第8話 挑戦状

 野盗たちを殺したのは俺なのだけど、それが露見することはなかった。ドラゴンが全て木っ端微塵にしてくれていたから。

 ディンバート公爵邸は再びいつもの状態に戻った。


 ……さて、俺としては波乱を起こしたいわけだけど、どうしたものか。


 どうせなら劇的なシーンを狙いたいのだけれど、そんなものに時間をかけているわけにもいかないからな。


 異変は日常から、するりと。

 それくらいのものでいいだろう。


 とある日の夜――


 俺はシリウスに付き従ってシリウスの部屋まで戻ってきた。共する時間は食事が終わるまで。ここからは別れて俺は自室に戻る。もちろん、主人に呼ばれたら即時対応は基本だけれど。

 気だるげにソファに座り、首を鳴らすシリウスに俺は頭を下げる。


「それではシリウス様。本日はお暇させていただきます」


 シリウスは何も言わない。お疲れ様も、明日もよろしくも。空気がしゃべったところで、彼に返答する義理はないのだ。

 いつもならば、そこできびすを返して退室するのだが――

 今日は沈黙を保ったまま、かたわらに立ち続ける。

 すぐにシリウスは俺の異変に気づき、不快げな目で俺をめ付ける。


「……おい、貴様、何をしている? 終わったのなら、消えろ!」


「終わっていませんので」


 意味不明な返答に、シリウスの怒りゲージが上がっていくのがわかる。上昇率が高すぎるんだよな、お前。


「従僕としてのオスカーではなく、ただのオスカーとしてここに立っております」


「……はあ? 頭でもおかしくなったのか?」


「従僕では言えないことを口にしますので……あなたには本当に失望しました――まさか、この程度とは・・・・・・


「アァン!?」


 シリウスの瞳に、明確な怒りの炎が灯った。あらゆるものを恐れさせる強さに満ちた輝き。だけど、俺は恐れない。恐れていては、屈服させることなどできないから。


「口のわりにはたいしたことがない――以前からそう存じておりましたが、どうやら間違いはなかったようで。ドラゴン戦、私はとてもがっかりしました。どれだけ時間をかけているのか……。はっきり言って、無様の一言。あの程度の相手に、ね」


 喋りながらも、全神経をシリウスの一挙手一投足に注ぐ。プライドが宇宙まで伸びているお坊ちゃんだ。いつ激発して襲いかかってくるかわからない。


「……貴様、誰に口を聞いているのかわかっているのか?」


「わかっていますよ。才能を無駄に浪費するだけの――ボンクラ御曹司シリウスでしょう?」


「ボンクラ。この俺を――はっ!」


 その瞬間、シリウスの表情に笑顔が浮かんだ。感情のない、無機質的で、笑おうと表情を動かしただけの顔。


「死にたいのか?」


 シリウスが音もなく立ち上がった。反動も何もなく、すっと。その手が躊躇なく俺の襟首へと伸びる。


 初日こそ反応できなかったが――今は違う。

 今は『くる』ことがわかっている。オスカーの体にもずいぶんと慣れた。そして、このオスカーの体は優秀なのだ。


 俺はシリウスの手を打ち払い、その胸をドンと押した。


 反撃すら想定できなかったのだろう、油断していたシリウスは体勢を崩してソファに腰を落とす。浮かんだ驚きの表情を、即座に怒りで書き換える。叩こうとした飼い犬に噛みつかれたのだ。傲慢なる暴君が激発するのは無理もない。


「貴様――!?」


「これでわかりましたか? それがあなたの、程度なのですよ。はっきり言いましょう、あなたは弱い」


「たかだか、ワンチャンスをものにしただけで大言壮語を吐くのか。どうしたんだ、急に? 本当に牙を剥いてくるとはな。何を考えている?」


「その程度では、死にますよ。あなたはアイリス学園を生き残れない」


 歴然とした事実を告げる。

 シリウスは確かに強いが、残念ながら、ゲームに出てくるキャラクターたちもまたずば抜けて強いポジションにいる。なので、今ほどのモブたち相手ほどの圧倒的な戦力差はない。特に主人公である光の勇者アベルは、明確な主人公補正も与えられていて、かなりの強キャラだ。

 シリウスはかませ犬ポジションのお約束通り、最初こそ圧倒的な力を示すが、努力不足がたたって、成長し続ける主人公たちに追い詰められていく――

 そういう構図だ。

 だけど、ゲームの開発者は言っていた。本人が努力していないだけで、潜在能力を含めた限界値として最強なのはシリウスだと。

 このままいけば、俺もシリウスも仲良く潰されるだろう。

 オスカーは優秀だけど、しょせんはそこまでだ。だが、シリウスは違う。シリウスにはまだスケールアップできる土壌がある。そこを活用すれば、破滅シナリオを破壊することも可能だろう。


「強くなりたいのでしょう? その道を示しましょう」


「ふざけるな。俺より弱いお前に、何を教わる必要がある?」


「いいえ、私はあなたよりも強い」


 はっきりと言い切る。


「試合で証明しましょう。私が勝てば、あなたは私に絶対服従。どうですか?」


「ははは! 正気か、貴様!? 俺に勝てるとでも!?」


「言ったでしょう? 私はあなたよりも強いと」


「上等だ! その話、受けてやる!」


 シリウスの目には、俺に対する敵意しか映っていなかった。絶対に、この目の前にいる、愚か者を殺す。そして、己の勝利を疑っていない。その傲慢さこそ、シリウスだ。

 正直、直線的な思考で助かる。

 俺が言った条件を飲むなど、普通はあり得ないのだ。損しかない条件など。なのに、飲む。ドラゴン相手に恐怖心ゼロで突っ込んでいったのと同じだ。自分はそんな未来を踏むことなどない――己への盲信が雑な判断を踏む。


「ありがとうございます」


「大言を吐いた責任は取ってもらう。決して命乞いは許さない。土下座をしてでも首は落とす。覚悟はできているな」


「構いません。それでは場所と時間ですが――」


 そして、俺のシリウス攻略戦が始まった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 深夜、俺はディンバート公爵邸から少し離れた丘に立っていた。

 腰には夜鷹を差している。鎧の類はつけず、従僕の服のままだ。ドラゴンですら易々と切り裂くシリウスの火力を考えれば、鎧の防御力など意味はない。カウンターを成功させるか、回避するか。それだけだ。

 だが、別の保険はかけておこう。

 俺は胸に手を当てて、小さく魔法を発動させた。


「アース・プロテクション」


 体に防御の魔法がかかる。

 シリウスが雷属性の魔法を操るように、俺は地属性の魔法が使える。

 これは防御力を上げるというよりは、ゲーム的に説明すると、一時的に追加HPを足す感じだ。その追加HP分はダメージを受けても、本体に影響はない。

 シリウスのバ火力を思うと気休め感もすごいのだけど……。

 ざっ、ざっ、ざっと足音が聞こえる。

 月明かりの下を、両手剣を肩に担いだシリウスが歩いてくる。

 その口元に嗜虐的な笑みを浮かべながら。


「見せてもらおうか、オスカー。お前の強さとやらを?」

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