第18話 今後の方針について

「ぜ、税の免除……本当でございますか……?」


 ラグハット男爵は嬉しさ半分、疑い半分で震えている。疑われているぞ、シリウス君。お前の不徳の致すところだ。

 だけど、それがシリウスには面白くない。

 せっかく暴君が慈悲のかけらを投げたのだ。下々のものは感謝して喝采をあげるべきなのに。

 全てお前の悪評のせいだからね、シリウス君?


「なんだ、貴様ら。不満か……? 不満であるのなら、取り消すが?」


「滅相もありません! まさかという驚きが先に立ってしまい……失礼な態度をお許しください!」


「……ふん、2度目はないぞ」


 頭を深々と下げる男爵に見下した視線を送り、気をよくしたのだろう、そんなことを言う。

 あーあ……善行をしたのに、完全に悪役貴族ムーブで印象が悪い。ほら、男爵をはじめ、他の連中の目もぶるってるぞ? ルシアも態度を決めかねて困っているぞ?


「詳細は後で話をしよう、男爵」


 邸宅の中へと向かおうとするシリウス。その足が踏み出したところで止まった。

 ルシアに気がついたからだ。

 シリウスと正対した瞬間、ルシアは表情を一瞬で引き締めた。そして、深々と頭を下げる。


「お久しぶりです、シリウス様」


「ああ、久しいな、ルシア」


 顔を上げたルシアと、口元に笑みを閃かせたシリウスの顔が再び正対する。


「またあの日のように、可愛がってやろうか?」


「お戯れを……私ではシリウス様のお相手は務まらないでしょう」


「ははは! それはそうに違いない!」


 豪快に笑い飛ばすと、もう用事は済んだとばかりにシリウスが邸内へと歩いていく。俺を始めとした使用人たちもその後に続く。

 ルシアは静かにシリウスを見送った。


 握りしめた手を振るわせ、唇を強い感情で真一文字に結びながら。

 その感情は、屈辱だろうか。


 ……会話の内容からして、二人には面識があるようだが――オスカーの記憶をたどっても、ゲームの内容を思い返しても心当たるものがない。

 明かされていない裏設定的な何かだろう。


 どういう関係なんだ?


 それからしばらく慌ただしい時間が過ぎた。男爵家でのささやかな歓迎パーティーも、税の免除についての話し合いも進んでいく。その裏で、俺を始めとした従者たちが運び込んだ荷物を整理し、さらに男爵家に仕える使用人たちに『シリウス様の機嫌を損ねないため』の様々な言伝を行う。


 男爵家の使用人たちは悲壮感が漂う表情でそれを聞いていた。……ああ、もしも不興を買ったら、その瞬間に首と胴体が離れるんだろうなあ……仕事やめてええええ! そんな感じで。

 顔見せからして印象が悪かったのだから仕方がない。税の免除を言い渡したのに、評価が微妙だってどうなんだよ、悪徳貴族の面目躍如である。褒めてない。この辺、態度に関しては昔のままの悪さだから、当然なのだけど。そういうのは損をするんだよ、ということを教え込まないとな。


 風呂も終わり、あとは寝るだけとなったのは、もう日も変わろうとする頃だった。


「ふん、慌ただしかったが、ようやく終わったか」


 バキバキと首を鳴らしながら、風呂上がりのシリウスがソファに座る。言葉のわりに疲れた様子はない。実際、シリウスの体力と事務処理能力からすれば、さほどでもないのだろう。


「お疲れ様でした、シリウス様」


 俺はドアの前で頭を下げる。

 俺自身も肉体はさほど疲れてはいないが、環境が変わったせいもあって気疲れがある。早々と割り当てられた部屋に戻って一息つきたいところだが――

「明日、村人どもに税の免除について話をすることになった。俺自身の挨拶も含めてな」


 どうやら、寂しがり屋の悪役貴族はまだ話をしたいらしい。ならば仕方がない。


「いい印象を与えるように――そうですね、未来に希望を与えるような文章がいいですね」


「名文を考えておこう」


 シリウスは実に上機嫌だった。一方、俺は実に不安だ。何をぶちかますんだろう……カンペを作って渡したほうがいいのだろうか……。だけど、紙を読み上げる姿など天才シリウスには似合わない。

 ま、人生におけるレッスンだ。お手並み拝見といこう。


「くっはっはっは! 村の改革か! どこから手をつけてやろうか! 怠惰な村人どもの尻を蹴り上げてやらんとなあ!」


 ……いかん、好きにやらせると地獄絵図が広がりそうだ。くっはっはっは、とか完全に圧政を敷く悪徳領主の笑い方じゃないか。


「シリウス様。まだ村の改革については時期尚早です」


「なぜ? 時間を無駄にする暇はないぞ?」



「我々は何も知りません。上から方針を押し付けるだけで人は動きません。まずは状況を知るところから始めましょう。うまくいっていないところには、それなりの理由があるのです」


「はっ……迂遠だな。天才の言葉で愚民の過ちを正せばいいだけだろう?」


 どうにも、俺の言うことを聞かないようだ。

 ならば簡単に、強権を発動させよう。


「――命令ですよ」


「……チッ」


 不機嫌そうに舌を鳴らす。そう、それでいい。


「わかった。しばらくは『見る』ことに徹してやろう」


「そう、それで構いません。そして、見ることが終われば、聞くことです」


「聞くこと? 何を、誰に?」


「この村について、この村に住まう人々に」


「聞いてどうする?」


「聞けば、我々の知らなかったことを知ることができるでしょう。その前提知識を得るために、まずは見る必要があるのです」


 前世のサラリーマン時代を思い出すなあ……。トラブったときはこんな感じで、ひとつひとつ絡まった糸をほぐしていったものだ。人はそれぞれ違う。能力の優劣も置かれた状況も。唯一絶対と信じる答えを押し付けても決してゴールにはたどり着けない。


「わかった、従ってやる。だが、それだとしばらく暇になるな」


「この村を横目で眺めつつ……ルーティンを作ってください」


「ルーティン?」


「シリウス様の日課です。今までは家庭教師たちが鍛錬や勉強の時間を管理していましたが、今はいませんから、ご自分で管理しなければなりません」


「ふん、なるほど、悪くはない考えだ」


 やはり、強くなるということにモチベーションがあるらしい。今までとは目の輝きが違う。


「まずは何をすればいい?」


「村の周りを走ってみてはどうですか?」


「は? 走る?」


「ジョギングですね。鍛錬の基本です」


 前世を思い出してみても、鍛錬で走らないスポーツ選手というものを俺は知らない。上半身の動きが主体に見える野球のピッチャーですら、走り込んで下半身を鍛えるというしな。


「いいだろう。お前の提案だ、乗ってやる。だが、お前も付き合え。わかったな」


「わかりました」


 本当に寂しがり屋さんですね!

 そんなわけで俺の朝の日課に、口を開けば悪態ばかりの悪役貴族シリウス君とのニコニコ笑顔な早朝ジョギングが加わった。青春だね。マジか。



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