第4話 小太刀『夜鷹』
「……何が起こった?」
不機嫌そうな様子でシリウスが俺の背後から姿を現した。そして、傷ひとつない俺を見て眉をひそめる。
「食らったんじゃないのか?」
「いえ、なぜか雷は消えました」
しれっと嘘をつくことにした。オスカーの記憶をたどる限り、カウンターを使うことは知っているが、高位のカウンターも無理すれば使えるということは知らないようだ。
切り札は隠しておいたほうがいいだろう?
「はあ!? 嘘をつくな!」
いきなり激昂したシリウスが襟首をつかんでくる。……いかん、迫力のあまりゲロってしまいそうだ。すんません、俺が消しちゃいましたあ!
「……なくはありませんな」
混乱から立ち直ったカーティス老人が近づいてくる。
「反射するライトニング・ボルトは反射のたびに魔力を失います。ちょうどそのタイミングだったのかもしれません」
シリウスが不満そうな顔をしながらも、俺の襟首から手を離す。何か言い出す前にしれっと話題を変えよう。
「……ところで、古のライトニング・ボルトとはなんですか?」
「今のライトニング・ボルトは壁に当たっても反射しないようになっておる。しかし、昔はそうでなかったのだよ」
「へえ、そうだったのか?」
シリウスが傲慢な笑みを浮かべる。
「勝手にライトニング・ボルトを改良してイカれた感じにしたってのに、まさか先祖返りだったとはなあ!」
「独自に成したとは、まさか……いや、シリウス様ならば可能か……」
そこで俺が質問を投げかけた。
「あの鏡は魔力を吸収するとおっしゃっていたと思いますが――どうして、鏡に吸われなかったのですか?」
「古のライトニング・ボルトには『反射』の属性が付与されておる。それが鏡の持つ『吸収』の属性を跳ね除けたのだ」
なるほど……。
もちろん、それは『シリウスの魔力が鏡の持つ力を上回ったから』ということで、シリウスの力がイカれていることを意味するのだけど。おまけに『勝手に魔法を改造する化け物』でもある。
……そこまでの力を見せつけられるとはな……。
それだけの腕だ、真面目に取り組めば、魔法ももっと強くなるだろうに。
剣術と同じく、シリウスは魔法の源である魔力の運用も無駄が多い。
カーティス老人は必要最小限の魔力で最大の効果を得ようと運用している。実に、魔法使いらしい魔法使いだ。
だけど、シリウスは違う。
魔力の効率など知ったことかと、ドバドバと魔力を惜しげもなく使っている。
魔力の量も質も高いからできることだけど。
まさに規格外。
マジで勝てるのか、あいつに……? 頭が痛くなりそうだ。毎日毎日、最強たる所以を見せつけられていると心が萎える。
とはいえ、勝たなければならない。
勝って、俺の言うことを聞くようにしなければ。
カウンターにメドはついたので、次は俺にふさわしい武器を手に入れるとしよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――で、その当てならすでにある。
夜、俺は自分の部屋をそっと抜け出した。暗くて歩きにくいが、窓から差し込む月明かりがあるので問題はない。
やってきたのは邸宅の1階にある、物置部屋なのかな? 今ではあまり使われていない一室だ。構造的には窓がないので、部屋を閉ざすと真っ暗になる。持ってきた魔道具のランタンに明かりをつけた。スイッチひとつで光る優れものだ。
俺は部屋の奥にある本棚に近づいた。
本棚には様々な種類の本が乱雑に並んでいる。探している本は『白竜物語』『虹の先、彼方』『火山についての考察』『悪魔は夜に笑う』――
「まさか、本当にあるのかよ」
本当にあった。ゲームの通りに。
手に入れた本の位置を、それぞれ本棚の別の場所に移動させていく。例えば『白竜物語』は一番上の棚の右端、『悪魔は夜に笑う』は一番下の棚の左から3番目とか。
置き終えると同時、本棚が音もなく横にスライドした。
壁際に置いてあった本棚の向こう側は壁――ではなく、小さなスペースがあった。そこにはポッカリと穴が空いていて、下へと続くはしごが伸びている。
ようするに、隠し地下室だ。
どうしてそんなものを知っているのかというと――
いわゆるゲームの知識である。ゲームと全く同じ場所で、ゲームと全く同じ手順で開いたわけだ。
本当はゲームを進めていって、ある程度のフラグを立ててからでないとたどり着けないのだけれど、クリア済みの俺の場合、その辺の面倒なことはショートカットができるわけだ。
ずるい?
いやいや、最強悪役貴族シリウスなんてチートに挑むわけだから、これくらいの役得はないとな。
俺はランタンを引っ掴むと、はしごを降りていった。
地下室には、多くの武器や鎧があった。適当に置かれているのではなく、まるで武器屋のように明らかに飾られている。
その光景もゲームと全く同じだ。
この部屋は、ゲームにおいて敵役であるシリウスとオスカーにとって意味がある部屋で、彼らのパワーアップイベントが起こる。
ここで自分たちに合う武器を手にするわけだ。
そんなわけで、本来であればゲームをかなり進めてしか手に入らない強力な武器をお先にゲットしてしまおう、というのが今回の趣旨である。
ここは、なんのための部屋なんだろう?
ゲーム上でも説明がなかったので俺も知らない。昔の当主に武器のコレクターがいて、その人の趣味部屋か何かだろうか。だったら、別に隠す必要もないと思うのだが。
……俺は装備さえ手に入ればいいので別にいいのだけど。
目につくのは地下室の中央にある、禍々しい意匠が目立つ両手持ちの大剣だ。持ち手から鞘まで、実に造りが凝っている。そして、これまた豪華な台座にはめ込まれている。
少なくとも、ここにある武器の中で別格の扱いだ。
――当然だろう、これは悪役貴族シリウス専用の武器エステバ・グライドだから。
これを俺が使うとシナリオ破壊的には面白いのだけれど、本当に破壊できるのだろうか? その武器を気に入ったシリウスに奪われて、いきなりシリウス強化イベントが始まったりしないか? 死ぬぞ? 死んでしまうぞ?
それはそれで嫌だな……。
危ない橋を渡る必要はない。俺はエステバ・グライドには背を向けて、狙っていた武器へと近づく。
それは一本の刀だ。
名前は
小太刀という、少し短めの刀だ。手にとって鞘から引き抜く。
名前の通り、漆黒の刀身があらわになった。
刃の輝きはため息がこぼれそうなほどに美しい。目が引き寄せられる、というか。魔剣、妖刀というのはこういうものを指すのかもな。
俺は刃を、俺の左腕に当てる。
肌に刃が突き立ったが――
それだけだった。
引いても押しても、俺の肌には傷ひとつつかない。
特に不思議でもない。なぜなら、ゲーム上で夜鷹には『無刃』という、斬属性を除外する属性が付与されているからだ。
ようするに、ただの金属の塊――高級ひのきの棒だな。
そんな武器に意味があるのか?
オスカーの場合は、ある。スラッシュ・カウンターによって斬属性を付与できるので、無刃がデメリットではないのだ。
それに、夜鷹の本質はそこにはない。
こいつの特殊能力は2つ、凄まじい耐久力とカウンターの強化にある。
ゲーム的な性能はわかっているが、さて、それがこの現実的な世界ではどう反映されているのだろうな。その点、何かで試し切りをしたいところだ。何かしらモンスターを狩るのも悪くはない。考えておこう。
俺は夜鷹を振るった。
軽く、速い。
少し振るっただけで胸がわくわくする。こいつはとてもいい武器だ。俺の手に馴染むし、こいつを使いこなせるのも俺しかいない。共に出会えた喜びというやつが、たまらなく心地よい。
さて、悪役貴族に立ち向かうための牙は手に入れた。着々と戦いの準備は進めていこう。
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