第16話 俺は正しく化け物を育てられている

「シリウスが剣の腕を上げたらしい。せっかくだ、どの程度のものか、お前たちに測ってもらいたい」


「……!」


 騎士団長の顔がかすかに強張る。


「それはつまり、我々にシリウス様と立ち合え、という意味でしょうか?」


「その通りだ。不服か?」


「……いえ、不服はございませんが……我々では力不足ではないかと……腕を上げたか上げていないかに関わらず、歯が立ちません」


 それは厳然たる事実だった。

 それほどにシリウスが強いのは確かだ。


「なるほど……ならば、3人同時ではどうだ? もとよりその考えだが? それでも実力を測ることすらできないのか?」


「……わかりました、善処いたします」


 騎士たちは気後れながらも、そう応じた。主君の期待に応える。それがこの時代の騎士のあり方なのだろう。

 ……少しかわいそうではあるが、さすがのシリウスも少しはマシになったのだ、模擬戦で殺したりはしないだろうさ。たぶん、おそらく、きっと……手加減できるよね、シリウス?


「それでいい。それほど大掛かりなものでもないからな」


 公爵は上機嫌な様子で応じると、息子に目を向けた。


「シリウスはどうかな? 私はお前の腕を見たい」


「わかりました」


 シリウスにとってはどうでもいいことだろう。

 ただ力を振るうだけなのだから。

 それから、一同は邸宅内の庭に移動した。開けたスペースに3人の騎士たちとシリウスが木剣を持って対峙する。その様子を、俺と公爵が離れた場所から見守っている。

 始まっても、距離を詰めあぐねている騎士たちに、剣を構えすらしない様子でシリウスが言葉を叩きつける。


「俺が指南してやろう。来い」


 それでも騎士たちは動けない。体に叩き込まれたシリウスの強さを知っているからだ。

 シリウスが肩をすくめる。


「……はっ、安心しろ。しばらくは防御に徹してやる。秒殺では興醒めだろう?」


 その言葉が引き金になった。

 覚悟を決めた騎士たちは互いに頷きあうと、同時にシリウスめがけて突進した。


「「「うおおおおおおおおおおおお!」」」


 3本の木剣による同時攻撃!

 いずれの騎士も、国の要である公爵家で要職を預かる身、その剣術には目を見張るものがある。


「ははっ!」


 だが、シリウスは嘲笑ひとつこぼしながら、その場から動くことなく流麗な剣さばきでそれらを弾き返す。騎士たちは再び攻撃を仕掛けるが、変わらない。いずれもシリウスの木剣をかいくぐれない。


 ……こうやって対人戦をするとよくわかる。

 シリウスの剣さばきは間違いなくレベルが上がっている。


 無駄を削ぎ落とした剣術で騎士団長たちの攻撃を防ぎ切っている。俺との戦いを思い出しても、全く動きの精度が違う。もっと荒々しく、大雑把で、力任せだったのに。

 確かに、騎士たちが言っていた通り、修業をしていなくても、シリウスは圧倒できただろう。

 だけど、圧倒の度合いが違う。本人の『強さ』のランクも違う。今はより一層、磨きがかかったというべきか。隙のない強さを感じさせる。


 わずか1ヶ月でここまで育つか。

 わずか1ヶ月で。

 凡人であれば、どれほどの時間がかかっただろう。さすがは紛れもない最強。


 己の背筋に冷たいものを覚える。

 いや、違うな……極限の冷気は熱さを感じさせる。まさにそれだ。俺の血がグラグラと煮えるのを感じる――熱狂。


 ああ、俺は正しく化け物を育てられている。


「ふっははははは! どうしたどうした!? そんなものか!? 騎士団長の肩書きがすたるぞ!」


 ……この辺、煽る辺りが、悪役貴族のまんまで残念だけど……。

 結局、騎士たちの攻撃は一度もシリウスに届かなかった。疲労した彼らの動きにキレがなくなったところで、シリウスは彼らを軽打で一蹴、あっという間に片をつけた。

 地面に横たわって荒い息をつく騎士たち。一方、ただ一人、立ったままのシリウスは汗ひとつかいていない顔を公爵に向けた。


「満足ですか、父上?」


「どうだ、お前たち?」


 公爵に話を振られた騎士団長が返事をする。


「……正直、驚きました。わずかな立ち合いですが、それだけでもわかります。少し前とは比べものにならないほど、剣術の質が上がっています。今までは、ただ速さと強さに押し込まれる印象でしたが、それに精度が加わっています。確かな『技』を感じました……」


「そうか。お前たちがそう言うのなら、そうなのだろう。骨を折ってくれたこと、感謝しよう」


「――! ありがとうございます……!」


 騎士たちが頭を下げる。公爵は無茶振りもするけれども、優秀な部下は信じるし、褒める。その辺のメリハリはきっちりしている人物だった。

 続いて、公爵はシリウスに近づく。


「シリウス、壁を破ったのだな。お前のことを誇りに思う」


「父上……」


「一皮剥けたお前に、褒美をくれてやろう。そうだな……学校が始まるまで、地方にある集落――ペイトロンの領主代行をするのはどうだ?」


 領主代行……!?

 それは普通であれば、重い提案だ。

 まだ10代半ばの人間に任せていい仕事ではない。そんなものを聞けば、動揺し混乱するだろう。そんな息子の反応を楽しむかのように、公爵の瞳がイタズラっぽく輝く。

 しかし、シリウスは例外だった。

 普通の外にいる存在。その能力も見識も度胸も、同世代とは一線を画している。もっともっとと質の高い経験と高みを求めている。

 そんなシリウスにとって、それは良質な餌だ。だから、まるで好物の肉を差し出された肉食獣のように笑みを浮かべる。


「はははははは! それは面白い! 面白いですな、父上!」


「前向きのようで結構だ。ならば、その通り手続きをしよう。好きにやってみるがいい」


 そこでシリウスが鋭い視線を俺に向けてくる。


 ――俺は決めた。邪魔をするなよ?


 そう視線が語っている。

 もちろん、邪魔をするつもりはない。


 俺もまたペイトロンに興味があったから。なぜなら、その名前はゲームの中でも出てくるのだ。悪役貴族シリウスがうまく学園生活を好成績で開始すると(つまり、プレイヤー側がシリウスの快進撃を許すと)、今回と同じように『父親である公爵からペイトロンを貸与されるイベント』が発生する。


 ……おそらく、父親の関心を買ってしまったため、発生時期が繰上げされてしまったのだろう。


 そして、ペイトロンにはそれ以外にも意味がある。


 光の勇者リヒトの仲間になるうる女性キャラ、女騎士ルシアの故郷でもある。まだ学校は始まっていないので、街に滞在しているはずだ。


(もしも、今の時点でルシアをこちらに引き込めれば、シナリオの展開が有利になる)


 ただ、ルシアは複雑な属性のキャラクターだ。


 公爵領の内部にある集落ペイトロンに在住のため、派閥としてはシリウス側になる。ところが、序盤では『明確にシリウスのことを嫌っているがリヒトとも距離を置くというスタンス』になっている。

 そして、シリウスがペイトロンを手に入れられなかった場合のみ(リヒト側がシリウスの快進撃を許さなかった場合のみ)、リヒトの攻略対象になる。逆に、シリウスがペイトロンを手に入れた場合はシリウス側の人間になり攻略不可能になる。


 ……ちなみに、その場合、シリウスのはべらせガールの一人となり、屈辱に身を震わせながらシリウスに仕えるという不幸な役回りになっている。


 とはいえ、まだ時間軸は学校に入学する前で、シリウス自身も意識が変わっている。

 何がどう転ぶかはわからない。

 どうなることやら……。ゲームの知識を持つ俺の腕の見せどころが来たようだ。

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