第6話 闇の中に蠢くもの

「カウンター」


「カウンター」


「カウンター」


「カウンター」


「カウンター」


 さくり、さくりと野盗たちは死んでいった。

 最後に残った一人が悲鳴をあげる。


「ひ、ひいいいい!? ばば、化け物!」


 仲間たち(死体)を残して逃げ出す。困ったな、オスカーの弱点は、カウンターがメイン武器なので攻撃が来ないと本領を発揮できないところだ。が――

 俺は腰から短剣を引き抜いて、逃げる野盗の背中に投げつける。

 野盗が相手なら問題はない。素の強さだけで勝てるから。

 落ちている野盗の剣を拾い上げて、ナイフを喰らって転んだ野盗に近づく。


「や、やめてくれ! 助けてくれ! 命だけは!」



「お前が殺めてきた人たちも最後にそう言っていただろう? で、お前はどうした? それが俺のすることだ」


 ためらいなくトドメをさす。

 ふむ……本当に、この体、躊躇しないなあ……罪悪感をあまり感じないのは便利なところだ。


 俺は背中に刺さったナイフを回収すると、今度はボロ家へと向かった。


 たいして広くもない。捜索というほどのこともなく、鍵のかかったドアをこじ開けて、宝石など価値あるものが雑然と放り込まれた部屋を見つけ出した。野盗団が収奪したものだろう。


 前世の気持ち的には被害者に返してやりたいところだが、残念ながら、これらがそうなることはない。こちらの慣例では、倒した人間が手に入る。現時点では俺のものだが、このまま放置していてもシリウスたちが公爵領の財産として没収するだろう。ひょっとすると、シリウスの小遣いになるかもしれないが。


 ……うなるほど金のある連中に回収されるくらいなら、俺がもらっておいたほうが役に立つだろう。金はいくらあっても困らないからな。

 そんなわけで換金の必要がないリアルマネーだけ回収し、バックパックに詰めておく。宝石なんて換金率が良さそうで回収に適しているのだが、従僕という立場上、換金が露見した場合、あらぬ疑いをかけられる恐れがある……。


 そのまま2階に上がっていく。


 ……もう、めぼしい宝などないだろうが。ゲームのダンジョンでも、空白部分があると気持ちが悪いからな。ほら、そこに宝箱があるかもしれないし。


 順に部屋を見ていって――

 ふむ、やはり何もないな。奴らのゴミしかない。


 時間の無駄だな、と思ったとき、俺はふと異変に気がついた。


 窓の向こう側が真っ暗なのだ。

 月明かりはあったと思うのだが、どうしてこうも……いや、それ以前に、そもそも月は愚か星空すら見えないのは――?


 すぐに気づけなかったのは油断だったか。

 窓の向こう側の闇が蠢き、やがて別の何かが現れた。


 それは巨大な目だった。

 人の身長ほどもありそうな巨大な目が、じっと窓から俺を見ている。


 ――!?

 身体中が総毛立ち、危険のシグナルを発する。


 早く、逃げろ、と。


 背を向けるよりも早く、敵意あふれる咆哮が響き渡る。同時、天井が砕け散り、巨大な手が降り落ちてきた。

 部屋一杯に広がる大きさで、鋭利な鉤爪までついている。

 逃げる余裕はない。

 ならば!

 俺は腰から夜鷹を引き抜いた。


「カウンター!」


 黒刃が走り、巨大な手を迎撃する。

 インパクトの瞬間、とんでもなく重い衝撃が伝わってきた。

 こ、これは……!?

 驚くほどのことでもないが。実際、その手の質量はとんでもない。野盗の振るう剣とは比べものにならないだろう。


「ぐぅおおおおお……!」


 だからこそ、引くわけにはいかない。それほどの威力のある攻撃なのだ。直撃を許せば――

 武器を、夜鷹にしておいてよかった。


 夜鷹は頑強さに振り切れている。この夜鷹でなければ、あっさりと武器はへし折れて、今頃、俺は肉塊になっていただろう。


 こんなところで負けるわけにはいかない。ドラゴンの一撃で死ぬ? 仮にも最強悪役貴族を影から操ろうとする男が、この程度でやられてどうする?

 俺は力を込めた。素晴らしいな、オスカーの肉体は。細いけれども必要な筋肉がついていて、高い出力を発揮できる!


「うおおおおおおおおおおおお!」


 俺はカウンターを成し遂げた。

 重い音がして、巨大な手のひらが後方へと弾ける。


 今だ、逃げるぞ!


 すぐに逃げ出した俺の背後で、再度の攻撃を喰らった建物のけたたましい破砕音が響く。おそらくは豆腐でも叩き潰しているかのように、ぐちゃぐちゃな光景なのだろう。


 くそ、早く逃げなければ!


 直後、今度は階下で大きな音がした。震動。ぐらりと揺れる。いや、揺れるというより、家そのものが傾いている!?

 単純に、巨大な何かが尻尾で階下を薙ぎ払って、1階がすっぱりと吹っ飛んだからなのだが、この時点での俺はそれを知らない。


「うおおおおおおおお!?」


 ボロボロになっていく建物の崩壊に巻き込まれて、そのまま地面に投げ出された。ボロボロになった建材とともに投げ出されて地面に叩きつけられる。


 く……。


 大きな影が差す。

 見上げると、そこにはさっきの家よりも少し高いくらいの巨大なトカゲがいた。否――トカゲではない。レッサードラゴン、いわゆる『竜』だ。

 レッサー、つまり下位種であるが、腐ってもドラゴンはドラゴン。知能は低くても、その巨体と身体能力はそこらへんの雑魚モンスターよりもはるかに強い。

 ゲームだと、ストーリーの中盤に出てくる敵だ。


 ……まさか、そんなものがここに隠れているなんて――


 ドラゴンは不快気に首を回すと、ずん、ずん、とどこかへと歩き去っていった。 

 ふー……どうやら俺を見失ってくれていたようだ。瓦礫に埋もれていたのがよかったか?

 ドラゴンが姿を消した後、俺は瓦礫から身を起こす。

 もうすでに野盗団はいなくて、危険極まりないドラゴンがいるだけ。さて、この状況をどう利用するか?

 そんなことを考えつつ、俺は公爵邸へと戻った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 翌日、公爵家から『野盗団討伐部隊』が出撃した。参加するのは、シリウスに従僕の俺、そして、騎士5人だ。


「ははは、行くぞ、お前たち!」


 上機嫌な様子のシリウスを筆頭に俺たちは森を進んでいく。


 ……結局、俺は何も報告しなかった。


 もちろん、前提として報告できるはずもない。屋敷で寝ているはずの従順な従僕が、深夜に壊滅した野盗団の状況を知っているはずがないのだから。


 だが、それはそれとして――

 少し面白い余興を思いついてしまった。


 シリウスとレッサードラゴンをぶつけるとどうなるのだろうか?


 ゲーム内における強さは知っているが、今はゲームが始まる前の状態。そして、俺が越えるべきは『今のシリウス』だ。

 オスカーの記憶を探っても、シリウスは授業すらまともに受けないし、手抜きで教師も倒してしまうので、天井が見えない。


 できれば、戦う相手がどれくらいの強さなのか――

 それは知っておきたい。


 全滅の危険性はないのかって?

 問題ない。

 シリウスが強いのは間違いがないし、騎士5人の戦力も考慮すれば、レッサードラゴン相手ならどうにかなると判断している。

 俺たちは目的の場所にたどり着いた。


「なんだ、これは?」


 シリウスが不快げな声をこぼす。

 当然だろう、目の前には木っ端微塵に砕け散った家があるのだから。おまけに、(俺が殺した)身なりの薄汚い野盗たちの死体も転がっている。

 想定していない状況に、自分勝手な暴君は怒りを覚えるもの。


「おい、説明しろ」


 容赦のない瞳に晒されて騎士たちが狼狽する。すまない……。


「至急、調べます!」


 慌てた様子で騎士たちが、遺物を調べるために駆け出す。そうして時間を浪費している間に、状況は刻々と変わっていた。


「グゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 突然の、空気を震わせるかのような咆哮。

 俺たちの臭いに惹かれてやってきたのだろうか、昨夜のレッサードラゴンが森から姿を現した。

 ドラゴンとは、強者のシンボル。畏怖の象徴。

 さて、最強を自負する悪役貴族シリウスの反応は――?


「ほう、ドラゴンか!」


 その瞳は爛々と輝き、狂気にも似た喜びが踊っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る