(49)その時、周辺では②

その夜の有馬家


 有馬家では晃の為したことを、それぞれの思いでもって見ていた。具体的にはニュースに流れる死亡者の羅列だ。


『以上が所持品などから身元が判明した107名です。謹んでご冥福をお祈りします。残りの22名については、現在警察で身元を確認中とのことです。』


 改めてこの未曾有の虐殺事件の経緯などを放送し始めたニュースだったが、基隆がテレビのスイッチを切って止める。


「。。。これは、私が警察に出頭せざる得んな。申し訳ない。」


 厳しく沈痛な面持ちで、基隆は頭を下げた。最後の謝罪は、家族全員に言ったのだろう。重大な犯罪行為を自身の子が為した。しかも隠し子だ。醜聞は漏れるものだ。これが公になれば、家族にも累が及ぶことは間違いない。家族には本来負う必要のない懸念を負わせ、場合によっては心身両面で被害を負う可能性だってあるのだ。


「いや、出頭も謝罪も必要無いと思うよ。て言うか、出頭については、あまり意味が無いんじゃあないかな。あのUMA(未確認動物)と晃君が同一だと証明出来ないと、罪に問えないからね。警察も、あの人食いユーマはウチの晃が変身したものです。とか言われたら困惑するか、ふざけるなと怒るかの何れかでしょ。よしんば信じてくれたとしても、証明出来ないと法的に裁けないから警察も困る。DNA鑑定なんかしたら、UMA(未確認動物)は間違いなく人間とは違うと思うし。そうした場合、今度は人間の法律で裁けるのかって話にもなりそうだし、晃君とあのUMA(未確認動物)は同じ身体じゃあない可能性も高いと思うよ。だって、高度に複雑な生体があそこまで変化可能とは思えないから。ああ、そういえば、晃君も言ってたねよね。恵が去り際に聞いた時、昆虫じゃあないから、発生の時以外には大きな形態変更は難しい、別の身体を用意して乗り換えている。って。本人が自分は人間と主張し、罪の意識から出頭して、法廷でも変身して同一性を証明すれば、状況証拠的に通るかもしれないけど、晃君のここでの話っぷりだと、無いでしょ。全て自分の責任で、自分のルールで生きているって言ってたもんね。裁かれる云われは無いと考えてると思うよ。そう考えると、出頭して不毛なデメリットだけを被るより、少し様子を見るのが得策じゃあないかな。あと、謝罪は、迷惑を被った時に頂くけど、今は驚いているくらいなので要らないかな。」


 人が沢山死んだことを脇に置いて、法的に裁けるか否かで判断する辺り、道徳的、倫理的な視点を持ち出すつもりは、崇には無いようだった。大っぴらにしないが、崇は道徳的、倫理的な視点を割と軽視している風だ。しかし、道徳的、倫理的に許されなくても、明確に法に触れていなければ裁かれることは無いものの、犯罪行為を裁く上で、それらの道徳倫理に反するか否かで、量刑が変わることは理解しており、そういう意味では、決して軽視してはいなかった。


 最も基隆の世代のように、人の命は地球より重い的な、馬鹿げたお題目を刷り込まれた人間は、建前を本心と混同させがちで困るとも考えていた。


「兄さんの言うことはもっともだし、事がこれだけ大事になっちゃったら、下手にバタバタせずに、情報収集に努めて様子を見るのが吉だと思うわ。とは言え、こんな非現実的な事柄を矢継ぎ早に見せられたら、このドリンク剤(?)も飲まざる得ないと思う。リスクも有るのは理解しているけど、こうなってしまえば、物理的に身を守る方策として採用するべきだと考えるわ。」


 薫は晃が持って来たドリンク剤(?)の効果を試したくてウズウズしているようで、他は二の次、三の次なのかも知れない。


「私は、、、晃君のことが怖い。あんなに沢山の人を殺すなんて。。。でも、私が危ない時に救けてくれて、私のことで怒ってくれたんだから、晃君のことを信じる。私は晃君の味方。」


 拙い言い方だが、恵の気持ちとしては、言葉のままだろう。まだ拐われた時のショックが抜けきっていないので、何時もの間延びした口調ではなく、硬い感じの口調になっている。


「法律的には崇の言う通りかも知れないわね。でもそんなことより、何より、恵に酷いことをしようとしたことに対する報復としては妥当と言うか、当然でしょう。」


 涼子の言葉が予想以上に激しかったのだろう。少し、驚いた表情で基隆が身じろぎする。


「もし恵を拐った愚か者達が、何かの都合で人拐いを取り止めしたとしても、さっきのリストの中の誰かが、代わって人拐いをするってことは、容易に想像出来る。そんな集団は消滅して当然だわ。晃君が居なければ、恵は酷い目に遭っていたでしょう。そう考えるだけで、私はゾッとする。晃君の話だと証拠を消すために加害者諸共、恵を殺すつもりだったと言っていたじゃない。」


 そこで、涼子は一呼吸置いた。


「ふざけるな!!!」


 唐突に激しく罵る。


「。。。ふぅ、本当に晃君には感謝しているわ。恵の為に、これでもかと言うほどに思い知らせてくれて。とにかく、そんなことになった時、私達だけで実行犯や、教唆した奴を捕えること、報復することが出来たとは思えない。警察や裁判所を介した不満足な結果しか得られなかったでしょう。晃君が居たことで、恵は酷い目に遭いそうになったことは考える必要は無いと思っているわ。なんの科もない他者に危害を加えるものが悪よ。当たり前のことだわ。直ぐ消滅して欲しい。」


 当たり前だが、今回のことを涼子は激しく怒っていた。


「社会を円滑に営むには、ルールが必要だけど、それを破って自身の利益だけを最大化しようとする集団や個人があり、その為には他者を地獄に落とすことも厭わないとすれば、それらは消滅させられても仕方が無いことだと思うってことね。社会が認める罰を超える罰を、正式な手続きを経ることの無い罰を望んでいる私も、自身の利益だけを最大化しようとする人間と言えなくもない。そうだとするならば、私も消滅させられても仕方が無いのかしら。パパはどう思う?」


「い、いや。そんなことは無い。君が正しい。」


 首を竦めて絞り出す基隆。


 恵が酷い目に遭いそうだったのだ。いや、恐ろしい目に遭ったことは間違いない。最悪ではなかっただけだ。家族として父親として、その大事なことを忘れた。いや、忘れてはいないが、関連する判断に一番に考慮すべきことだった。奴らは単に加害者に留まらない。自身の利益の為に娘を壊そうとしたのだ。その娘の危ないところを晃は助け、実行教唆した者、組織に報復した。加害者を社会通念上必要と思われる以上に害したからと言って、その晃を警察に突き出すようなことを、鹿爪らしく、もっともらしく言うべきでは無かった。そう思い至る。


「晃君は、間違いなく普通じゃあない。エスパーかもしれない。UMA(未確認動物)かもしれない。桁違いのモンスかもしれないし、神とか悪魔とか、そんなレベルの存在かも知れない。そして、不思議なことに、パパの息子であることも間違いじゃないみたい。いずれにしても、晃君のような存在は神話や伝説、伝承や噂、隠蔽された何処か、そんなところでしか現れたことは無かったと思う。それが、何の隠蔽も無く、堂々と公衆の面前に現れるのは異常なことだわ。何となく感じるんだけど、きっと私達の周辺に留まらず、この街が、国が、世界が、これ迄と同じではいられないと言うことの前触れ、そんな気がするの。私達は仲の良い家族だと思う。そうなるように努めてきたし、これからも、そう有りたいと思ってる。でもね、これからは、もっともっと助け合って行くことが求められると思うのよ。そうしなければあっさりと死んでしまう。そんな時代が来るよな気がするわ。だからこれは、そのための重要なツール。」


 神託を蒙って(こうむって)いるかのような厳かな表情で涼子は言った。言い終わるや否や、晃が置いて行き、テーブルに置かれたままのドリンク剤(?)を掴み、蓋を開け、躊躇無く飲み干す。


「「「あっ!」」」


 驚く家族。


「何を驚いてるの?今、言ったでしょ?重要なツールだって。私は本気でそう思ってるの。それに例えそうでなかったとしても、私とパパに選択の余地なんか無いのよ。だって恵はこれを既に服用していて、身体の一部に不可逆な変化があり、戻せるところだけ戻すとかは推奨されないとか言われているんだから、親の責任として子供だけをそんな状態にしておく訳には行かないでしょ?最も、私達がこれを服用したからと言って恵の何が変わるわけでは無いけれど、不安な気持ちを共有することは出来るわ。それに、晃君の話が本当だったら、それはそれで良いじゃない。実際、恵に効果が出てるみたいだし。それに対する興味は薫じゃないけど私にも有るわ。」


 固まっている家族に、行為の意図を話す涼子。


「でも、全面的に晃君が信用出来るわけじゃ無いことは判るでしょ。だから、崇と薫には慎重に行動して欲しいと思うわ。いつの間にか引き返せない所に居る気はしているけど、あなた達はまだ引き返せるかも知れない。つき放すようで申し訳ないけど、服用するしないは、あなた達の意志を尊重するわ。」


 顔を見合わせる崇と薫。


「無い無い。もっと助け合って行くことが求められるとか、生き残るための重要なツールとか言ってたじゃない。それなのに、意志を尊重するとかは無くない?」


 首を振って、身振り手振りを交えて抗議する崇。


「ええ、それはそうなんだけどね。なんだかんだ言っても、それは、あくまでも私見だから。正しいと断言出来ないでしょ?パパは有無を言わせず付き合ってもらうけど、あなた達は私とは違う知識や判断基準が有って、違う選択をした時、そちらの方が正しいかもしれない。いずれにしても、然るべき大人なんだから、意志を尊重するのは当然でしょ。」


 再度、顔を見合わせる崇と薫。その面前でドリンク剤(?)を涼子から渡された基隆が特に文句を言うでもなく、それを飲み干していた。


「まあ、薫は見るからに服用一択だから、僕の意志表示が最後みたいなもんになるのかな。で、結論を言うと、僕も母さんと似たような理由で服用しようと思ってる。服用前に良く調べたいと言うのはあったんだけど、それはあくまでもビジネスに役立ちそうだから。晃君は社会の混乱を招いているけど、社会を崩壊させようという意図は感じられないから、まだまだビジネスは必要でしょ。まあ、晃君の様子を見ていると、言えばスペック一式提供してくれそうだと感じたし、多分サポが無いと自身の伝だけでの解析は難しそうだと感じたのもあって、もう服用するつもり。」


 そう言うと、既にドリンク剤(?)を飲み始めている薫を見て苦笑しながら、最後の一本を手に取って飲み干した。


 こうなると涼子は予想していたのだろう。特に驚きもなく、一つ頷いただけだった。恵は嬉しそう笑った。


 その後、今後について少し話し合った。今回の事件に対する政府や警察の動きについて、それとなく様子を見るが、特に晃の関与を何処かで話したり隠蔽したりはせず、詳しく判らないで通すことを申し合わせた。


 詳しく判らないのは本当のことで、基隆だけが比較的知ってはいたが、無関心な父親として、息子が普通の高校生だという認識のもとに、個人的な幾ばくかの背景を知っているに過ぎなかった。


 そもそも、今回のことで、公的な組織が、晃まで辿り着けることなど無いだろうというのが、皆の一致した意見だった。なので、そこは余り気にせず、少しずつ晃について知っていけば良いと申し合わせた。


 そこで解散の流れになるところで、いきなり頭に声が響く。


『有馬家の皆様、家族会議は終わりましたでしょうか。今回の件、賢明な判断を全員が間違わず行われたことにお祝い申し上げます。特に涼子様、貴女の胆力と聡明さに敬意を評します。』


『私はリサーチと申します。動坂下晃様、マスターの下僕としてお仕えしております。』


『有馬家の皆様、デーモンの領域にようこそ。』 

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バケモノ生活は最高?〜バケモノに喰われて、なぜかバケモノになった。名前は"災厄"。なってしまったものはしかたない、カッコいい名前に変えて、好きなことをしよう。まずは、自分の身体を作ろう。〜 くぬ @syukumano

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