(48)その時、周辺では①

銀杏会、遠山興業界隈


 晃が現れた時、黒水組本部ビルの前は、大騒ぎになっていた。


 まず、UMA(未確認動物)が出たと口コミから野次馬が集まり始め、ソーシャルメディアに画像や動画がアップされた。ネットニュースも来て記事を配信したため、ネットはあっと言う間に平時とは比べものにならない盛況、いわゆる祭りとなり、更に現地に人を呼んだ。そのうち騒ぎを聞きつけた、所轄の警官も駆けつける。


 そんな中、晃がfangs of steel(鋼の牙)を発動して、ビルを削り始めると、辺りは驚愕に包まれた。誰も見たことのない光景なのだ。


 明らかに異常なことが起こっていると誰もが思った。盛大だが器物破損という、割とありふれた犯罪であったが、被害を受けているのは、誰もが避けて通る893ビル。その意味でも、この状況はあまり見たことのない光景だった。


 駆け付けた所轄の警官達は、この異常な出来事が危険だと判断し、人々がビルに近付かないように苦心していたが、どんどん人が増えるため、応援を呼ばざる得なくなり、警官の数も正比例して増えていった。


 一方、ビル側から排除や救援の要請は無く、警察としても、どう対処したものか困惑していた。明らかに暴力団同士の抗争だと言うのならば、俗にマル暴と言われる、県警刑事部捜査第四課が出動するだろうが、暴力団は見るからに一方的な被害者だ。一応、第四課に連絡は入れて、何人かが来ているが、面白がって高みの見物を決め込んでいる。


 実際、黒水組側とすれば、出来ることなら警察に排除してもらいたいところだったが、臨戦態勢下で、ビル内には非合法な武器弾薬がゴロゴロしていた為、安易に警察に頼れなかったのだ。


 そういうわけで所轄の判断は、これまで通り、市民の安全確保だった。近づき過ぎと思われる市民を、比較的安全そうな距離まで下げたり、周辺のビルに出向き、しばらくビルから退避するように要請したり、といったようなことをしている。


 異常な状況であるのは間違いなかったが、それでも市民に被害が及ばない間、警察も比較的物見遊山な感じではあった。警察にしてみれば、UMA(未確認動物)であろうが生物ならば、拳銃で銃撃すれば鎮圧は易いと思っていたのもあったろう。しかし武装ドローンが現れたことで、緊迫の度合いが一気に跳ね上がる。


 ビルを取り囲む野次馬や、一時的に周辺ビルから退避していた人達を更に遠ざけ、本署に武装ドローンの件を連絡すると、パトカーがけたたましくサイレンを鳴らしながら、大挙して集まって来た。


 しかし、パトカーが集まる前に、武装ドローンの銃撃は始まってしまったので、警官も一般人も例外なく肝を冷やした。ただ、銃撃した者も、不要な犠牲を出すことは、本意では無かったようで、銃撃は目標だと思われるUMA(未確認動物)に限定され、逸れた弾丸も道路に着弾するような位置取りで、銃撃されていた。


 その後、警察は、被害が出ないように、相当の距離を空けて状況を見守った。そもそも、警察には銃器対策部隊があるが、本来、戦場以外では見ることなど無い、ブローニングM2重機関銃のような重機関銃に相対出来るか不明である。上層部では自衛隊の出動要請も含め、対応が協議されていたが、現場では生きた心地もしなかっただろう。


 そもそも、ポリーカーボネート製のライオットシールドなど役に立たないので、銃器犯罪用のスチールやチタンで出来た、防弾シールドを急遽持ち出したが、拳銃弾、ライフル弾であれば難なく防げるとは言え、ブローニングM2重機関銃から発射される50口径の銃弾は無理だろう。誰もがそう思っていた。なので、距離を取り静観するしかなかった。


 そういった事情で、晃がHeavy rain of steel(鋼の豪雨)を発動した時も、佳純が来て、遠山幹を連れ去った時も、警察は、距離的に何が起こっているかの把握が、困難な状況になってしまったのは致し方が無いことだった。


 fangs of steel(鋼の牙)でビルから転がり出て、病院に運ばれた組員や、野次馬に紛れていた組員もいたが、彼らも先に述べた理由で、警察に助けを求めることはしなかったので、突入などの動きを警察が行うことは無かったし、武装ドローンが来てからは、とてもそんな状況では無くなった。


 結局、晃が飛び去って、かなり経ってからビルの状況確認に向かった警察は、その時初めて、現場で虐殺と呼べる行為が行われたことを知る。


 一方、黒水組のビルを飛び去って、銀杏会の本部に出向いた晃たちは、黒水組と同じ手法でビルを破壊した。


 但し、今回は、ビル外脱出は許さず、地下に避難することを許容した。既に暗くなっている時間帯だったが、丹原司に命ぜられて幹部、組員とも待機していた。晃の襲撃を受けて、慌てて地下へ避難した彼らについて、殺さずにエングラムを書き換えて晃の兵隊にすることにしたのだ。完全に殲滅して銀杏会を地上から一掃することも考えたが、それをして空白の縄張りが発生した時の面倒を考えて止めた。


 ただ、暴力団なので、酷すぎる者もいて、そう言うのはエグい佐智の魔法で処分した。


 生かした者達を核として、残存の組織も徐々に自分達の兵隊にし、行く行くは近隣の反社も全て纏めてしまう予定だ。この辺りも平和になるだろう。


 その後は遠山興業に出向き遠山樹を拉致した。一般の企業なので、ヤクザビルにしたような襲撃は止め、本人だけを晃の空間に引きずり込んだのだ。


 引きずり込んだ後、佳純が落ち着いた頃を見計らって、遠山樹の処分もお願いした。息子の犯した罪は当然親の責任である。同等の罰が科せられるのも当然のことだ。


 遠山樹の身体情報と記憶は抜いていたので、取得した身体情報を元に新しく身体を生成し、遠山樹の記憶を付加した佐智の配下AIをエングラムに書き込み、代替えとして遠山興業に戻しておいた。今後は、佐智の配下AIによって、遠山興業が支配される。遠山樹の個人資産、表の資産も隠し資産も全て接収した。


 遠山幹も代替えを作った方が良いかとも思ったが、佳純が不愉快になるかもしれないので、行方不明と言う扱いにして、AIの遠山樹に後は任せた。


結局、遠山幹の悪行を暴露するようなことは行わなかった。基隆の意を組んだとも言える。


 まあ、何だかんだ言っても、遠山興業自体は、普通の会社だ。反社と親戚付き合いだった遠山樹が経営していたので、ブラックなところは多々あるだろうが、犯罪者とは言えない社員ばかりだろう。


 倫理観の欠如した一族が経営する会社に入社した、自身の不明、不運を呪えと言うのは不憫すぎる、そう言った基隆の気持ちは判らないわけではない。そもそも、晃としては、そういった一般の社員に対して、責任を負うつもりなど無く、負い目も持ちたく無かった。その結果の結論だった。


 一方、銀杏会の動画は見せしめ的にアップした。まあ、誰に対すると言うのはあるが、まだ見ぬ敵対者宛と佐智は言っていた。見せしめと言うよりも威嚇行為だろうか。ハッキングしまくって、削除を邪魔して、しばらくの間はアップしたサイトに居座ったが、ある程度拡散した時点で、運営が消去するに任せた。


 こうして、晃に関して言えば、遠山幹に関連した騒動は終了した。


 しかし、何と言うか、単なるお山の大将でしかないと思っていた遠山幹が、まだ十代の少年でしかないのにも関わらず、人間とも言えない、これほどまでのクソな存在だったことには本当に驚いた。まあ、遠山幹やそれに連なる不愉快な存在は一掃できたし、実質、銀杏会、遠山興業は晃のものとなった。


 何に使えるかは判らないが、何かの役には立つかな?そんなことにを思う晃だった。


**********

夕方のパブ高天原で


「どう思う?『思慮の智有』る神の考えを聞かせてくれ。オオゴトであることは間違いないと思っておる。」


 鈿女はカウンタの内側から、スツールに腰掛ける唯一の客に問うた。


「う〜ぅ〜ん?」


 唸っているのは、年の頃なら12、3歳に見える線の細い少年だ。眉間に皺を寄せ、眉を八の字にしてかなり困っているように見受けられる。


「はぁ、思兼よ、わざとらしく困ったようなフリはいい加減止めよ。お前のような存在が困るなんてことは、ほぼあり得ぬじゃろう。」


 うんうん唸るばかりで、なかなか返答しない思兼にイライラしているようだ。苦言を呈す。


「そう言えば、お前、この50年か100年か忘れたが、最近、その童(わらわ)の姿でうろついておるよな。いったい何のつもりだ?やい、八意思兼。思慮の足りない童(わらわ)の姿を騙って、誰かを騙そうとでも思っておるのか?大体、お前という奴は何時もそうだ。神代に大日孁(おおひるめ・天照大神のこと)が拗ねて引き籠もった時も、皆や吾をだまくらかし、面白可笑しく特大の乱痴気騒ぎを起こしよった。未だに語り継がれておるわ。お陰で吾など、今代まで最古のストリッパーのように語られる始末。」


 イライラが高じて、全く今までの話題とは無関係な話を持ち出して非難し始める鈿女。ただ、最古のストリッパーの話のくだりでは、少々誇らしげな素振りがあった。


「え?」


 いきなり、何千年も前の話を持ち出されるとは思わなかったのだろう。不意をつかれた思兼は、割と本気で、困った顔になっていた。


「ふん、ようやっと素を出したか。その調子でとっとと吾の質問に答えよ。」


 そう言う鈿女に、思兼は苦笑するしかなかった。


「そ〜だね。とは言え、僕もあんまり判っていないことを話たくはないんだよね。」


 今度は、鈿女が驚いた顔になる。例え、判らないことがあっても、思兼はそんなことは言わないと思っていたのだろう。


「そんな顔をされてもね〜。阿基にも言ってたじゃない。常世でもなく、我らが全くあずかり知らぬ何処かから。って。『我ら』の中に、当然、僕も入ってるよね。つまり、その言は正しく、あずかり知らないのは僕も同じってことだよ。」

 

 阿基との会話を何処で聞いていたのか。全く油断も隙もない。そう思いながら、先を促す。


「だからと言って、知らぬことだけでは無いのであろうが。早く知っていることを話すが良い。人間達は言っておる。情報の共有が、無駄を無くし、効率を生むとな。」


「判った、判った。鈿女は『マレビト』などと言っていたけどね。そんな可愛らしいものじゃあないから。僕たちの世界に開いた穴から、他の世界が侵蝕して来ている。いや、違うか。何処かの阿呆が、何処かにつながる穴を開け、そこから他の世界のさきっぽを引っ張り入れたと言うのが正しいな。その世界は異形を生みつつ、少しずつ侵蝕を始めている。それが現在の状況。ほら、コレが湧き出た異形。」


 そう言って、思兼はポケットから取り出したスマホを操作して、ユーチューブ動画を指し示した。

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