第17話 地方領主シリウス、はじめます

 それから1ヶ月とたたず、俺を含めたシリウス一行はペイトロンまでやってきた。

 ごとごとと揺れる馬車からは、もうペイトロンの景色が見える。

 どこまでも広がる――


「はっ……! 実にしょぼくれた場所だな!」


 シリウスの声は吐き捨てるようだった。

 ……無理もない。

 地方の一集落にしかすぎないペイトロンは、村よりは規模があるかな? くらいのレベルだ。主な産業は農業。畑だけがずっと広がっている。洗練された建物が立ち並ぶディンバート公爵領で育ったシリウスにしてみれば、ただのど田舎――実にしょぼくれた場所だろう。


 おまけに、頼みの綱の農業も生産高が芳しくなく、納めるべき税金がもパッとしない。

 正直なところ、ディンバート公爵領のお荷物と言っても過言ではない。


 だからこそ、公爵もシリウスに任せてみたのだろう。息子がどれほど愚かなことをしても、公爵領に与える影響は少ない。

 逆に言えば――


「なあ、オスカー。この萎びた領の税金をパーっと取り立てることができれば、父上の俺に対する評価も上がるとは思わないか?」


 シリウスの瞳に野望の火が灯るのも無理はない。


「俺にはとっておきのアイディアがある!」


「ほう、どんなものですか?」


「今すぐ税金を搾り取るだけ搾り取ればいい! こんな寂れた村で余生を送る連中のことなど知ったことか! 何の楽しみもない、死んでいるような人生だ。俺たちの役に立つ死に様こそ有意義だと思わないか!?」


 俺たちだけ座る馬車の中に、シリウスの邪な大声が響き渡った。

 ああ……もう……本当に、悪役貴族だなあ……。こいつの怖いところは、本当に名案だと思っていることだ。綺麗なシリウス君には遠い。いい加減、そのギラギラした目をキラキラさせておくれよ?


「却下します」


「……な、なんだと!?」


「そんなことをすれば村は離散します。鶏を殺してしまったら卵はもう生まれませんよ?」


「たまにしか卵を産めない痩せ細った鶏に価値などなかろう?」


「お言葉ながら……、彼らにも人生があります。領民の最大幸福を追求することこそが領主のあるべき姿です」


「はっ! 貴族あっての民だ。我らを支えるべき民に目を向ける必要などない!」


 ブッブー。前世の現代社会だったら、その発言は新聞の一面レベルでーす。

 ……とはいえ、オスカーの常識をたどると、シリウスの言葉はそれほどエキセントリックでもない。他の貴族たちも多かれ少なかれ、貴族至上主義の心情を根幹に抱えているのだから。


 だが、見方を変えれば――

 もしもシリウスが名君として歩み出せば、それは他の貴族たちの先を行くということ。

 俺としてはぜひ、綺麗なシリウス君に浄化させたいところだ。 


「……この村は公爵領にほぼ貢献していない。その理解で正しいですか?」


「その通りだ。あってもなくてもいい。ならば搾り取って消すのが得策」


「逆に考えましょう。搾り取るよりは、与えてみては?」


「……与える?」


「今年と来年、税金を無料にしましょう」


「な、何を言っている!? 正気か!?」


「正気ですよ。だって、無価値な村なのでしょう? ならば、与えたとしても微々たるものではないでしょうか?」


「それはそうだが……」


「その程度の損失を、好きにするがいい――そう申された公爵様が気になされると?」


「父上はそのようなことを気にはしないだろう。だが、面倒だ。違うか? どうせ取るに足らぬものなのだ。壊してしまったほうが手間が掛かららなくていいだろう?」


 ああ、そう、その言葉だ。

 俺は内心でほくそ笑む。その言葉を待っていた。天才シリウスには似合わない、不可能を打倒するべき暴君には似合わない言葉を。

 はあ、と俺はわざとらしく大きくため息をつく。


「手間が掛からない? それが本音でございますか。その程度のことを口になされるとは。そこがシリウス様の限界ですか」


「――んだと……!?」


 シリウスの目が険しくなる。こめかみがわかりやすくビキビキしている。

 煽りが大好きな暴君は、煽られることが弱い。

 怒りやすくて助かる。なぜなら、怒りは暴君シリウスの原動力――難題に挑むときの推進力なのだから。


「この村を取り潰したところで、公爵様は何の評価もなさらないでしょう。搾り取ったところで、それもまた公爵家を潤わせるほどではないのですから。ですが、この村を建て直せばいかがでしょうか? 公爵様の覚えはめでたくなるのでは?」


 シリウスの瞳から怒りが薄らぐ。

 俺の言葉がうまく刺さったのだろう。シリウスが欲しいのは公爵からの評価だから、当然だろう――いや、違うか。それはおまけ。公爵からの評価を勝ち得る『自分』でありたい。

 ゴールは示した。あとはもう一押しだ。


「やれませんか、シリウス様。この程度のことが?」


「はっ、舐めるな! やってやろう!」


 はい、チョロい。

 とりあえず、税金免除をすれば村民が息をつけるだろう。

 馬車から眺めている限り、村人たちの姿は痩せていて、歩く様子にも疲れが滲み出ている。着ている服もずいぶんと古く汚れている。


 ……オスカーの知識をたどると、ディンバート公爵領の税金は他と比べて相当に高いらしい。親父もまた悪役貴族だからね……。


 貧しい村が、これでもかとふんだくられているのだから、瀕死でもおかしくはない。

 彼らの公爵家に対する心象もいいはずがない。

 公爵家の馬車が来ていることを知らないはずもないのに、この馬車に近寄る村民はいない。余計な面倒に巻き込まれたくないと積極的に距離を置いている。

 仕方がないよね。悪役貴族だし。

 なんだか色々とボロボロの状況だが、さて、どうすればいいのやら。

 馬車が停止した。

 目の前にあるのは村の中だと最も大きくて立派な邸宅だが、当然、公爵邸と比べるまでもない。それなりに大きな宿屋くらいだろうか。

 ここが、公爵から地域の管轄を任せられている『ラグハット男爵』の家だ。


「長い旅路、お疲れ様でございます。ご足労いただき、感激の至りでございます」


 馬車から降りたシリウスに中年の男が頭を下げて挨拶する。ラグハット男爵だ。彼だけではない。これからシリウスが滞在する、男爵家の家族も使用人たちも総出で出迎えてくれていた。


 当然、ゲームの攻略キャラであり、男爵の娘であるルシア・ラグハットもまた。 


 ルシアは緑色の髪が印象的な、視線の鋭い女性だ。服装は、おそらく持っている中で最も上質な身なりなのだろう。腰に長剣を差している。

 シリウスを見つめる目に宿る感情は、明らかに軽蔑と敵意だった。

 周りの人間はシリウスの存在に怯えていて、明らかに恐怖と媚を漂わせているが、彼女だけは違う。ルシアだけは悪役貴族シリウスと心の中で戦っている。

 ……面白い女だな。


 シリウスはそんなルシアのことなど構わずに口を開く。


「出迎えご苦労。お前たちに、とっておきの土産がある」


「……なんでございましょう?」


 ラグハット男爵が身構える。当然だ、問題児として有名な悪役貴族シリウスが上機嫌に話す『土産』――どうせろくなものであるはずがない。そんな先入観がある。

 だがそれは、意外にも裏切られる。


「新領主からの祝儀だ。お前たちの税金を今年から2年間、無料にしてやる。嬉しいか?」


 その言葉はまるで爆弾のように弾けて、一同の表情をゆらめかせた。

 それはルシアもまた。

 ルシアの目にあった敵意の輝きが微かにゆらめくのを俺は見逃さなかった。


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