(43)殲滅④
黒水組本部ビル地下1階
「ガガガガガ、ガ、ガガガ、ガガガガガ」
黒水組の本部ビルは、地上部分がほぼ削り切られて、残っているのは、1階の一部のみという悲惨な状態になっていた。その残った部分についても、見ている間に鋼の牙に削られて行く。
地上部分が、ほぼ削れた後、鋼の牙は動きを変える。牙の面を下に向け、バリ加工をするように残留物や付着物を刮げ落とし始める。
「ガー、ガ、ガガガ、ガー、ガガガ、ガー、ガガ」
鋼の牙の動きが変わったので、騒音のリズムも変わる。地下の天井は地面より下になるので、ビルの敷地内をエアホッケーのボールように、鋼の牙が縦横無尽に動く。
鋼の牙が通った後が轍のように残り、徐々に地下から空が見え始めている。
「 。。。おいおい、ついに空が見え始めたぞ、この短い時間で、ビルを削り切りやがったのか、ありえねーだろ。。。」
「いったい何なんだあれは?ざけやかって!」
存在しないアクリル板に研磨を行っているようにも見える。下からその様子を呆然と見ている者達にとっては、どんどん空が見えてきているのに、その上を走る鋼の牙が落ちて来ないのが不思議だった。
「おい、あれは何で落ちてこないんだ?明らかに空中を走っている時があるぞ。」
「俺が知るか!」
元々、地下は訓練施設なので、遮蔽物などが用意されており、組員達は遮蔽物の影から上の様子を伺っているのだが、上からの攻撃を想定した遮蔽物ではなく、もし鋼の牙が対人攻撃に転じた場合、あまり防備の役には立たない。
「ガー、ガー、ガガ、ガ、ガ、、、、」
そうこうしている間に、ついに地上部分が全て無くなり、鋼の牙が停止する。
「 、、、お、おい、つ、ついに、何も無くなっちまったぞ。」
「何でだ?何で、天井が無くなったのに、アレは落ちてこないんだよ。」
「そんなこたぁ判んねーよ! 」
今まで、酷い音と振動を発生させていたものが止まり、地下には異様な静けさが出現していた。
しかし、誰も動かない。
見たことも聞いたこともない、異様としか言いようが無い何かが、自分達の拠点ビルを破壊しつくしたのだから、相応の報復を行うべきだ。
だが、怒りに任せた攻撃も、身の危険を感じての逃走もせず、どの組員もぼうっと見つめているだけだ。自分達を攻撃している者が何者か判らず、どうやって、何を持って、それを為しているかも判らない。ましてや、その対応方法など判る訳もない。
当たり前のように動けないのだ。常日頃、傍若無人な行動が多い組員達が、揃いも揃って腑抜けたように固まっていた。
最初に我に返ったのは、対応の為に地下1階に上がって来ていた田所だった。自身も組員達と同じように、あ然として固まっていたが、我に返って、鋼の牙に対して銃撃するように指示を出す。
「 。。。うっ?!ぼーっとするな!!ありったけの鉛玉をぶち込んでやれ!!」
この距離では流石にロケットランチャーは撃てない。天井の照明に対してロケットランチャーを撃ち込むようなものなのだ。
SMAWは、軽車両や建造物など、比較的強度の低いものに対して使用する多目的ロケットランチャーの系譜であるが、この距離は近すぎて自分達の身が危険だった。
多目的榴弾(HEDP)の危害半径は、15mなので全く近すぎる。
20m以上、上に居る空の怪人(仮)になら、こちらの被害を考慮すること無く攻撃可能だろう。
なので、いま頭上で動きを止めている二個の謎物体には、拳銃や自動小銃で、ありったけの鉛玉をブチ込むように檄を飛ばす。
組員達は慌てて獲物を持ち出して、「うぉー」とか、「死ねやー」とか、叫びながら鋼の牙に向かって銃撃を始めた。動員人数も多く、大小様々な銃器が百丁ほども一斉に銃撃を始めたのでその音量は凄まじかった。
「ダ、ダダダダダダダダダダダダ」
「ダーン、ダーン、ダーン 」
「ダダダダダ、ダダダダダ、ダダダダダ 」
凄まじい量の弾丸が鋼の牙に殺到する。
一見、鋼の牙は何の疼痛も感じていないようだったが、銃弾は的確に鋼の牙をとらえてはいる。変化はいきなりやってきた。
どこかで、誰かが、「 Dispose(破棄)」と呟いた。すると、一瞬、「 ぶわっ!」と擬音が鳴ったと錯覚するように膨らんで見えた鋼の牙が、次の瞬間には跡形もなく雲散霧消していた。
一瞬の静寂の後、組員達の歓声が爆発する。
「ぐぉーーー!やったぜ!ざまぁー!! 」
「 好き勝手しやがって!思い知ったか!!」
「うおーーーーー!うおーーーーー!!!!」
余程鬱憤が溜まってたのだろう。全組員大盛りあがりで消えた鋼の牙を罵り、勝利に歓声を上げている。
「よし!上の化け物も一気に殺ってしまいましょうか。SMAWを用意して下さい。」
何時も飄々として余裕綽綽に見えている田所だったが、今回は流石に余裕が無かったらしく、敵の消失は随分と溜飲が下がったようだった。上機嫌に子飼いの部下にSMAWの用意を促す。
田所の指示が聞こえて、対応しようとするかのように、空の怪人(仮)が急に立ち上がった。相変わらず、何の足場も無い場所に立っているように見える。
『アホですか。。。』
囁くような言葉たったが、その場の全員に対して明瞭に届いた。誰も誤解すること無くその囁きが空の怪人(仮)の言葉だと理解し、見上げる。自分達が他者に対して効率的に影響を及ぼすために使用している恐怖。それが物理的な現象の形を持ち得ることを彼らは始めて知った。全員が、叩きつけられた恐怖に真っ青になり、腰を抜かし、失禁、気絶する者までいる。
『次の攻撃に邪魔だったから除けただけ。勘違いすんなカスども。 』
侮蔑を込めて言い放つ空の怪人(仮)。静まりかえる地下フロア。
『暴力団だろうが、反社だろうが何でも良いんだけど、馬鹿者の依頼を真に受けて、勝手に敵対してきたのは貴方たちだから。後悔しても遅い。でも安心して。僕には佐智ほどの意地悪さも、佳純さんほどの怒りも無いから、一思いに殺してあげるよ。もし使えそうだったり、再考の余地がありそうなら再雇用もしてあげる。』
一思いに殺すと言いながら、余地があれば再雇用と言うのは、意味不明だったので、殺すと言うのが何かの比喩なのだろうかと何人かは思った。
『でも、お前は駄目だ、田所。一思いには殺さない。よりにもよって僕の家族を的にしたんだ。今後、お前のようなアホウを出さない為にも、お前には生まれたことを後悔させる。』
はっとする田所。
「ま、まさかとは思いますが、貴方は動坂下晃君ですか?」
『僕はデーモン。超自然的・霊的存在者。だか、同時に動坂下晃でもある。』
「デーモン?え?動坂下晃君?。。。しかし、動坂下晃君の過去には、そんな化け物であることを示唆するような報告は何も無かった。気の弱い少年が居ただけでした。だから、ここ数週間の出来事は明らかに別の存在による行為だと結論づけた。メンタル的にも身体的にも動坂下君に可能な行為では無いと判断したからです。そこから何らかの組織的な関与を想定したんですが、それは見当違いで、全て動坂下君が成したことだったと言うことてすか。そして、あくまでも念の為に行った、有馬恵さん拉致が動坂下君の逆鱗に触れて、この襲撃が早まる主因となったと?」
『まあ、その通りかな。ここが、鬱陶しい遠山と繋がっていた限り、遅かれ早かれこうなっていたけどね。それが、早まったのは、恵姉さんに手を出したせい。』
「動坂下君。貴方はいったい何者なのですか?いえ、それよりも、お姉さんのことは謝罪します。慰謝料も言い値で支払います。遠山幹の身柄も進呈します。ですので、この諍いの停止を検討して頂けないでしょうか?我々の方は、何人も人的な損害が出ています。既にビルは、跡形もなく使い物にならない状態です。これ以上の戦闘は、我々にとってデメリットしか無いのです。この諍い自体の解決金も出しても良い。」
『 。。。へえ、そうなんだ。』
晃は普段の田所のことは知らないが、田所を知るものは、田所の普段との変わりようにびっくりするだろう。普段の、斜に構えて相手に正体を掴ませない飄々とした様子は全く影を潜め、戦争の停戦交渉の為に選抜された、高位で信頼の置ける、生真面目な事務官僚のような雰囲気を醸し出していた。
『う〜ん、、、』
悩んでいる風な晃を見て田所はほくそ笑んだ。自分一人であれば、今言った条件を履行することは可能だろうが、銀杏会内では絶対に不可能だ。それでもあえて、あの話を遡上に載せ、誠実に対応しそうな人間を装ったのは、ドローンが近付くための時間稼ぎだ。
さっきは何故か攻撃の効果が無かったが、近距離から、M2の50口径(12.7mm)ブローニング弾で射撃され無傷の生物など存在しない。
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