第10話 傲慢なる暴君のオーバーキル

「どうしたどうした!? 口だけか!? ああん!?」


 シリウスが攻撃魔法を速射してくるが、決してそれだけではない。不意に距離を詰めてグレートソードを振るう。

 ちっ!

 俺は夜鷹でそれを弾く――弾くのが精一杯だ。直接攻撃に対するカウンターのタイミングが実に計りにくい。


 だけど、距離を詰めてくれるのなら、それはそれで好都合。


 こちらからも応戦して、シリウスの気を逸らす――逃げ回ってばかりいると、勘の鋭いシリウスの警戒を招くこともあるから。


 だが、しかし――

 やはり真っ向から殴り合うと己の非力さを感じざるを得ない。そして、そんな隙をシリウスは見逃さなかった。


「甘い!」


 強大な大剣の突きが俺の肩をえぐる。

 強いな……やはり、強い。こちらが手の内を隠しているとはいえ、正攻法のプランAだと勝てた気がしない。少なくとも、入念な修業が必須だっただろう。


 逆にいえば――プランBを採用した俺の正しさでもあるのだけれど。

 そう、まだ勝機は失われていない。


 本来であれば、肩の骨を断ち割って、バッサリと胸元まで切断されそうな一撃だ。しかし、その一撃は衝撃だけで、俺に傷をつけなかった。

 展開していたアースプロテクションが砕け散り、ダメージを相殺したのだ。

 想定はしていけれども、本当に一発で砕いてくるとは……。

 そして、衝撃そのものは受け流しきれず、


「ぐあっ!?」


 俺は後方に思いっきり吹っ飛んでしまう。地面をゴロゴロと転がってからようやく停止する。なんという力だ。

 俺のお守りその1がなくなってしまったか……。リチャージしたいところだが、残念ながら連発できるものではなかった。


「くっくっくっく……なかなか慎重な性格だなあ……さて、いつまで誤魔化しれ切れるかな?」


 シリウスの周囲に、無数の黄金の輝きが灯る。

 あ、あれは――!?

 俺の脳裏にドラゴン戦での映像が浮かび上がった。


「踊れ――ライトニング・アロー」


 ドラゴンをつるべ撃ちで圧倒した、魔力の奔流が放たれる。くそ! 慌てて横へ飛んでかわすが、息つく暇もなく次弾が次々と放たれる。


「あははははは! おいおい、その程度か!? 走って走って走り回れ! 一発でも喰らえば、そのまま呑まれるぞ!?」


 圧倒的な己の優位を自覚したシリウスの言葉だ。ぜひぜひ気持ちよくなって欲しい。それこそが、俺の願う最終局に必要なものだから。

 だけど、それだけではいけない。

 シリウスの高慢なプライドを傷つけるのも忘れてはいけない。

 小さな笑みを浮かべて、俺は言い返す。


「この程度で、勝ち確の自信はお早いのでは?」


 強がりではない。悪いが、この連発ライトニング・アローはすでに見切っている。ドラゴン戦で一度見ただけで? いいや、ゲームの世界で何度も対戦したから。


 この連発ライトニング・アローは見た目こそ強烈だが、つけ入る隙はある。


 シリウスの正面方向にフルオートで連射してくるが、そのせいかシリウスが向きを変えた瞬間に若干のラグが発生する。

 なので、この技を攻略するセオリーは時計回り(別に逆にいいけれど)に移動しながら、じょじょに距離を詰めていくことだ。


 俺の動きに釣られて、放たれる電撃同士の隙間が広がる。


 俺は素早い動きでライトニング・アローを回避する――回避、回避、回避。全てがとんでもない速度だけれど、問題はない。ゲームの世界で何度も練習したからね。


「な、なんだと!? ふざけるな!」


 まさかライトニング・アローの奔流に突っ込み、避けながら距離を詰めてくるとは思わなかったのだろう。シリウスが驚きの声を上げる。


「どうしましたか、シリウス様。それほど難しいことではありませんよ?」


 俺はシリウスとの距離を詰め切る。


「ふざけた真似を!」


 シリウスが周囲にあるライトニング・アローの射出口を閉じる。そして、大剣を両手に持って俺を迎撃した。

 だが、甘い――

 俺のよもやの反抗に焦り、攻撃が単調になっている。


「カウンター」


「しまっ――!?」


 俺の一撃がシリウスの大剣を弾く。さらに踏み込んだ一撃がシリウスに襲いかかる。スラッシュカウンターによって付与された斬撃属性が、容赦なくシリウスの胸を切り裂いた。

 ……惜しい。

 シリウスは反応よく回避。俺の一撃はヒットしたが、浅い。シャツの右胸が裂けて、うっすらと血が滲んでいる。


「貴っ様――!」


 俺の知る限り、剣術の教育においてもシリウスが負傷したことはない。生まれて初めての経験に、傲慢なる暴君が怒りの声をこぼす。

 おっと……それを吐き切る時間を俺が与えるとでも?


「おおおおおおおおおおおおおお!」


 裂帛の声とともに俺は攻めに転じた。比嘉の戦力差を埋めるなら、シリウスが動揺し、体勢を崩している今だ。


「舐めるなァッ!」


 飼い犬だった男の、突然の反抗、勇戦。シリウスは炎のような憤怒を吐き出しながら迎撃してくる。

 ……ははは!? おいおい、これだけこっちに有利な条件を揃えても、なんて強さだ!

 俺の攻撃を的確にさばき、反撃してくる。

 怒り狂っていても、強さのベースに翳りはない。


 直後、俺の視界の上を強烈な輝きが覆った。


 むぉっ!?

 それは頭上から降り落ちてきた雷だった。完全に予想外だった一撃を喰らって、俺の体は後方へと弾け飛ぶ。

 俺のアース・プロテクトと似た、確かライトニング・ガードだ。ゲーム内でも攻撃を喰らうと自動反撃してくる雷をシリウスは展開する。


「うおお!?」


 ああ、そうだった。そういうのがあったな……だけど、ダメージはゼロ。

 なぜなら、戦いが始まる前にお守り2――地属性の魔法『避雷針ヒライシン』を展開していたからだ。雷属性限定で一度だけダメージを減少させてくれる。ベースが弱い魔法なので、ゼロになったわけだ。

 地属性は雷に対して相性がいい。その辺も俺にとっては有利な点だ。

 む……?


「ははは、気がついたか? 自分の置かれた状況を?」


 地面に片方を置いた姿勢でシリウスが笑う。

 立ち上がると、状況は一変していた。

 ――俺の足元を中心に、10メートル四方くらいの巨大な網が展開されていた。ただの網ではない。それは金色に輝く――雷撃の網。

 勝ち誇った様子でシリウスが口元を歪める。


「ライトニング・ネットだ」


 ゲーム上では、移動すると継続的なスリップダメージと一時的な能力低減を与えてくる魔法だ。決して危険な魔法ではないのだけれど、相手がシリウスだと、この程度でも緊張感が増す。

 ましてや――

 そのシリウスが大剣の切っ先を俺に向けて、周囲に黒い稲光が光らせているのだから。


「お遊びはここまでだ……。黒き雷光を喰らってこの世から消え去るがいい」


 そして、まるで死刑宣告をするかのように、シリウスの口が続ける。


黒雷コクライ


 ごう

 見上げると、空気を圧して降り落ちる、漆黒の閃光が見えた。


 黒雷――

 ドラゴンをも屠りさった、現時点でのシリウスが使える最強の雷撃魔法。


 なるほど、足場を抑制して、切り札を必中で放つ。よく考えている!

 素晴らしいまでの勝ちパターン。

 傲慢なる暴君の、絶対的なる過剰殺撃オーバーキル


 ああ、ありがとう、シリウス――

 これこそが、俺の勝ちパターンだ。


 そして、俺が魔法のカウンターをひた隠しにしていた理由でもある。魔法のカウンターは便利だけれど、警戒させずに使えるのは知られる前の1回だけ。次からは『それがあるものとして』対応してくるだろう。


 ならば、何をカウンターするべきだろうか?

 その答えを得たのが、ドラゴン戦でのことだ。


 どうせカウンターするのなら、シリウス自身の最強魔法にすればいい。

 なので、この戦いで俺が腐心したのは、どうやればシリウスに黒雷を使わせることができるのか、だ。

 黒雷は特殊な魔法で、シリウスのテンションが上がることと、周辺が雷魔法の余波で帯電していることが発動条件となる。それらを整えつつ、シリウスの性格を読み切って、黒雷を使わせるように仕向けた。

 俺ごとき駄犬に苦戦すれば、必ずや完勝を刻みつけようとして、オーバーキルを仕掛けてくると思ったよ。


 基本的な能力値に差があるのだ。普通にじっくりと追い詰めて、地味にすりつぶせばいいものを――

 その派手さが、その傲慢さが命取りになる。


 さて、返すぞ。

 どうか受け取ってくれ。そして、己自身の過剰殺撃オーバーキルにひれ伏すがいい。


 飛来した黒き雷に、俺は夜鷹をぶつけた。


「カウンター」

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