第15話 読書は知恵の宝物庫
あの決闘から1ヶ月がすぎた。
俺の命令を受けて、シリウスはまじめに家庭教師たちの講義を受け続けた。
そして、驚くほどの成果を上げている。
力任せに剣を振り回すだけだったシリウスの剣技は精妙になり、魔力のコントロールも巧みになった。カーティスから教えてもらった魔力の訓練も、今では当たり前のように形状を連続して変化できる。
「……いや、私のものよりも変化が速いですな……さすがはシリウス様です」
カーティス老人も脱帽するほどの腕前だ。
そして、彼らの教育はさらに高等な部分へと進んでいく。
どれほど難しいことでも、あっという間に学んでしまう最高の教え子がいるのだ。その底の知れない貪欲さに興奮を覚えない講師はいない。
そして、それは剣術と魔法だけに留まらない。
シリウスには歴史や国語などの教養系にも専門の家庭教師がついているが、いずれの教師たちも『変貌したシリウス』を絶賛した。
今まで、教養系はシリウスにとって興味の外にあった。
まだ剣術や魔法は彼の嗜好である『強さの証明』に類するので、それなりに話を聞いていたが、教養系は態度の悪さが露骨だった。
「なぜ、戦乱が起こった年数を覚えなければならない? 本に書いているのだから、別に覚える必要などないだろう?」
歴史の教師にそんなことを言いつつも、さらっと年数を答えるのがシリウスの嫌なところだ。天才は暗記力も抜群なのだ。まだ嫌味を言ってでも参加しているならマシで、興味のないテーマであればさぼるのも当然だった。
だから、俺は釘を刺した。
「シリウス様、教養系の授業にも真面目に取り込んでください」
「俺を強くすると約束したな? 俺の強さにどう関係がある? ラスカルの戦いの年数を覚えて、俺の剣が鋭くなるのか?」
「三回回ってわんと鳴きたいですか?」
俺の有無を言わせない命令に、シリウスは舌打ちをして従った。
確かに強さには関係ないが、戦闘バカになられても困る。確か、アイリス学園でも出席時の態度が悪くて、教師陣の覚えが悪かったんだよな……。
――静かに席に座って先生の話を聞きなさい。
それを教え込まないといけない。
小学校の先生かよ。
そんなわけでシリウスは教養系の授業を真面目に受けることになった。真面目に受けると、さすがに天才だけあって、質問は鋭く、教師たちと深い議論を始める。
教師たちも驚きながらも、急に真面目になった麒麟児のことを歓迎した。
「ふん、まあ、少しばかり本腰を入れてやるか」
意外と楽しそうに授業を受けているのに、こんな憎まれ口を叩く。もう少し素直になれよ。
「……しかし、知らないことで教師どもに言い負かされるのは癪に障るな」
「仕方がありません。彼らはその道のエキスパートですから」
頭のキレだけでかなり渡り合っているシリウスもなかなかのものだと思うのだが。
「それを学ぶのですから、悪くないのでは?」
「悪い」
一切の妥協など存在しない口ぶりだった。
「俺を奴らに勝てるようにしろ」
「できなくはありません」
俺はシリウスを邸宅内にある書庫へと連れていった。さすがは公爵家だけあって、大量の本が書架に並んでいる。
「知識に対抗するには、こちらも知識を蓄えるしかありません」
オスカーの記憶をたどっても、シリウスが本を読んでいるシーンは少ない。そもそもが天性の天才なので、だいたいのことは習うより慣れろ、少し考えれば正しい方法に気づく――そんな人間なのだ。
地道に本を読んで知識を蓄えることなど、短気で粗暴なシリウスにはあまり向いていない作業だ。これで諦めてくれれば――
「……お前がやれと言うのなら、やってやろう」
え!?
そんなことを言い出すと、歴史の本を適当に見繕って読み始めた。
「……本当にやるのですか?」
「うるさい黙れ。気が散る」
そんなことを言って、シリウスは黙々と本を読んでいく。
――その集中力には驚きを隠せない。
集中力を切らすことなく、次から次へとページをめくっていく。その速度も異常だ。本当に読んだのか? と疑いたくなるほど速い。
ちなみに、本を読み終わった後、適当に本の中から問題を出してみた。
答えは全問正解。
速く読むどころか、記憶力までずば抜けている。
やはり天才は違うものだな。
そうやって知識を拡大したシリウスは教師たちと互角以上に渡り合い、かなりの頻度で論破していた。
教師陣は教え子と違って素直なので、感動の涙を流した。
「おお……ついに! ついに! シリウス様がお目覚めになられた!」
もちろん、ひねくれたシリウスは額面通りに受け取らないが。
「俺に負けて喜ぶなど、プロとしてのプライドがないのか。クビにしてやろうか」
「そんなことはありません。あの方たちがいるからこそ、シリウス様は勉強している――あの方たちを越えるために。それだけでも価値がありませんか?」
「……ふん、高価な壁だな! 給料を下げるくらいで勘弁してやるか!」
実際に、彼らには価値がある。
シリウスに読書の趣味ができたからだ。公爵家の膨大な蔵書に価値を見出したようで、暇さえあれば持ち出した本に目を通している。
今まで必要なことしか処理してこなかったシリウスの見識が、これで大幅に広がるだろう。
剣術や魔法の腕を上げるよりも、別の意味でこれは恐ろしい効用だ。
ゲームの世界でシリウスは勉強らしきことをしていなかったからな。ゼロだったものに圧倒的な積み重ねが加わったとき、どんな化学反応を起こすのだろうか。
ある日の晩、ちょうど俺がシリウスの部屋を辞するときのことだ。
「もうお休みになられては?」
ベッドに寝転がって本にかじりつくシリウスに忠告すると、こんな言葉が返ってきた。
「面白いところだ。放っておけ」
「面白い、ですか」
くくく、と笑って俺は続ける。
「変わりましたね、シリウス様も」
そこで、シリウスは苦虫を噛み潰したような表情を一瞬だけ見せた。不用意な言葉で、俺の軍門に降ったと言う印象を残してしまったことを悔いているのだろう。わざとらしい咳払いが続く。
「論破された教師どもの吠え面が面白いと言っただけだ。勉強などくだらぬな」
「ああ、そうですか」
我ながら空々しい返事だった。いい加減に認めたらいいのに。ねえ?
そうして教師たちの覚えがめでたくなった日々を過ごしていると、ある日、シリウスとともに父親であるディンバート公爵の執務室に呼び出された。
執務机の向こう側に座ったまま、公爵が口を開く。
「面白い噂を聞いた。家庭教師どもが、お前の態度が変わったと口々に言っている。急にどうした、真面目になって?」
父親の問いかけに、シリウスは表情ひとつ変えず答える。
「どうなのでしょうか。大袈裟に言っているだけでは?」
「照れる必要はない。高い金を払って呼んでいる、いずれも一流だ。お前が生かしてくれるのなら申し分ない」
そんなことを言いつつも、こう付け加えた。
「お前に学ぶものがあるとも思っていなかったから、形だけでもいいとは思っていたのだがな」
息子と変わらぬ悪徳貴族――ディンバート公爵の本音はどうにも窺い知れない。
シリウスの勤勉さを喜んでいるのか、さほど評価していないのか。
「寝込んでから急に変わった、という話もある。熱でも出て考えが変わったのか?」
「寝込みはしましたが、熱は出ていません。別に私は何も変わっていません、父上」
「そうか、まあ、いい。そこでだ――」
公爵が何かを提案しようとしたとき、ドアをノックする音がした。
公爵が促すと、3人の屈強な男たちが入ってきた。
見覚えがある。確か、野盗狩りに同行してくれた騎士団長と部下たちだ。騎士団長たちは俺たちがいることに驚く。
「御用があると伺いましたが……出直しましょうか?」
「構わない。むしろ都合がいい。こちらに近づけ」
そう言われると否はない。騎士団長たちは俺たちの隣に移動した。
そこで公爵が口を開く。
「シリウスが剣の腕を上げたらしい。せっかくだ、どの程度のものか、お前たちに測ってもらいたい」
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