第24話 森は資源の宝庫です

 森へ視察に向かうことになった。

 俺とシリウスは早朝、 男爵家の前でその準備をしている。 といっても、シリウスは見ているだけで、主に俺の仕事ではあったが。


 そんな準備をしていると、背後から気配が近づいてくる。


 振り返ると、どこか決まりの悪そうなルシアが立っていた。動きやすそうな皮の鎧を身に付けて、 腰に剣を差している。


 ギクシャクした動きでルシアが近づいてくる。


 ルシアがシリウスと距離を置いているのは周知の事実である。そんな人物が、視察の日に妙な格好で近づいてくる――

 シリウスは不審げな声を上げた。


「おい、何の用だ?」


 ルシアが 足を止めて、 困ったような表情を俺に向ける。

 ……ルシアが参加することを、 俺はシリウスに伝えていない。 本人の気が変わるかもしれないからな。事前に承認をとっていた場合、さぞシリウスはご機嫌斜めになるだろう。あるいは、事前確認の時点で揉めている可能性すらある。

 そんなわけで、やっちゃったもんは仕方ねーだろ作戦で進めることにしたのだ。

 さて、 うまく仲介しないとな。


「実はルシアさんも、男爵家の人間として森の視察に興味があるようでして。剣が扱える、地元の人間が同行したほうが安全だと判断して、同行を私からお願いしました」


 俺主導と言う形に、話を書き換えた。 真面目なルシアが変更に戸惑っているようだが、気にしない。そのほうが話が早いからだ。


「いらぬ気を回しやがって……」


 ……ほらね。

 シリウスは憎々しげな表情を浮かべているが、 端から拒否という感じでもない。 事実をそのまま伝えていたら、「こんな足手纏い、邪魔だ」と言い出しかねないからな。


「おい、お前! 邪魔だと思ったら、森に置いておいくぞ。それでもいいのか?」


「構いません!」


 凛とした様子でルシアが言い切る。

 一点の曇りもない様子が面白くないのか、シリウスは鋭く舌打ちしている。


「俺はオスカーと二人だけでいいんだがな……こいつは必要なのか?」


 ……? 俺と二人でいることに、妙にこだわるな。余剰戦力なのは充分で、確かに俺たち二人でも問題はないのだけど。


「ルシア様はいずれ、この領地の運営に携わる人物です。こういった機会も大事だと愚考します」


「はっ! いいだろう。おい、女! 運がいいな、今日だけは俺たちと一緒にいることを許可してやる。お前の身はお前で守れ。俺は知らんからな!」


 そう悪態をつくと、会話は終わったとばかりに口をつぐむ。

 一本気で顔に表情が出やすいルシアは、むむむむ……と唇をギュッと引き結ぶ。ああ、そうだよね。何か言い返したいよね。配慮のできないやつでごめんね……。ルシアは感情を押し殺し、強張った笑みを浮かべて返事をする。


「ありがとうございます、シリウス様。足手まといにはならぬよう、全力を尽くします」


 準備が終わり、俺たち3人は森へと向かった。

 ルシアの同行について、俺には価値が大いにあった。荷物運びを手伝ってくれたからだ。もちろん、シリウスは手ぶらである。これは彼がこの場で最も立場が偉いのだから、当然ではあるのだけど。


 森へと入っていく。


 森はそれほど鬱蒼としたものでもなく、 ほどよい木漏れ日が差し込んでいて、森を歩きやすく照らしてくれている。なかなか風光明媚だ。緑の空間を歩いていると気分も良くなる。

 しばらく歩いたところで、シリウスが口を開いた。


「おい、あの木はなんだ? 果物がなっているぞ」


 そこには、それほど高くはない木が立っていた。葉っぱのあちこちから、手のひらサイズの赤い実が大量に実っている。


「あれはヤックンという木です。実は食用です」


 そう言うと、ルシアがひとつもぎ取って、腰に差していた短剣で真っ二つに切る。現れた黄い実にかぶりついた。とても美味しいのだろう、口元が緩む。


「詳しいのか?」


「この周辺ではポピュラーな果物なんです。村にも同じ木があります」


 周りを見渡すとヤックンの実を実らせた樹木が視界に入ってくる。おそらく、この森のあちこちに、同じような木があるのだろう。

 俺はシリウスに声をかけた。


「どうですか、シリウス様。味見をしてみては?」


「……ああん? 俺が?」


 露骨に嫌そうに顔をしかめる。


「あまり興味がありませんか?」


 俺もルシアにならって、1つ実をもぐ。真っ二つに切って口に含んでみた。果肉から甘い果汁がこぼれ落ちて、喉を潤してくれる。ああ、なんて美味しいんだ……。


「美味しいですよ」


「不要だ」


「ああ、なるほど。公爵家の人間としては、こういうはしたない食べ方は無理なんですね」


「なんだと?」


 俺のしょーもない煽りを受けて、シリウスが目に不快を浮かべる。


「くだらんことを……いいだろう、食べてやる。よこせ」


 怒りが原動力とモチベーションなので、それがわかると動かしやすいなあ。


「どうぞ」


 口をつけていない半分を受け取ると、シリウスはさらにそれを1/4に等分し、口をつけた。


「……まあ、悪くはない。だが、この程度なら、もっとうまいものを知っているがな」


 なんだかんだでシリウスはお上品だな。食べ方に品がある。単純に、こうやって立ち食いが気に乗らないのだろう。やはり、根は公爵家のおぼっちゃまなのだ。


「どうですか? ルシア様を連れてきたよかったでしょう? 私たちだったら、何もわからなかったですよ」


「まあ、その点は認めてやろう。その点だけはな」


 相変わらず素直ではない。

 俺とルシアはヤックンの実をいくつか回収する。視察なので、どういうものが採取できるか、サンプルを持ち替える必要があるのだ。ヤックンの実以外にも、ルシアが食用だと判断できる実がいくつかあったので、それらも回収していく。

 そんな作業を進めていると、


「ルーネン草!」


 ルシアが木の足元に伸びている草へと近づいた。俺はそれを背後から覗き込みながら尋ねる。


「なんですか、それは?」


「この辺で薬草として珍重されているものです」


「そんなに興奮するものなんですか?」


「たくさん生えているものではないので……見つけたら必ず収穫して大切に保管しています」


 その言葉を証明するように、丁寧な手つきでルシアが薬草を採取した。

 ……面白い。食べ物だけではなく、この森には薬草もあるようだ。きっと、その薬草とやらも、あちこちに生えていることだろう。

 この森をペイトロン領の経済的な基盤にする――決して無茶な妄想でもないな。

 ふふふ、意外と悪くはない。

 そんなときだった。


「おい」


 低く鋭い声をシリウスが発する。もちろん、俺も気づいている。

 何かしら、不快な気配が近づいている。


「――ッ!」


 少し遅れてルシアも姿勢を正して周囲に視線を走らせる。目を凝らす必要もなかった。灰色の狼3匹が威嚇の顔つきで近づいてきている。


「くははは! 死にたがりか貴様らは!?」


 シリウスが腰に刺していた剣を引き抜いて前に出る。

 ……俺は戦おうとはしない。もちろん、腰に夜鷹は差しているけれど。そこにルシアがいる以上、今は手を出すつもりはない。『無力な執事』と思い込んでもらいたいからな。


「私も戦います!」


 剣を引き抜いたルシアが前に出る。

 こちらの殺意を感じたのだろう、狼たちの威嚇の声が一段と強さを増す。ジリジリとした空気、ジリジリと詰まる間合い。やがて、狼たちの1匹がシリウスへと飛びかかった。


「ガアアアアアアアアアアアアア!」


 唾液に塗れた剥き出しの牙が閃き、シリウスの喉を噛み砕こうとする。


「はははは! 遅ぇ!」


 シリウスの剣が走った。ひぃん、と空気を断ち切るような音が鳴り、狼の首がバッサリと切断された。

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