ないだろう。

 想定した通りの会話が終わった。


 ――シリウスの言ったことは、全て俺が決めたことだ。


 昨日のうちに決定を下し、今朝のジョギングの間にシリウスに伝えた。俺から男爵たちに提案すると目立ってしまうからな。

 想定外が起こったのは、その直後だった。

 それまで黙っていたルシアが口を開く。


「シリウス様、街に向かうのは誰を考えていますか?」


「決まっているだろ、俺とオスカーだ」


「……私も同行したいのですが、可能ですか?」


「はあ?」


 シリウスが威嚇のような声を上げるも、ルシアのまっすぐな瞳は揺らがない。


「私は男爵家の人間です。今回の話は男爵家の、この村の未来がかかっています。だから、私も同行したいと思っています」


「不要だ。俺とオスカーに任せろ」


「いえ、引きません」


「こ、こら、ルシア! シリウス様がああ言っていらっしゃる! 諦めさない!」



「そうはいきません、父上。この領を預かる家の娘として、私には――見定める必要があります!」


 ……見定める、か……。それはスカウトしてくる連中のことだろうか、あるいは、シリウス自身のことなのだろうか。

 一本気な性格のルシアは頑固を発動、引く様子はない。


「愚かな娘が同行を願い出ておりますが……シリウス様、お許し願えますか?」


「昨日から急に距離を近くしてくるな……お前、俺に惚れでもしたか?」


 いきなりの不意打ちにルシアが顔を真っ赤にする。


「バ、バカなことを!? お、お前は、何を……!?」


「ルシア様、シリウス様に『お前』はさすがに……」


「はっ、わ、私は何を……!? くっ……!?」


 明らかにルシアは混乱していた。わかりやすい人物だ。


「悪いが、お前は俺の好みではないから、諦めろ。女の魅力ゼロだ」


「違うと言っているでしょう!?」


 なんだか、妙な空気になってしまったな……。

 俺は咳払いをする。


「ルシア様が言っていることももっともですから、同行を許可されては? ルシア様は、西にある――クレッファンの街はご存知ですか?」


「はい、もちろんです!」


 クレッファンは俺たちが向かおうとしている、この辺で最も大きな街だ。この地域における物流の中心なので、ルシアが詳しいのも不思議ではない。


「どうです、地元の人間がいると便利ですよ?」


「森のときと同じ手を使いやがって……」


 バレてた!?


「チッ、まあ、いい。邪魔をするなよ」


「ありがとうございます!」


 そんな会話が終わった、ちょうどそのときだった。


「あなた、少しいいかしら?」


 ルシアの母親がやってきて、父親に手紙を渡した。その封書は蜜蝋によって厳重に封がされていた。おそらくは、貴族由来のもの。


「これは……?」


 あまり後回しにはできないと判断したのか、男爵は、失礼します、とシリウスに断って中を確認する。

 入ってきた手紙に目を通す。


「……メリサンドラ家のオリアナ様がいらっしゃるようです。お知り合いですか?」


「オリアナか。知っている」


 ……そして、俺も知っている。

 オリアナ・メリサンドラ侯爵令嬢。アイリス学園クロニクルに出てくる、ルシアと同じネームド・キャラだ。

 ただ、光の勇者リヒトの仲間にはならない。

 つまり、オリアナは常にシリウス側――シリウスはべらしガールの一人である。というか、その中心人物くらいの存在感である。


「俺に何か用でもあるのか?」


 めんどくさそうな調子でシリウスが言葉を吐いた。

  

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