第9話 従僕オスカーvs最強悪役貴族シリウス

 鞘から引き抜いたグレートソードが雷光に包まれる。月明かりだけだった夜に、太陽のような輝きが生まれた。


「さて、始めるか――」


 あっという間に、シリウスの姿が迫る。もうすでに俺の眼前まで迫っていた。

 グレートソードの重量などものともせず、斬撃が走り抜ける。

 反応、その一撃をかわす。

 ……ギリギリ、どうにか、か。さすがに今回は気合を入れてきたようだ。本気の本気なのかは不明だが。どこか余裕を持ちたがるのがシリウスだからな。


「ほう、やるなあ。終わったと思ったが!?」


 そんなことを言いつつ、まるでグレートソードの重量を無視したかのような、とんでもない速度の切り返しが2度、3度と襲いかかってくる。


「ちっ!」


 かわし続けるだけでも精神が滅入る。夜鷹を引き抜いて防戦に徹する。


「なんだ、その妙な剣は?」


 ベースが日本刀の夜鷹に興味を持ったようなので、


「これこそ、シリウス様を倒すための秘密兵器です」


 適当に返事をしておく。はったりはったり。


「それは楽しみなだあ!」


 興奮して攻撃が加速する! 加速するのかよ。

 本来であればカウンターを叩き込んでやりたいところだが、あれはそう簡単ではない。

 原作ゲームだと、戦闘はリアルタイムのアクションとして処理されている。カウンターは適当に出せばいいのではなく、相手の攻撃のタイミングに合わせて発動が必要だ。オスカーは『カウンター適正』の能力によって、カウンターの猶予時間が長くなる設定がある。おまけに、夜鷹にも同じ能力があって、さらに猶予時間が伸びている。


 それでもシリウスの攻撃はなかなか素早く、容易に踏み込めない。


 ううむ……カウンター職人だった俺が苦戦するとは……もちろん、ゲームではなくリアルというのもあるが。こちらの感覚を掴みきれていないのも事実。


 もっとカウンターの練習をしてから戦うべきだったって?

 そうは思わないな。シリウスの速度はシリウスでしか練習できない。野盗をどれだけ斬ったところでなんの足しにもならない。


 正しくは、今トライアル&エラーで何度もカウンターの練習をしたいところだが、それも難しい。


 カウンターはお手軽に反撃できるぶん、タイミングをミスると大きな隙を生んでしまう。シリウス相手にそんな事態になれば、次の瞬間、胴体の上下が切り離されていることだろう。


 だから、このまま逃げ回るのかって?

 いいや、違うね。

 これは目を慣らして――タイミングを測っているのさ。


 ――今!


 俺は夜鷹を振るった。それは狙い違わずシリウスの大剣を弾き、そのままシリウス本体へと襲いかかる。

 俺の一撃を、シリウスは回避した。


「そうだそうだ、そうだった……お前の特技はカウンターだったな……忘れていたよ。で、それで? 俺の攻撃をカウンターし続ければ勝てるとか――そんな浅ェことを考えているのか?」


「……違いますか?」


「はっはっはっは! おいおい、笑わせるなよ! この俺に挑む武器がカウンターだけなんて! あまりにも哀れで泣けてくるだろう!?」


 ……そう思ってくれていて問題ない。

 オスカーの記憶をたどると、シリウスは『普通のカウンター』しか知らない。俺が無理をすれば、上位のカウンターを使えることを知らない。

 カウンター頼みなのは事実だが、お前の思うカウンターとは違うものだ。

 その情報量の差こそ、俺が突くべきポイントなのだ。


「大言壮語、やめてもらっていいですか?」


 俺は夜鷹をシリウスに向ける。


「私の難航不落のカウンターを打ち破ってからにして欲しいのですが」


「……上等だ!」


 シリウスが再び攻勢に打って出る。

 ……修正してきたか。


 大剣での攻撃が一本調子ではなくなってきた。巧みに緩急、そして、足技を混ぜてくる。しかも、実にカウンターを入れにくい嫌らしいタイミングで。この辺の感覚は、さすがは天才だけある。


 ははは! 実に面白い! ゲームの中だとある程度、機械的な動きしかしてこなかったシリウスだが、今は違う。面倒くさくはあるが、人と戦っている実感と確かな息遣いがある。


 なぜ対人戦に人気があるのか? 人は人を超えたいと願うから。人は人を超えることでしか目標を持てないから。

 シリウスという意思を持つ難敵との戦いが、たまらなく楽しい!

 ならば、俺もまた死地に踏み込もうではないか!


「カウンター!」


 今までならば見逃していたタイミングで、俺は踏み込んでカウンターを放つ。それはシリウスの斬撃を弾き、再び本人に襲いかかる。

 だが、シリウスも対策はしていた。

 攻撃の踏み込みを半歩下げて、安全マージンをとっていた。悠々と俺の反撃をかわす。

 攻撃とカウンター、同じことを5回ほど繰り返してから――

 シリウスが距離を取る。


「ふぅ……お前のことを少し甘く見ていた」


「どういうことでしょう?」


「まさか、ここまで俺の攻撃に合わせてくるとはなあ……難航不落を自称するだけはある」


 シリウスの見立ては正しい。カウンターの精度は間違いなく本物のオスカーより高くなっているだろうから。


 ゲームにおいて、俺はカウンターをするのが好きだったので、ひたすらカウンターを練習していたのだ。まず、前提として俺個人の技術が高い。加えて、俺はシリウスの全モーションを覚えている。どうやら、ゲームの設定を引き継いでいるようで、シリウスの動きはゲームのそれととても似ている。なので、カウンターのタイミングを読むのが容易だった。

 技能面の優位性も、俺に『打倒シリウス』を決断させた背景だったりする。


「だが、悪いな……俺が使えるのは剣だけじゃあない……」


 ばちばちばち、と右手に稲光が灯る。


「魔法はカウンターできるのかなあ!?」


 雷撃の魔法が放たれる。

 答えは、できる――

 ここであっさりカウンターして、


 ――な、な、な、なんだってええええええええ!?


 と言わせるのは少し面白いだろう。だけど、それは棄却したプランAだ。

 もともとは正攻法で戦うしかないと考えていた。剣を弾き、魔法を弾き――そうやって追い詰めていく。 

 理論上、相手の攻撃を喰らわなければ負けることはない。

 詰将棋のような戦いだが、まあ、地味で堅実なオスカーらしい戦いといえばそうだろう。

 だけど、ドラゴン戦を見て、俺はプランBに乗り換えた。

 つけ入るべきは、シリウスの傲慢さだ。うまく調子に乗せれば、俺の計算通りことが運ぶはずだ。

 そんなわけで、俺は魔法をかわした。


「はははは! どうした!? 得意のカウンターは!?」


 次々と放ってくる魔法を俺はかわし続ける。

 俺に魔法を弾くカウンターは存在しない――そう思い込んでいてくれればいい。

 全ては計画通りだ。

 

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