第11話 ゲームの知識で悪役貴族をハメ倒す

「カウンター」


 夜鷹から伝わってくる衝撃は、ドラゴンの攻撃を受け止めたときの比ではなかった。

 まるで剣の先に、巨大な岩石が載っかっているかのようだ。歯を食いしばり、足を踏ん張っていなければ、あっさりと打ち負けてしまいそうなほど。


 ゲームが始まる前の時点で、これほどの威力を人の身で出せるとは!

 さすがは、最強悪役貴族シリウス!


 だが、ここでしくじるわけにはいかない。こんな魔法の直撃を喰らえば、俺だと確実に死ぬだろうから。まだゲームが始まっていないのに、砕くべき破滅フラグとも出会っていないのに、こんなところで終われるはずもない。


「そうだなあ……ゲームは最後まで楽しまなきゃなあ……」


 俺は両腕に満身の力を込める。

 そして、夜鷹を振り切った。

 カウンター!

 天から降り注がれた黒雷が方向を真横に変えて、シリウスへと殺到する。


「なっ!?」


 シリウスが驚きの声を上げる。

 ――それだけだった。高速で飛来した黒い雷に飲み込まれる。


「うおおおおおおおおおおお!?」


 シリウスへの直撃と同時、盛大な爆発が起こった。

 同時、俺の足元にあった雷の網も消え去る。

 土煙がたなびく。

 死んではいないんだろう――俺には確信がある。なぜなら、魔力が高いシリウスの魔法防御力はとても高いからだ。だからこそ、この計画を採用したのだ。シリウスを屈服させるための戦いなのに、殺しては意味がないからな。


 逆に、夜鷹を握る俺の手は痺れて、あまり感覚がない。想定よりも大きなダメージを受けている。武器が夜鷹でなければ――ジャストタイミングのカウンターでなければ――おそらく失敗していただろう。


 ……剣を振るえて、1度か2度――

 それでシリウスの心を折る必要がある。


 土煙の向こう側から声が聞こえてきた。


「ふっふっふっふっふ……あっはっはっはっはっは……!」


 それは聞き慣れたシリウスの声――勝利を確信した笑い声。決して強力な魔法によって瀕死の状態にある男の声ではなかった。


「まさか、こんなことになるとはなあ……魔法をカウンターしてくるとは恐れ入ったよ。腕を上げたなあ……だけど、俺のほうが上だったなあ……!」


 土煙の中から黒い稲光が走った。衝撃波が広がって土煙が吹き飛ぶ。

 そこに立っていたのは、黒い稲光を全身に身にまとったシリウスだった。

 黒雷による、ダメージを受けた様子はない。


「黒雷を受けたとき、さすがに焦ったよ。だけど、まさか、それを取り込んでしまうなんてなあ……」


 ぶん、と持っていた大剣を振るう――通常であれば、両手で持つべき剣を片手で軽々と。

 地面に、斬撃が深々と刻み込まれる。


「くっはっはっはっは……! 能力の高まりを感じる! これほどとは! 俺はどこまで強くなってしまうんだ!?」


 シリウスの声は陶酔し、己の強さに酔っていた。

 神経を走るのも電流なのだが、今、シリウスの神経系は黒雷が走ることで超速化している。おまけに、普段ならば使っていない筋肉まで活性化しているので、普段では想像もできない力を発揮できている。そして、精神的には高揚し、多幸感と万能感に包まれている――


 それが、黒雷纏こくらいまといに関する、ゲームの公式資料に掲載された設定だ。 


「せっかくカウンターしたのになあ!? ここまで魔法のカウンターができると隠し続けて、こんな結果とはなあ!? まさかこんな展開があるとは思いも知らなかったよなあ!?」


 グレートソードをシリウスが構える。


「安心しろ。後悔の時間はすぐに終わる。俺がお前の首を刎ねてな……死ね」


 言葉が終わると同時、シリウスの視界から消えた。

 爆発的な移動速度で俺との距離を詰めて、その無慈悲な刃で俺の命を切り捨てようとする。

 3、2、1――


「カウンター」


 シリウスの姿は見えないままだったが、構わない。俺はタイミングだけ合わせて、『ここ』という場所を振り抜く。

 すっと腰を落とした俺の髪の毛の上1センチを、振り切ったシリウスの剛剣が走り抜けた。当たっていれば、間違いなく俺の首は飛んでいただろう。


 だけど、当たらなければどうということはない。


 同時、夜鷹に小さな衝撃が伝わる。

 俺の眼前に姿を現したシリウスのあごを、正確に打ち払ったのだ。


「がっ……!?」


 シリウスの目が泳ぎ、続いて、体が泳ぐ。支えきれなくなった大剣が地面に落ちて大きな音を立てる。強靭なシリウスといえど、人体の限界は超えない。首を落とせば死ぬし、心臓を潰しても死ぬ――あごを叩いて脳を揺らせば気も失う。


「な、なぜ――カウンターが……?」


「努力したからですよ」


 前世でね。

 全ては俺の計画通りだった。シリウスが黒雷纏の状況になるのも含めて。

 黒雷を返しても取り込んで超強化してくることは知っていた。ゲームでもそうだったから。なので、最初からそれで倒せるとは思っていなかった。


 本命は、黒雷纏を発動した後の、カウンターだ。


 超スピードで迫ってくるシリウスは脅威だが、実は弱点があり、タイミングよくカウンターを決めると速すぎる動きのせいか大ダメージを与えられるのだ。

 この特性はRTAで重宝され、シリウスを倒す場合は初手黒雷カウンターからの、続いてカウンターで倒すのがセオリーになっている。


 とはいえ、口で言うほど楽ではない。


 タイミング命のカウンターで、超スピードで動き回るシリウスを捉えるのだ。それはそう簡単なことではなく、とんでもない修練がいる。


 前世でむっちゃ頑張ったなあ……。

 まさか、それが今ここで役に立つなんて。


「あなたの負けですよ、シリウス様。約束通り、私の言うことを聞いてもらいますから――大丈夫。あんたを本当の最強にして差し上げます。私を信じてください」


「……くそ……」


 シリウスは心底から不機嫌そうに吐き捨てて、そのまま気を失った。

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