第20話 最強であり続ける義務がある

「なぜ、そう思う?」


「昨日、会ったとき、知り合い同士のような会話をしていましたので」


 ――またあの日のように、可愛がってやろうか?

 ――お戯れを……私ではシリウス様のお相手は務まらないでしょう。

 ――ははは! それはそうに違いない!


「ああ、そうだったな。そもそもルシアの父に公爵家の領地を貸している関係だ。それほど不思議でもない。子供の頃に面識があってなあ……剣術に自信のあるあいつをボコボコに負かせてやっただけだ」


 うわあ……。なんだか、そのシーンが想像できる。幼いルシアを、幼いシリウスがゲラゲラと笑いながら打ち負かしているシーンが。ここに悪魔がいますよー。

 そりゃ、挨拶だけして逃げますよ。やっぱり悪役貴族シリウスの人徳だなあ……。


「なかなかの使い手ではあるが、俺の相手ではない」


「今はどうでしょうね。油断していると足元をすくわれますよ……いつかのようにね」


「貴様――」


 不機嫌オーラを漂わせ始めてシリウスに、俺はあらかじめ地面に置いておいた木剣を差し出した。


「嫌な記憶を振り払うには特訓ですよ。ジョギングの後は素振りでも始めればどうです?」


「……チッ」


 木剣を構えて、振るう。それを黙々と繰り返す。

 シンプルな動作をじっと観察するとよくわかる。

 足、腰、背、腕と連動して筋肉が動き、ひゅっと音を立てて木剣が弧を描く。そこには無駄を極限まで削ぎ落とした洗練さだけが存在する。昔の、まさに暴力を体現しただけの乱暴な攻撃とは一線を画す、達人の技だ。

 ……なんという動きの美しさよ。

 匠の領域に入ったゲームプレイ動画は、一種の芸術を思わせるほどに人を魅了するが、それと同じ凄みを感じる。


「おい、退屈だ。手合わせしろ」


 だが、悪役貴族には別の思いがあるようだ。


「期待にお応えしたい気持ちはあるのですが、やめておこうと思います」


 ……もちろん、答えはノーだ。

 そこからギアを入れたシリウスに「オラオラオラ、リベンジマッチだ、こらああああ!」とやられても困るから。

 それに――

「逆らうのか、貴様!?」


「できれば、私は私の強さをあまり表に出したいと思いません。少なくとも、今は」


 誰もが侮る、地味な従僕オスカーこそが俺の理想的な立ち位置なのだ。

 シリウスの剣術がヤバいことなど、素人でも見るだけでわかる。そんなシリウスと、練習とはいえ互角に撃ち合う、あいつは何者!? となる。どこに目があるのかわからない――今だって邸宅の一室から、こっそりとルシアが俺たちを覗いていたりする。


 影から、シリウスを操り、ことを為す――それこそが理想だ。

 衆人環境で俺の実力を披露するのはしばらく避けたいところ。


 もちろん、いつまでも能力を隠していられるとは思っていない。だが、どうせ公開するのなら、時と場所を選んで最大の効果を得られるようにしたい。


「影の実力者でいたいんですよ」


 そう、悪役貴族を裏で操る――


「趣味の悪いやつだ」


 吐き捨てながらも、シリウスは俺の考えを理解したのだろう、俺に求めることなく黙々と剣術の練習に励んだ。

 一段落したところで手仕舞いし、俺たちは邸宅へと戻った。

 昨日は移動日のようなものだったので、実質的な1日目が始まる。


 ……とはいえ、今はまだ特にすることがない。


 理由は、ほとんどの雑務を今まで通り、ラグハット男爵に頼む方針だからだ。

 ちなみに、これは『面倒ごとの全てを下っ端に押し付けて己は快楽を貪る悪役貴族ムーブ』ではない。はっきり言って、何もわかっていない状況で変に介入するよりは、今まで通りのやり方で回したほうが男爵もやりやすいだろうという判断だ。


 今は見ること――

 そう俺が提案した以上、まずは男爵のお手並み拝見だ。


 ジョギング中に俺が提案した、免税の件に関する発表も男爵任せになった。

 当然、男爵は驚く。

 だって、昨日のシリウスはノリノリだったからね。


「……本当に私でよろしいのですか? これは良い知らせです。シリウス様から報告なされるべきだと思いますが」


「いや、男爵からでいい。男爵の評判も上がるだろう?」


 男爵は驚いたように口をつぐみ、まばたきすら忘れてシリウスの顔を凝視した。

 驚くのも無理はない。目立ちたがり屋ででしゃばりと悪評の高い悪役貴族が、手柄を奪うどころか渡す配慮までしてくれるのだから。


「ありがとうございます……シリウス様……! お心遣い、忘れません!」


 そんなことを言って喜びに打ち震えている。

 村人たちが男爵を好意的に見ているとはあまり思わない。なぜなら、生活が苦しいから。不景気だと政権支持率が下がるのと同じだ。なんだかんだで実務を知るのは男爵なのだから、これからも頑張ってもらいたい。その点で、男爵の好感度アップは必須だ。おまけに、男爵からのシリウスに対する気持ちも上を向く。


 影の主導者としては、実に喜ばしい限りだ。


 そんなわけで、時間にかなりの余裕ができたシリウスだったが、無駄にするつもりはないようだ。剣術や魔法の訓練を率先して行い、持ってきた大量の書籍も読み進めている。さらには、この村に関する資料を男爵からもらって目を通している。


「初日から頑張りますね」


「無駄にしている時間はないからな」


 やる気があって何より。

 もちろん、俺もうかうかとしていられない。その夜、部屋を抜け出すと、そのまま村の外れまで歩いていった。

 誰もいない暗がりにやってくると、手に持っていた刀――夜鷹を引き抜く。

 そして、鋭い息をとともに振り下ろし、夜気を切り裂いた。素振りである。さらに何度も何度も繰り返す。


 誰も見ていない中、黙々と俺は武器を振るった。

 いわゆる、コソ練である。


 こちらの世界に来てからずっと続けているし、シリウスに勝ってからも続けている。

 俺は俺で、レベルアップが必要だ。

 今のところ、シリウスは従順だが、いつ牙を剥いてくるかわからない。そのときに『衰えていました』では話にならない。


 いや、違うな――


 超速で進化する天才が後ろから追いかけてくる現実。それは実にプレッシャーだ。少しでも手を抜けば、あっという間に追い抜かされるだろう。

 だが、それを許すわけにはいかない。

 追いかけてくるシリウスという巨大な存在と渡り合えるだけの自信を、持ち続けないといけない。それには強さが必要なのだ。今もまだ、シリウスに負けるつもりはないという確かな誇りが。己の弱さを自覚することなど、許されない。

 そのためには、己を磨き続けるしかない。


 高みを。

 もっと高みを。


 最強に至る男を失望させないためにも、俺には最強であり続ける義務がある。

 

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