(45)殲滅⑥

黒水組本部ビル地下1階


『可愛いでしょ?』


『まあ、可愛いけど、その歯、何?それって肉食獣の歯でしょ?怖いよ。何で、その歯なんだよ。まあ、良いっちゃあ良いけど。そんなことよりどうするの?田所の制裁は任せろとか言ってたでしょ。』


 確かに、可愛らしく蠱惑的たが、歯だけは凶悪な肉食獣の歯だった。竜人AIのチョイスは良くわからない。


『この歯がチャームポイントなのよ?肉食の妖精がいても良いじゃない。それに、そんなに急かさないでよ。』


『いやいや、次もあるし、あんまり佳純さんを待たせるのは悪いじゃないか。』


『あ〜、そかそか。そう言えばそうだったね。じゃあ、ちゃっ、ちゃっとやっちゃうね。』


 そう言うと、突然厳かな表情になり、田所の方に手を伸ばし、掌を向けた。


『我が主に仇為す愚か者よ。お前に相応しい奈落に送り届けてやろう。』


『Memories of Abyss(奈落の思い出)』


 その声は、身体のサイズからは考えられないほどの音量で辺に響き渡った。


 田所にとって晃の存在も、佐智の存在も意味不明過ぎた。B級映画に現実が侵蝕されたかのような悪夢だ。あんなものが存在して良いはずがない。


 かつて、異国の戦場で泥をすすりながら殺し合いに明け暮れていた時にも、麻薬カルテルに狙われ中南米、南米諸国を逃げ回っていた時にも、あんな非常識な存在には遭遇しなかった。あんな存在が許容されると言うならば、生温い日本のような所ではなく戦場こそが相応しい。

 

 頭では、そんな悪態をついているが、体はかつてない恐怖を感じている。晃から叩きつけられる恐怖の波動。これまで覚えたことのないそれに、パニックの崖っぷちで何とか耐えているのだ。


「ふ、fuckっっつつつつつ!!いったい何を言っているんだ。お前らはいったい何なんだ!!」


本人はそれどころではないので、気付いていないが、田所の頭の部分がボンヤリ光っていた。佐智の魔法が作用しているのだ。


 田所は、全く余裕が無くなっていた。この場から脱する為に、何とか打開策をと考えるのだが、何も出てこない。心の中で再び悪態をついたタイミングで、それが田所の奥底から昇って来た。 


 佐智の魔法は、田所が、心の奥でずっと封印してきたそれを、無理矢理に引きずり出した。封印された年月に比例するように、増大、増殖、増幅されているそれ。腐敗し、異臭を放ちながら、あらゆる凶器を体現するそれは、田所をドロドロに腐らせ、ブスブスの穴だらけにし、一寸刻みに切り刻み、細かく細かく磨り潰し、あらゆる苦痛を、際限無く与え続ける。


「あ?????????、あ??、あっ!!!!!!!!!あ、あ、あああああああああああああああああああああーーああああああああⅠym-@':ptxtああああああああああああああああああああああああああああ@MYWDX5LTLktjあああああああああああーあああああっ」


 増大、増殖、増幅された恐怖に耐えられなくなった田所は、何とか拘束を外して逃げ出そうと、我を忘れて暴れる。


 鋼の豪雨で刺し貫かれ、固定された状態の身体で暴れれば、自身がダメージを負うことも関係ないようで、ひたすら暴れる。


「あーーーあああああああああああああああああああああああああああああgvwawdbg@p@t-tああああああああああああああああーーあああああああああああああ-'w'yPp2wmd@ああああああああああああああーーー」


『おーい、佐智。いったい奴に何をしたんだ?半狂乱と言うか、セリフもフジコって、必死で何かから逃げようとしてるように見えるけど、何から逃げようとしているんだ?』


『さあ?』


『工エエェェ(´д`)ェェエエ工』


『そう言われてもね〜、あの魔法は被験者の最も最悪な記憶をサルベージして、際限無く増幅するものだから、被験者にしかその内容は知りようがないのよ。』


『ああ、なるほど。そりゃエグっい。』


『ふふ。ちなみに、精神が崩壊して効果が無くならないように、精神の耐久性の限界値と現時点での負荷値を常にモニターして、負荷値が限界値を上回りそうになると、耐久性を自動的に強化するロジックも組み込んであるのよ。』


『エグすぎる。』


『そうでしょ。でもまだ有るの。』


『え?』


『思考速度を、時空系の魔法も使って限界まで上げているの。』


『は?』


『この魔法は、本人の最悪な記憶を増幅して、脳内で再体験させることで、精神に甚大なダメージを与えつつ、そのダメージを肉体にも派生させ、死に至らしめる。と言う無茶苦茶悪辣なコンセプトの魔法なの。でも、通常の時間軸で、一回や二回再体験させたってなかなか死なないじゃない。だから、時空系の魔法を使って思考速度を限界まで上げて、最悪な記憶を秒間何百回ってスパンでぶん回して殺すのよ。すごくない?』


『。。。』


『この魔法の設計をしながら、その秀逸さに我ながら興奮したもの。』


『。。。おう、オリジナルなんだ。』


 あまりのエグさに晃は絶句し、オリジナルと聞いて、ああ、こいつは異星の人工知能だったなあ。と思った。


 もし、合法な地球産人工知能であれば、国際人道法に準じた、敵対行為に関する原則や、武器の使用の禁止と制限が、ロジックとして組み込まれていただろうから、ここまでエグくはならなかったはずと、そこまで考えたが、ロジックが組み込まれても、法は軍事目標と民間とを区別して民間に被害が行かないように定められたものだから、軍事目標である戦闘員に対して戦闘中に際限無く残酷になっても問題無いかもしれないと思い至った。


 しかし、そうだとしても、生物特有の精神面の弱さを攻撃し、一思いに殺すのではなく、相手を長く深く苦しめて殺すような魔法のロジックを、深宇宙探査船の人工知能が、どんな発想から作るに至ったのかは疑問だった。


 その答えは、晃の疑問を読んだ佐智が、答えてくれた。


『当然だけど、異星でもどの世界でも恐怖と言うのは生物の制御に欠かせないツールよ。確かに私の職種的に活用する機会は無かったけど、データにアクセスは可能だったわね。それに、このロジックは懲罰方法として普通に優秀だから、適切に使用すれば精神をかなり強力に矯正するツールにもなるし、過ぎれば毒として精神を破壊する武器になる。だから、勝手に敵対してきた非合法組織に対して使うのは報復と、懲罰と、私の有意義な実験とを兼ねて最適な用法でしょ?』


『お、おう。』


 そんな雑談をしている間に田所の様子はどんどん悲惨な状態になっていった。固定されているのに暴れる為に、傷付いた部分から出血が止まらずに血だらけで、涙、鼻水、涎、汗、ありとあらゆる体液を垂れ流している。多分、糞尿も垂れ流しているだろう。


「あーーーああ、、、、、、、ああ、、、、、あああgvw、、、、、あ、、、、あ」


 声も何時しか途切れ途切れになり、息も絶え絶えだ。髪の毛が随分抜け落ち、残った髪の毛は真っ白で、潤いが無く細くて弱々しい。ほうれい線が深く刻まれ、皮膚に全く張りが無く、皺の多い顔は老人にしか見えない。


『そろそろ終わりそうね。あ、そうそう、この黒水組の壊滅一部始終はネットに流すわ。もちろん必要なピーは入れるけど詳細な解説を入れてユーチューブに流すわね。その為に、ミカの眷属に来てもらって撮影してるし。良いでしょ?』


 壁に視線を向けると、そこかしこにミカの眷属のヤモリ達が張り付いている。


『良いけど。何で?』


『もちろん見せしめや、警告。出来れば収益化かな。』


『うーん?僕は良く知らないけど、今、撮影してる動画って、間違いなく暴力的って判断されるんじゃないの?暴力的なコンテンツはコミュニティガイドライン違反とかで削除されちゃうと思うけど。』


『大丈夫よ。消させないから。』


『どうやって?』


『ハッキングなんか幾らでも出来るし、必要ならサーバに物理の手を突っ込むことだって出来る。担当者を洗脳してもいいし、会社を乗っ取ったり買収しても良いわ。』


『そか。まあ、そうだね。でも、その場合には収益化は無理だよ。』


『うんうん、そうなの。まあ、収益化はどうしてもでは無いから別に良いわ。お金なんて、どうとでもなるから。』


『あ、でも、そんなものをアップすると土地神様とモメるのでは?』


『あっ!う〜ん、見ないんじゃあないの?』


『さあ?』


『まあ、考える。あ、ようやく死んだみたいね。』


 静かになったので、佐智が田所を見ると、既に動かなくなっていた。やっと苦しみから開放されたのだろう。


『晃ちゃん。田所のエングラムは私の方で使っても大丈夫かな?色々改造して兵隊用のエングラムとして使おうかと思ってるんだけど。恵ちゃんにエチなことをしようとした奴のエングラムなんか破棄しろってことなら破棄するけど。』


 晃は田所のあの有様を見て、エングラムを破棄しろと強弁する気にはならなかった。


『いや、使ってもらって大丈夫だよ。恵姉さんに悪辣なことを仕掛けたのは許さないけど、自業自得とは言え、あれだけ苦しみ、命まで奪われて、なお許されないとか流石に無いから。でも、このまま死なせてやる方が親切って気もすれけど。』


『駄目よ。勿体ない。それに本人も、私の目に止まったことを死ぬほど感謝するわ。』


『いや、既に死んでるけど。』


 地下1階の殲滅が完了したので、晃は残った地下2階の様子をうかがった。判っていたことだったが、地下2階には、倉庫や宿泊施設などがあるものの、人間はほぼ上の階に出払っていた。地下1階か、地上階の何れかだ。


 つまり、このエピソードの主役達が最初と同じ部屋で吉報を待っているだけで、他には人は居なかった。


 晃はせっかくだったので、奈落(劇場における舞台の下)から奈落(仏教における地獄)に主役達を招待することにした。自分達の招いた結果はしっかり確認させる必要があると思ったからだ。


『あのメンツだと、あんまり意味が無いと思うわ。』


 佐智にそっけなく言われ、それには晃も同意せざる得なかった。

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