(47)遠山幹の最後、その始まり②

黒水組本部ビル地下2階


「何か、感覚でしかないけど、田所の時より効果が弱いみたい?」


 別に丹原兄弟が苦しんでいないように見える訳ではないのだが、田所の時に比べると、苦鳴が小さいような気がしたので、佐智に聞いてみた。


「ん?、??ああ、それは効果の個人差よ。人間性の差と言ってもいいかな。まあ、人間性とか言うと、余計に判り難いかもだけど、社会性行動を行う生物が集団の中で形成する、他への思いやりや気遣い、他への愛情、規範や倫理、そういうものが低いと効果も低くなると思う。魔法の設計特性で。他者を大事だと思う気持ちが無ければ、自己に対する脅威だけが恐怖の源泉にならざる得ないから、自ずから効果は単調で低調になるのよ。」


「なるほど。」


 いかにもヤクザらしい話だった。反社とは、共同体内において、ルール違反を犯してでも自己の利益を得る行動様式だから反社と称されるのだから。


 そう考えると田所と言う男は、ヤクザな商売をしていても、実は真っ当な感覚を持った男だったのかもしれない。ならば、他者に不幸をばらまいて結果を顧みなかったのは何故なのか。今となってはどうでも良い事ではあるが。


「その分効果は長くなるわ。つまりクソな人間ほど長く苦しむことになるから、それでいいのよ。」


 再度、なるほどと呟き、最後に残ったクソに目を向ける。遠山幹は、蹲り、耳を塞ぎ、何も見ず聞かずの体勢をとっているが、そんなことは出来るはずもない。腰の辺りに水溜りが有るので、失禁しているようだ。


「そろそろ終了だ遠山。見ないようにしても、聞こえないようにしても、意味はないからな。」


 ビクッと反応する遠山幹。反応するところを見ると、やはり振りだけで、しっかり聞こえているのだろう。


「ふ、ふざけりゅなぁぁあ!!お、お、俺は、お前みたいな底辺が、むやみに触れて良い人間じゃあないんだよ!!!こ、こんなことしてパ、パパが黙っていないからな。」


 ガバッと起き上がると、涙と鼻水と涎で汚れた顔を恐怖と屈辱に歪め、甲高い声で悪態をつく。


「い、い、いったい、お前は、お前らは何なんだよぉおおおお!!お、お前らさえ居なければあああああああああぁ!!!き、消えろ、消えろよぉおおおおおお!!!」


「何だと言われてもね〜。お前には全く関係ないから。それに消えろと言われたからって、消えるわけ無いしwww。馬鹿なの?あ、馬鹿だったか。そうそう。私から、そんなお馬鹿なお前に餞別を上げるわ。これまで晃ちゃんと遊んでくれたお礼。」


 泣き喚く遠山幹に悪意たっぷり、皮肉たっぷりの声音で佐智が答え、続けて「denizens of the abyss(奈落の住人)」と唱えた。それが、餞別なのだろう。遠山幹本人は判らないようだが、身体全体が薄ぼんやりと光っているところを見ると、何らかの悪辣な作用を、遠山幹の肉体に及ぼす魔法なのだろう。


「「あーーーあ、、、あ、、ああgvwああ、、あギギギあ、、ガあ、、、あ」」


 一方、丹原兄弟もいよいよ限界の様子で、田所同様、酷い有り様になって来ていたが、晃も佐智も全く興味が無いので一顧だにしない。しかし、遠山幹はそんな訳には行かないらしく、メソメソ泣きながらも、怯えた表情でチラチラと丹原兄弟の有り様を見ている。それはそうだろう。自分も同じ目に合う可能性が高いのだから。


「あ、餞別が役に立つ時が来たみたいね〜。佳純が来たわ。」


「ドーンーーー!!!!」


 凄まじい音を立てて、床が弾けた。


 床材はバキバキに砕け、四方に飛び散り、先程部屋が迫り上がってきた時に、一緒に隆起したと思われる基礎まで砕けているようだ。


 基礎まで砕けたのだ、流石に少しの粉塵が立ち昇り視界を塞いだ。とは言ってもそれも程なく晴れ、そこには羽毛の一部分が紅く、それ以外の羽毛が純白の翼のある人が跪いていた。


「佳純。待ってたわ。約束のプレゼントよ。佳純の部屋の奥に『精神と◯の部屋』を増設したからそこで思う存分プレゼントを楽しむと良いよ。しかもその部屋は時間が遅いわけじゃあなくて、時間が止まってるから、お腹も減らないし、睡眠も必要無いという優れ物よ。あと『denizens of the abyss(奈落の住人)』って言う魔法を遠山幹にかけているから、遠山幹は、佳純が満足して魔法を解除するまで、死ぬことも狂うことも無いから。」


 田所や丹原兄弟にかけられた魔法、Memories of Abyss(奈落の思い出)は、増幅された苦痛の記憶を際限無く繰り返し、精神を殺すと共に肉体をも殺すという悪辣な魔法だった。


 denizens of the abyss(奈落の住人)は、最大限の苦痛を引き出せるように、神経を極度に過敏な状態にし、精神には狂気に囚われない耐性を与え、肉体にも決して死なないように、超再生機能を付加する。軽い暴力でも激烈な苦痛を感じ、暴力でぶっ壊れた肉体も信じられない痛みを伴うものの、速やかに再生され、どれだけ苦痛を与えられても精神耐性が強化されている為、狂うことは無い。更に、逃亡や反抗などの意思が、常にキャンセルされる仕様になっている。つまりは際限無く拷問するための悪辣な魔法だ。


「ありがとうございます。」


 佳純は万感の思いを込めて、簡潔にお礼を言った。


 そして、佐智に視線を向け、佐智が軽く頷いたのを確認して立ち上がり、脳内に書き込まれた魔法の仕様を確認する為に、軽く手を振って遠山幹に純白の羽を飛ばす。


 羽は、狙い違わず、遠山幹の頬を掠めた。新たに現れた翼のある人間にあ然とし、恐怖し、為すすべもなく見つめている幹の頬に、ほんの小さな掠り傷が赤く浮く。一部は毛細血管を損傷してプクッと小さな小さな血の雫をこぼす。


 その効果は絶大だった。


「ぎ?、ぎゃーーーー!!」


 驚愕の表情を顔に貼り付け、頬を押さえた遠山幹が、辺りを転げ回りながら盛大に悲鳴をあげ続ける。転げ回る遠山幹を無感動な目で佳純は見つめている。


 ひとしきり悲鳴を上げ、超再生機能で傷が治癒したのだろう、息を荒げて繰り言を呟き始める。


「痛い、痛いよぅ、な、何なんだよぅ。お、俺がいったい何したって言うんだよぅ。家に帰せよぅ。家に帰せよぅ。家に帰してくれよぅ。。」


 そんな遠山幹の頬の傷がきれいに無くなっているのを確認して、佳純がにこやかに話しかける。


「そんなことが許される訳がないでしょ。クズ。」


 そう言うや否や、投げ出された遠山幹の左下腿を躊躇無く踏み抜いた。


 遠山幹の足は、関節の無い所で90度に折れ曲がり、押し潰された筋肉と皮膚を突き破った骨によって激しく出血する。


「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


 長く尾を引く悲鳴をあげ、白目を剥き、泡を吹いて痙攣する遠山幹。あまりの痛みに意識を失ったようだった。しかし、程なく「バキ、ペキ、べキ」と音を立てて修復されて行く下腿。更なる痛みに意識を引き戻され、「が?ぐぁぁぁあああっっ!!」と苦鳴を鳴らしながら、痛みが増すのを避けるために骨折部分を動かさないようにのた打ち回る。


「ほ、ほんとに、も、もう、赦して、もう、もう。。」


 さっきより長く悲鳴を上げ続けた後、今度は必死で赦しを請い始めた。骨折があっと言う間に治ったことにも気付いてないようだ。


「お前、自分の立場が判ってないでしょ?お前みたいなクズが、赦されるはずが無いって、理解しなさい。そもそもお前、私が誰かも理解してないわよね。」


 遠山幹の頭を鷲掴み、恐怖に竦む幹の顔を無理矢理自分に向ける。


「さあ、よく私を見なさい。」


 爪が少し頭皮に食込むだけで激しい痛みに襲われたが、恐怖に後押しされ、激しく強制され、恐る恐る、佳純を観察する。


「へ?、、、!!!か、かす、み?」


 ようやく判ったらしい。


「そうよ。お前は幸せだった私を拐い、愛するあの人を殺した。私を監禁し、好き勝手に嬲り続けた。不要となったと言って、チンピラに払い下げ、足がつくと不味いから、一通り遊んだら死体が残らないように処理しろと指示した。どお?思い出した?」


 遠山幹は、青を通り越し白くなった顔色でガクガク震え出す。当然だろう。正しく解釈すれば、佳純の言葉は自身の死刑執行を告げられていることと同義なのだから。


 しかし、遠山幹は正しく解釈出来なかった。と言うか、都合の良いように解釈し直したようだ。


「な、なあ、お、俺達、何度もエッチした、言って見れば彼氏と彼女みたいなモノだろ?二人で気持ちよくなったこと、忘れてないだろ?だ、だからな、助けてくれるよな?な?な?な?」


 愚か。その一言だった。佳純は恐ろしいような無表情になっている。


「佳純。最初は色々試してみるといいわ。何をやっても死なないから。どんなことをしてもいいわ。飽きてからのお勧めは、頭を残して細切れにして、正六面体の人体と同じ容積の領域に詰め込むのよ。私のかけた魔法なら細切れにしたくらいじゃあ死なないから。そうすると痛みのあまり気絶、再生の痛みで覚醒、痛みで気絶って言うのを永遠と繰り返して溜飲も下がるわよ。正六面体の中では中々元の肉体に再生出来ないから。もちろんその程度で気が狂って楽になったりしない精神耐性も付与してるから長く楽しめるわ。本当にもう良いかと思ったら、正六面体を小さくして『精神と◯の部屋』に放置すれば永遠の苦しみを与えられるわ。」


 佳純と違って、そう話す佐智は楽しそうで、ニコニコ笑っている。晃は内心『エグい。。』と思ったが、何も口にしなかった。


「ありがとうございます。でも、この後まだ対応することがあるのでは?」


「ああ、それは気にしなくて良いよ。組のトップ二人と実働の要だった田所、そして、その馬鹿者が片付けば、話はほぼ終わりだから。あとは適当に銀杏会の残党を処理して、その馬鹿者を放置して増長させた男の処分だけだから、特に大した話は無い。」


 気にする佳純に晃からそう話し、だから、ここは大丈夫だと言ってやる。間違いなく心は既に遠山幹と言う怨敵に向いているはずだから。


 まあ、佳純が落ち着けば、後で遠山父も任せるのも良いかも知れないと頭の片隅で考えながら、佳純を促す。


「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて。」


 そう言うと、「バサッ」と大きく羽ばたき、浮き上がると共に「ガッ」と右足で遠山幹の頭を鷲掴みにして「バサッバサッバサッ」と力強く羽ばたいて上昇を始めた。


 容赦無く頭を掴まれ、耐え難い痛みに襲われた遠山幹だったが、ここで連れて行かれるのは、地獄への片道切符だと気付いたのだろう。


「ど、動坂下!!た、た、助けて!あ、謝るから、だ、だから助けて!!お、お前の、あ、貴方の手下にでも、何にでもなるから、お願いします。お願いします。た、助けて、た、助けて下さい!助けて、助けて、たしゅけて!!!」


 必死で助けを叫んでいるが、既に興味が無い晃と佐智は、次に行く銀杏会の本部ビルの場所を某有名マップアプリで確認していた。


 じゃあ行こうかとなった時には既に佳純は、獲物を抱えて飛び去った後だった。


「僕らも次の所に行こうか。ちゃっちゃっと終わらせて、偶には外に飯を食いに行こう。」


 一人暮らしの長い晃は、自炊が基本で外食はあまりしなかった。


「そうね。私焼き肉が良いわ。」


「え?この有り様の後、焼き肉食うの?ゲロ吐くとか無いの?」


「ふふふ、私と晃ちゃんは全然平気だと思うよ。」


 確かに、今の精神のありようを考えれば、佐智の言う通り何のダメージも無いな。そう思いながら晃は目的地に向かって飛び立った。

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