(44)殲滅⑤

黒水組本部ビル地下1階


 田所が、偽物の交渉を持ちかけている間に、ドローンはずいぶん近くまで接近出来た。


 元々、あのドローンは、でかい図体を持っているが、偵察などの任務もこなせるように、米軍で開発していた偵察用ドローンBlack Hornetsの技術を取り入れている。さらに、プロペラ数を増やすことで少ない回転数でも十分な推力が得られ、且つ静音性を高める試みも行われており、米軍の偵察用ドローンに優るとも劣らない静音性を持つ。


 実際、その静音性能は優秀で、晃に気付かれること無く、徐々に晃に近づいて、もうすぐ攻撃が可能な距離になるだろう。


 準備の整ったSMAWと共に一斉に攻撃すれば、如何な怪物でも、今度は間違いなく仕留めることが出来る。田所は、ほくそ笑んだ。


『あ、言っとくけど、ドローンやドローンの制御は僕の方で既に掌握しているから。お前が思うように僕を攻撃したりしないよ。まあ、攻撃しても意味は無いけど。蛇足だけど、お前が保有して、ドローンの基地にしていた解体業者の会社は、僕に名義変更してるし、お前が米国やスイスに持っている口座の中身も、既に僕の口座に移動してる。結構お金持ちだね。ありがとう。僕は、特にお金は必要無いけれど、有って困らないし、死んでしまう人には必要無いよね?』


 田所の申し出を、検討いているかのようだった晃が、田所の思考を読んだようなタイミングで、そう言い放った。


「 、、、は?はぁーーー?!!」


『心配ないよ。これから死ぬ予定の丹原兄弟や遠山親子についても、有価証券や不動産、口座等々、全て僕の方で回収予定だし、既に、ほぼ回収は完了しているから。細々とした会社なんかは扱いに困るけど、株式はとりあえず回収して、後は追々考える予定。まあ迷惑料ってやつね。』


 幅広い口が、亀裂のような薄いカーブの微笑を形作る。亀裂から覗く歯列は肉を裂いたり骨をかみ砕いたりするための、鋭く尖った肉食動物の歯。田所は一気に血の気が引いた。晃の発する恐怖に反応して、真っ青になっていた顔色が、更に血の気が引き真っ白になる。


 慌てて、ネットで口座の内容を確認するが、晃が言うようにどの口座も残高は0だった。


「クッ 、クソッ!フ、ファイアー!!!」


 唐突だったが、部下達は田所の合図に訓練通り反応した。


 『バッシュ〜』と、SMAWロケットランチャーから多目的榴弾(HEDP)が相次いで発射される。


 三発の多目的榴弾(HEDP)は20mという短い距離をあっという間に走破し、晃に着弾して炸裂した。


 多目的榴弾(HEDP)は前方に成形炸薬のコーンがあり、その後方に榴弾用の炸薬が別に充填され

ている。榴弾には信管は無く、着弾によって成形炸薬が爆発することで榴弾も起爆する仕組みだ。前方部分は榴弾が効率的に破片を飛び散らせないので、そこを小型の成形炸薬弾で補うような構造になっているのだろう。


 通常の生物であれば、成形炸薬弾の炸裂によって吹っ飛ぶ。それで万一無事なら、炸裂によって発生したメタルジェットで大穴を開けられ、榴弾でズタズタに切り裂かれ、跡形も無くなる。


 着弾時の煙が晴れて、晃の全身が見えると、一見何の損害も無いようだった。


「そ、そんな馬鹿な。何で無傷なんだ?生物じゃあないのか??」


 特に出血していることもなく、怪我を負っている風でもない。SMAWロケットランチャーを受ける前と、全く変わっていないように見える。


「クソッ!そんなことが有るわけが無い!フ、ファイアー!! 」


 再度、発射される三発の多目的榴弾(HEDP)。


「 。。。!!!」


 しかし結果は変わらない。


「クソッ!お前ら、ボーとするな!ありったけの鉛玉をぶち込めーー!ファイアー!!!! 」


 あ然として固まっていた組員達が、慌てて銃撃を始める。田所の部下達も、多目的榴弾(HEDP)を再度発射する。


「ダ、ダダダダダダダダダダダダ」


「ダーン、ダーン、ダーン 」


「ダダダダダ、ダダダダダ、ダダダダダ 」


 多目的榴弾(HEDP)が着弾し、炸薬が炸裂する前後、しばらくの間、銃火器の発射音が止まること無く続いた。


 しかし、全ては徒労だった。


「バ、バケモン、、、、」


 そう誰かが呟いた。着弾時の煙が晴れた後、何事もなく立つ晃がいた。


『気が済んだ?じゃあ、こっちからね。』


 晃が、鋼の牙を出した時と同じように尻尾を高く掲げると、同じように光の粒子が集まってきて、淡く点滅し始めた。


『Heavy rain of steel(鋼の豪雨)』 


 晃が、そう言うや、光る尻尾の先から水銀のような質感の何かが溢れ出し、何もない空間に水溜りのようにどんどん拡がって行く。そして。


「い?痛っ!!な、何だ?」


 ある組員が、左腕に痛みを覚え、痛みのある腕を見ると、2mほどの針金のようなものが、皮一枚を貫き、床まで伸びて突き立っていた。


「痛ってーー!」


「ぐぎゃーーーーー!!」


「ぎゃーー!!」


「ぎっ!!」


「い、痛い、痛い!! 」


 針金のようなものは、晃が出現させた大きな水銀の水溜りのようなところから、雫が落ちるように生み出され、2mほどの針金のようになって下に落ちて行く。その数はどんどん増え、組員達に降りかかった。頭蓋骨のようにカーブのある箇所に落ちようと、銃器などの硬い物質の上に落ちようと、その軌跡は変わらない。頭蓋を貫き、銃器を貫き、腕を、内蔵を貫き床に突き立つ。


 仏教の地獄には、一面に針を植えてある山があって、地獄の獄卒である鬼が、罪人などを追い込んで苦痛を与えるらしい。今、黒水組本部ビル地下1階フロアは、針が上から落ちてくることを別にすれば、現実世界に出現した針の山地獄となり、阿鼻叫喚の状態と化していた。


 運の良い者は、いきなり急所を貫かれ一撃で絶命したが、数mmの直径の針では絶命するような箇所を貫かれることは稀で、何箇所も貫かれても痛みが増大するだけで、死に切れない者がほとんどだった。


 当初は上のフロアとの行き来が遮断されていただけだったが、今では下のフロアとの行き来も出来なくなっており、閉じ込められた形の組員達は苦痛の中で徐々に絶命していった。


「う、う、う」


「た、す、けて、、」


「t@ma@w.jgnjgP',がぁ、、 」


「、、、、 」


「た、す、、、、」


「、、 」


「」


 そして、地下フロアに静寂が訪れた。既に、一人を除いて誰も生きてはいない。


「あ、あ、あ、、、」


 何時も飄々として、掴み所がなく、自身の正体を晒すことが無かった田所だったが、今は真っ白な顔で、ガタガタと震えている。今にも倒れそうだが、彼も手足を固定されるように貫かれて倒れることすら出来なかった。


『満足した?これがお前の行為の報い。自分の都合で他者を害そうとしたんだから、どうなっても仕方ないよね。』


「お、お前、お前は悪魔か。。。」


『失礼だな。お前に言われる筋合いは無いよ。でも、お前に対する制裁は、これで終わりじゃあ無いから。』


 晃がそう言うや否や、晃の隣り、顔の辺りに小さな人影が出現する。良く見ると、それは20cmほどの小さい佐智だった。何か、薄絹のようなものを纏っている。背中には竜人形態時と同じ四枚の翅が小刻みに羽ばたいおり、髪や眉毛、まつ毛などの毛色は白緑(びゃくろく)(孔雀石から作られる岩絵具の色で、淡い緑色のこと)だった。薄絹は、ほぼ白なのだが、良く見ると緑がかっていて、毛色と同色で纏めているようだ。一見、妖精のように可愛らしく蠱惑的だが、そんな良いものでは無いだろう。


『何か凄い身体で出て来たね。いったい幾つ身体を作ってんだよ。』


『可愛いでしょ?』


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