第3話 スキル『カウンター』の考察

 石はすっぱりと両断されていた。

 拳大の石だ。それなりの厚みがあると思うのだけれど。前世の俺の知識では、木の剣で 物を斬ることはできないと思うのだけれど。


 試しにそこら辺に生えている樹木に斬りつけてみる。


 かぁん、という音がして、俺の手に鈍い衝撃が走り――それだけだった。樹木の表面が少し欠けただけ。

 ……どうやら、俺の常識はこちらの常識でもあるらしい。

 そこで、俺の意識の底に眠るオスカーの意識の残骸が何かを伝えてきた。


 ――スラッシュ・カウンター。


 そういうことか……。

 オスカーは複数のカウンターを操ることができる。いわゆる、普通のカウンターもあれば、斬撃属性を付与して返すカウンターもある。


 それがスラッシュ・カウンターだ。


 そして、敵として現れるオスカーが最も長期間に渡って使ってくる技でもある。

 俺はさっきカウンターを放つとき、なんとなくゲーム内のオスカーの動きを頭の中に思い浮かべていた。原作はフルダイブ型のRPGなので、動きそのものはやたらと細かく作り込まれている。そして、その技は最もよく見たスラッシュ・カウンターの動きだった。


 ……なるほど。


 そのせいで、発動する技にバイアスがかかったわけだ。

 俺は石を投げ捨てた。

 だが、それは不思議なことでもある。

 スラッシュ・カウンターという技は、オスカーが始めから使える技ではない。ある程度、物語が進んでから基本技として使い始める。

 これに関して開発者はこんなことを言っていた。


『シリウスもオスカーも、プレイアブルキャラではないんですけど、成長している感を出したいと思っていまして。スキルとかを進化させるように設定しています』


 つまり、アイリス学園入学前では使えないと思うのだけれど――

 そのときだった。


「くっ!?」


 腕に痛みを覚えた俺は、木剣を地面に落とす。

 痛くてどうしようもない、という感じでもなくて、我慢できなくもないが。少しばかり驚いた。

 反動?

 なんとなく、その感覚はしっくりきた。このオスカーの体に染み込んだ『常識』と合致したのだろう。


 スキルそのものの反動というよりは、自分の実力を超えた技を放った反動というか。


 なるほど、つまり、無理をすればゲーム上で使っていたスキルを先行して使うこともできる、ということか――

 俺は体内の血が熱くなるような感覚を覚える。


「はははは……!」


 ひょっとすると、こいつはシリウスを倒すときの切り札になるかもしれない!


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 シリウスには様々な専門家が家庭教師としてつけられている。

 魔法を担当しているカーティスは60歳くらいの老人だが、以前は宮廷魔術師まで上りつけた経歴の持ち主だ。

 その日、シリウスは屋敷の部屋で『魔法』の講義を受けていた。もちろん、俺も従僕として同席している。


「今日はライトニング・ボルトの実演をしてみましょう。ライトニング・ボルトとは雷撃を放つ、雷魔法の基本となります」


 カーティスはそう言うと、部屋の一角に大きな鏡を置いた。

 そして、その正面から少し離れた場所に立つ。


「あの鏡は『魔力吸いの鏡』です。その名の通り、直進してくる魔法を吸う力を持ちます。例をお見せしましょう――ライトニング・ボルト」


 カーティス老人が伸ばした人差し指の先から、閃光のような雷が迸った。

 それは一直線に鏡へと走り、一瞬のうちに鏡の中へと消えた。


「このようになります。できますか?」


「やってやろう」


 シリウスがカーティス老人と入れ替わり、鏡と対峙する。

 ちなみに、この部屋は魔法講義用ということで、壁は対魔法防御が高い材質でできているらしい。鏡を外しても問題はない――カタログスペック上は。シリウスの魔力の強さだとそれすらも砕く可能性はあるけれども。


「ライトニング・ボルト」


 再び、雷が迸った。

 その瞬間、気を抜いていると怯んでしまいそうな圧がかかった。それはライトニング・ボルトの余波ではなく、シリウスの魔力の余波だ。

 荒々しく、ぞっとさせるかのような――

 そのとき、ふと気がついた。

 シリウスの口元が歪み、小さな笑みを浮かべていることに。

 その答えは、すぐにわかった。

 シリウスの放ったライトニング・ボルトは鏡へと猛進、激突した。

 そのまま吸い込まれると思ったが、そんなことはなかった。じりじりと光の玉となって鏡面で固まっている。

 なぜ、吸い込まれない……?


「あれは――?」


 明らかに、さっきの実演とは違う動きになっている。

 カーティスが声を荒らげた。


「あれは、まさか……古のライトニング・ボルト……?」


「ご明察」


 ははは、とシリウスが笑う。


「くだらない課題だったから、少しばかり面白くしておいたぞ?」


「いかん、反射する! 気をつけろ!」


 カーティスの絶叫とともに、鏡面で滞留していたライトニング・ボルトが斜め上へと跳ね上がった。それは天井に激突すると――

 消えることなく、今度は床めがけて落ちていく。

 あとは繰り返しだ。壁にぶつかるたびに反射し続けている。それも雷の魔法にふさわしい、とんでもない速さで。


「こ、これは……!?」


 俺の問いに答えたのはカーティスだ。


「気をつけろ、壁に当たるたびに反射する!」


 気をつけろ、と言っている以上、壁でない人間に当たったら反射せずにダメージを与えてくるのだろう。

 いやらしい魔法だ!


「はっはっはっは、逃げ惑え! 逃げ惑え!」


 そんなことを言いながら、シリウスが楽しそうに笑っていた。

 そして、面白いことが起こる。

 反射した雷がシリウスめがけて殺到したのだ!


「はっ!」


 シリウスが迎撃体制をとる。

 だが、その前に立ちはだかるものがいた――俺だ。

 護衛用に、腰に差していた短剣の柄を握りしめて。

 個人的には、憎らしいシリウスを守ろうとは思いたくもないのだけれど。そもそも俺より強いし。だけど、護衛の仕事としては守らないといけない。


 そして、それは好都合だった。

 なぜなら、試したいことがあったからだ。


 シリウスは俺の背後にいて、カーティス老人は混乱してこちらに背中を見せている。


 誰も見ていない。

 チャンス――!

 俺は腰の短剣を引き抜き、ジャストタイミングでライトニング・ボルトを斬る。


 対魔法消滅用のカウンターだ。

 カウンターの基本は『止め』て『返す』だ。ゆえに『止め』の段階で終えれば、相手の攻撃を打ち消して終わる。


 ライトニング・ボルトは一瞬、大きな光を放って消えてしまった。


 ふぅ……。

 だけど、実験できた。対魔法のカウンターを使えるかどうか……ちょうどいい実験ができた。もちろん、こいつも『現時点でのオスカーがマスターしていないカウンター』だ。だけど、使うことができた。


 かなり体全体がだるいけれど。威力が殺しきれなかったからだろうか、腕も衝撃で大きく痺れている。


 とはいえ、直接的な被害はゼロだ。


 そして、より重要なことは、シリウスの魔法に対抗できたという事実。対シリウス戦を想定するのなら、これは大きな成果だろう。


 よし、と俺は内心で手を握る。

 少しずつだが、確実に布石を置いている。


 悪役貴族殿、今は好きに楽しんでおくといい。そして気づけ、いつの間にか狭まっていた足場にな。

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