(46)遠山幹の最後、その始まり①

黒水組本部ビル地下2階


「おい!!いったいどうなってるんじゃあ!?この動画じゃあ、組の連中も見えんし、状況が全然判らんじゃねーか!銃声や爆発音、煙なんかは盛大に出てるが、奴はピンピンしてやがる!!全然、弾が当たってねぇーんじゃねーのか!?こっちのビルは完全にぶっ壊されてるんじゃ!!とっとと、あの化け物を引きずり降ろしてぶっ殺せ!!」


 ガンッ!と丹原司がテーブルをぶん殴り、その衝撃で、タブレットが跳ね上がる。怒鳴り散らす司を丹原巧は執り成すことも無く、自分はひたすら田所について文句を言っている。


「田所の野郎はいったいどうなってんだ、ロケットランチャーが有るから大丈夫とか、吐(ぬ)かしてやがったが、音や煙が盛大なだけで、バケモンには傷一つ付いてねぇ。花火でも打ち上げやがったのか?しかも行ったら行きっぱなしで、携帯にも出やがらねぇ。」


 「連絡くらいよこしやがれ!」などと言いながら、蹴飛ばして転がっている一人掛けソファーをガツガツと踏みつけている。


 一方、能天気に悪態をつき続ける丹原兄弟とは違い、遠山幹は生きた心地がしなかった。


 『くそ!何でだ、何故あの怪物の顔が、動坂下なんだ。前から怪物だったのか。怪物だったからヤクザ達が拐おうとしても失敗したのか。でも、あの時は鳥の女が邪魔したと言っていた。そうだ、前から怪物だったはずはない。怪物だったら体も心も弱っちいくせに妙に折れない、遊び甲斐のある玩具なんかになるはずがない。何時、何処で変わったんだ。でも、田所の野郎が言ってた、訳の分からない説明だと、動坂下は地震で死んでいて、今の動坂下は成り代わった奴だとか言っていた。じゃあ、何で怪物の顔が動坂下なんだ。そもそも、何だよ、僕に恨みを持つ誰かが、組織に復讐を依頼したとか、意味判んね。そうだよ、何が復讐だよ。僕は楽しんでただけだったのに、何でそんな話になるんだよ。僕は全然悪くねーし。どっかの馬鹿が遊びを邪魔しやがって。クソが。とっととヤクザ達にぶっ殺されちまえ!!』


 最初は命の危険を感じて、震えていた遠山幹だったが、自省や自戒とは無縁のため、ぐるぐる色んなことを考えるうちに、自身を追い詰める存在に腹を立て、逆切れし始めていた。


「ゴ、ゴゴゴ、ゴゴ、ゴゴゴゴゴゴ」


 そんな時、足元から不気味な地響きが起こった。


「な、何だ?」


「い、いったい今度は何だ!!」


「こ、今度は、な、な、なんなんだよ!!」


 先日、同じ地域でマンション倒壊事故があったばかりだ。倒壊事故は地震が原因であると言う話は無く、何かが爆発した音がしたとの事で、テロだとの噂があるが、時期的に不安になるのは人情と言うものだ。その場の三人が三様に不安気な顔で辺りを伺う。


「ギ、ギ、ギ、ベギッ、バキバキッ」


 突き上げるような衝撃と共に、部屋中で建材が割れるような音が響いた。鉄筋なので、鉄骨が折れているのだろうか。天井と壁の間に隙間が出来て、それがどんどん拡がって行く。部屋全体が揺れ、足下が心許なくなって行く。


「バキバキッ、ギギギ、ギ、ギ、バキバキッ、ギジッ、ギジッ、バキバキッ」


 部屋を包む損壊の音がどんどん大きくなる。電源ケーブルが断線したのだろう。蛍光灯の光が消えてしまう。部屋は一時的に暗くなったが、拡がった天井と壁の隙間から外の光が入ってきて、徐々に明るくなっていく。


 どうやら、部屋自体が下から押上られているようだった。押し上げられているが、上下左右への動揺は最初だけで、後はほとんど大きな揺れは無い。要は、少し揺れる、大きなエレベータの状態だった。


 なので、丹原司は同じソファに座ったまま様子を見ており、丹原巧は、床に片膝をつき、テーブルに手を添えて揺れに備えていた。遠山幹は、潜り込むところも無いので、床に丸まって頭をかかえている。


 そして、そのまま部屋ごとエレベータになったように動いて、地下1階まで部屋が押し上げられた所で動きは止まった。


 部屋の押し上げが止まる少し前から、地下1階の様子は見えていた。その非現実的なまでに血生臭く、実際に濃厚な血の匂いが充満した景色は丹原司、丹原巧という場数を踏んたやくざ者にとっても衝撃的だった。


「こ、こりゃ、、、」


「ひ、でぇ、、、」


 言葉も無かった。


 遠山幹も、恐る恐る顔を上げたが、目から入るその光景を消化出来ず、しばらくぼうっと無感動に見つめていた。徐々に光景の意味が理解出来たようで、目を見開いて辺りを見回し、声にならない悲鳴を上げて、また頭を抱えてうずくまってしまった。恐怖からブルブルと全身を震わせる。


 訓練施設の障害物や、間仕切り等が残ってはいるが、一つの大きなフィールドとして構築されているので、生きている人間が居れば、気配が有るはずだが、そんなものは全く無かった。おそらく地下1階の全てが死に絶えていると直感的に理解出来た。百人前後もの組員が、針金のようなものに幾重にも刺し貫かれ、血溜まりの上で倒れることすら許されず、全員絶命していると思しき光景は凄惨過ぎた。


 わけも判らず死んだと見られる死体が数えるほど。ほとんどの組員は苦悶の表情で事切れていた。


 その中でも一際目立つ死体は、同じように串刺しにされているのだが、刺された箇所は死ぬような傷は無いように見えた。しかし、体液という体液を絞り出され、一見干からびた老人の死体のように見える異様なものだった。しかも、どんなことをされればこんな激烈な苦悶の表情で死ぬのか見当もつかない、そんな表情で死んでいた。


「、、これは、田所の野郎か、、、、」


 死体が着ているスタンドカラーのシャツは田所のものだと丹原巧は気付いた。その衣類に気付かなければ、田所とは思わなかっただろう。それほど変わり果てた死体だった。


「うげっ、、、いったい、」


 嘔吐きながら、『何があればこんな有様になるのか。』丹原巧がそう続けようとした時、「バサッ」と、着地する為に制動の羽ばたきをくれて晃がその場に降り立った。


「雉も鳴かずば撃たれまいってことだよ。」


「だっ?!!」


 上空から飛び降り、落下スピードそのままで降り立ったので、丹原兄弟は、降りて来た晃に全く気付かなかった。そのため何時もの聞き取り難くドスの効いたガラガラ声で、司が誰何しようとしたが、相手が(おそらく)組員達を皆殺しにした化け物と気付き、真っ青になって黙り込んでしまった。


「ん?もしか、誰だって聞いた?お前らが、そこの馬鹿に依頼されて殺そうとした動坂下晃だよ。田所には僕の身内にもチョッカイかけられたね。」


 殺されそうになり、身内にも危害を加えられそうになれば、こんなことになっても仕方ないよね。そんな言外の意思が込められた言葉だったが、生憎と他者を慮ることが出来るような人間は此処には居なかった。


「ざ、ざ、ざけんなよ!天下の銀杏会にこんなことをして只で済むと思うなよ!!それにバラそうとしたのは普通のガキで、お前みたいなバケモノじゃあねえぞ、ゴラッ!!そもそも一人、二人、バラそうとしたことが、百人以上殺すことと一緒に出来るわけねーじゃろーがー!殺られそうになった時にとっとと死んどけや!!!この落とし前!親、兄弟、ダチ、オンナ、お前の関係者全員、地獄に落としてつけたる!!」


「そ、そうだ!逃げ切れると思うなよ!!地の果てだろうが、何処だろうが、探し出して、追い詰めて、落とし前をつけてやる!!」


 晃から濃厚に漏れ出す恐怖の波動で、真っ青になりながらも、虚勢を張ることは出来るらしい。ある意味すごいことだが、何の意味もない。


「晃ちゃん。こいつらの相手は時間の無駄だと思うから、早く終わらして、佳純に渡しちゃいましょう。」


 ゆっくり羽ばたいて降りてきた佐智が感情のこもらない声色で指摘する。丹原兄弟に視線は向けているものの、焦点は合っていない。人間が空気を見る時の視線はこういうものかもしれない。


「ああ、そだった。」


 そう答え、晃は尾を高く掲げた。光の粒子が尾に集まってきて、淡く点滅し始める。


「な、何しようとしとるんじゃ!!ざ、ざけんなよ!!」


 佐智の出現に目を白黒させるが、晃が次は何を始めるのか判らず、生きた心地もせず何とか悪態を絞り出す。


「steel pile(鋼の杭)」


 悪態をつく丹原司を無視して、Heavy rain of steel(鋼の豪雨)の少人数対応版を唱えた。


「に、日本語喋りやがれ!!クソが!!」


 丹原兄弟が何を喚こうとも、術は発動する。光る尻尾の先から水銀のような質感の何かが渦巻きながら溢れ出し、あっと言う間に30cm程度まで拡がった後、その中心から銀色の棒状の何かが複数射出された。


「バシュ、バシュ、バシュ、バシュ」


 放たれた何かは、狙い違わず、丹原兄弟の両足をそれぞれ貫通して、床に縫い付けた。


「「 グギャーーーー!」」


 声を揃えて絶叫する丹原兄弟。


「ギッ、い、痛てー、痛てーーー!!」


「グァー、こ、殺す!!ぜ、絶対だーー!!」


「Memories of Abyss(奈落の思い出)」


 痛みの悲鳴と悪態を聞き流しながら、佐智が間髪を入れず、先に田所に放った悪辣な魔法を二人に向けて放った。程なく二人の頭の部分がボンヤリ光り始める。


「「あ?????、あ??、あっ!!!!!!!!!あ、あ、ああギギギがガゴあグゲゲゲゲゲあああーーああああ@MYWDX5LTLktjあああああああああああーギギギあっ」」


 田所同様、固定された状態で暴れれば、自身がダメージを負うことも関係ないようで、何かから逃れようと、ひたすら暴れ始める。


「「あーーーああああgvwawdbg@p@t-tあああああああああぎぎあああああーーあぐぐああギギギがガゴあグゲゲあ-'w'yPp2wmd@あああーーああギギギがガゴあ」」


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