第7話 傲慢たる暴君の、暴虐的な強さ
「ほう、ドラゴンか!」
シリウスが目を輝かせて一歩を踏み出す。
そのシリウスの前に血相を変えた騎士たちが飛び出した。
「シリウス様、ここは私たちが引き受けます! お逃げください!」
「……はあ? 俺の前に立つな、バカどもが!」
シリウスたちは騎士たちを容赦なく押し除けた。
「あいつは俺が相手をする。邪魔をするな。邪魔をすれば、殺すぞ」
そんなことを真顔で言う。
……はははは、まさか、そうくるとは!
さすがに最強の悪役貴族である。まさか、ドラゴンをタイマンで倒そうとするなんて! いい具合に頭がイカれている!
愚かな傲慢であり、蛮勇とも思えるが、しかし、そうとも言い切れない。少なくとも、それができるのでは? と思わせるほどにシリウスの天凛はずば抜けているのだから。
とはいえ、騎士にも騎士の立場があって。
「なりません! 御身を危険に晒すなど! お下がりください!」
騎士団長が強い口調で釘を刺す。
その彼の体が一瞬にして横に吹っ飛んだ。シリウスが平手で軽く打ち払ったからだ。
「……次は首を落とすぞ。黙れ、邪魔だ」
冬を思わせる冷酷な――歯向かうものを絶対に許容しないという強固な石だけがそこにはあった。
騎士たちも顔を引き攣らせる。
こうなったシリウスを止められるものなどいないことを、彼らは知っている。
「オスカー、お前が証人だ。もしも俺が死んだら、俺が望んだことだと父に伝えろ、わかったな?」
「……承知いたしました」
それをディンバート公爵に伝えたところで、シリウスの護衛失敗を許されるとは思えないが。騎士もろとも俺の首も飛ぶだろう、物理的な意味で。酷薄さでは息子と変わらない公爵なら当然だ。
とはいえ、もう見守るしかない。
シリウスがそう決めた以上、それを覆せる人間はここにいない。
シリウスは持ってきていた大振りの両手剣グレートソードを構える。なかなかの業物である。もちろん、地下室にあった魔剣『
鎧の類は身につけていない――
たかだか野盗に傷つけられる前提を、シリウスは持たないからだ。
「グゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
俺たちを排除するべき敵だと認識したのだろう、ドラゴンが向かってくる。
シリウスは焦りの表情ひとつ浮かべず、小さく呟いた。
「エンチャント」
瞬間、シリウスのグレートソードが雷を帯びた。
「だが、さて、準備はしたものの……これを使うことはあるかな?」
続いて、シリウスが人差し指を向ける。
「ライトニング・アロー」
直後、シリウスの周辺に一〇くらいの、金色の輝きが生み出された。
「発射」
その10の輝きから、連続して雷の矢が射出される。それはまるで黄金の奔流となってドラゴンに襲いかかり、その巨大を灼いた。
「グゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
次々と身体中に炸裂する雷の一撃を受けて、ドラゴンが苦悶の声を上げる。
おいおいおい、同時に何発の魔法を展開しているんだよ……無茶苦茶だな。教えられなかったか、魔法は1ターン1発って?
だけど、そう、これはゲームの通りだ。
ゲームでも、なぜかシリウスのライトニング・アローは面制圧してくる連射性能で、ネットで『アローの定義とは』と揶揄されていた。
だが、これだけで勝てるほど、ドラゴンは甘い相手でもなかった。頭を押し下げて、衝撃を押し返すように前へ前へと進む。
「はっはっはっはっは! やるではないか、トカゲ!? このまま圧殺してやるつもりだったが、それではお前も浮かばれないか!?」
押し切ったドラゴンが、その巨大な手をシリウスに叩きつける。
シリウスは軽やかに回避する。その動きで、周囲にあった雷の砲台はかき消えるが、シリウスは歯牙にも掛けない。
「白兵戦なら勝てるつもりか!?」
大剣を手に、嬉々として挑み掛かる。
シリウスは鎧を着ていない。当たれば大ダメージは免れない。その恐怖は動きを鈍らせるには充分のはずだが、シリウスにそれは当てはまらない。
ドラゴンの攻撃を紙一重でかわし、容赦なく踏み込んで斬りつける。そこに恐怖を感じている様子は微塵もない。まるで絶対に当たらない、それを知っているかのような躊躇のない動きだ。
斬撃も強烈だ。
雷を付与された業物の一撃は、容赦なくドラゴンの鱗を砕き、肉を割いて、焼き尽くす。痛みにのたうち回るドラゴンの体から、急速に命が失われていく様子が見ているだけでわかる。
「ははは、どうしたどうした!? 末席とはいえ最強種なのだろう!?」
シリウスは大笑いしながらドラゴンを一方的に攻撃し続けている。
……まさか、これほどとは。
これほどに強いのか。シリウスが騎士と連携すれば勝てる、という見立てには自信があった。単騎でシリウスがドラゴンに挑んだ場合でも、いい勝負になるとは踏んでいた。
だが、まさか、これほどの圧倒劇なのか!?
それほどにシリウスは強いのか!?
ドラゴンですら反抗を許さない強さだというのか!?
見ているだけで、胸が高鳴る。こいつが本気になれば、破滅のシナリオどころか世界そのものを破壊できてしまうんじゃないか?
己が越えるべき――そして、従えるべき相手の強さに、俺は魅了された。
一瞬の攻撃の隙間をつき、ドラゴンが反撃に転じた。
「グゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ドラゴンの体が反転――代わりに、体長と遜色のない長さの尻尾が鞭のようにシリウスへと襲いかかる。
あの家の下部を吹っ飛ばして崩壊させた一撃だ。
しかし、シリウスは慌てない。
「ヴァァカめェ……モーションが大きすぎるぞ!」
シリウスのグレートソードに付与された雷が形態変化する。今までは稲光が刀身を囲んでいたが、雷光が刃の表面に集まって光の刃を作った。
シリウスは足を踏ん張り、立てた刃で尻尾を受け止める。
何か、軽い音がした。
ゆるくしまった紙の箱を叩いたときの、空気の抜けるような音というか。
ドラゴンの尻尾が切り飛ばされたのだ。
なんという切れ味なんだ、あの雷光の刃は!?
……どうりで、ゲーム内であの技で切りつけられたらダメージがでかいはずだよ……。強靭なドラゴンの尻尾でも一発切断だなんて……。
ドォォォォン! という大きな音を立てて斬り飛ばされた尻尾が地に落ちる。
ドラゴンは絶叫、痛みに耐えかねて地面を転げ回る。
その様を見て、シリウスが大声で笑った。
「アッハハハハハハハハハハハハ!? どうしたどうした、ドラゴン!? もう終わりか!? もう諦めたのか!? 弱いなあ、お前!? その程度で勝てると思って出てきたのかあ、アアアアン!?」
上機嫌で煽り散らかす。悪役貴族の面目躍如である。
「遊びは終わりだ、死ね」
言うと同時、シリウスがグレートソードを片手で持ちあげ、切先でドラゴンを差す。
「
直後、天上から漆黒の雷光が落ちてきた。それは天上から落ちてきた巨大な剣のようで、容赦なくドラゴンを焼く。
ドラゴンの絶叫は長く続かなかった。
やがて、ドラゴンの巨体は力を失い、ぐったりと地に崩れ落ちる。
騎士たちが騒ぎ始めた。
「うおおおおおおお! さすがはシリウス様!? ま、まさか、ドラゴンすらもお倒しになられるとは!」
「はっ! 他愛もない」
シリウスは涼しい顔をしてドラゴンを眺めている。
まさか、ノーダメージの圧勝撃とはな。
……そこまで強いのか。強さもまた、俺の想像を超えている。このレッサードラゴンをぶつけることで、現時点でのシリウスの強さの天井がわかると思っていたが、まだまだ遠いな。
とはいえ――
そろそろ『狩る』か……。
そんな覚悟が俺の中で決まってくる。
シリウスの戦力について、大方の見当がついたのも事実だ。このままチマチマと分析を重ねていても
いや、むしろ、俺が戦ってみたい。
ゲーマーの魂というものだ。あれほど傲慢な強さを見せつけられたのだ。あれを攻略したくてうずいてしまう。
そして、攻略法の仮説も俺の頭にある。
傲慢で最強たる悪役貴族シリウスは決してクリアできない難関ではない――
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