(42)殲滅③

黒水組本部ビル地下2階


「「。。。」 」


 丹原司も巧も、田所の腹を括ってドンパチするしか無い、という言葉に押し黙ってしまう。まさか、こんなわけの判らないことになってしまうとは。下手をしなくても組は壊滅だ。金回りの良い腹違いの兄貴と、持ちつ持たれつ、甥っ子の我が儘くらい幾らでも聞いてやる。その程度の認識だったのだが。


「おい、田所。コレは本当に、幹への恨み辛みからの攻撃なのか?」


 丹原巧が、タブレットを見ながら聞く。


「さあ?今となっては判らないですね。あまりにも常軌を逸してますし。確かに、これを見ていると化け物だけに、幹さんを恨んで死んだ誰かが、化けて出た。と言われたほうがしっくり来ますがねぇ。」


 空で胡座をかく異形の存在を指しながら、田所は面白くもなさそうに答えた。


「なら、、、」


 意味ありげに田所に視線を向ける巧。


「ああ、それは止めといたほうが良いですよ。後始末の時に協力者が居たほうが良いでしょう。玉砕でもするつもりなら良いんですが、そもそも、相手はこちらを殲滅する気満々なので、あまり意味は無いと思います。更に言うと、こっちは、待ち構えていたにも関わらず、いきなり押し込められて、応戦もろくに出来ない状況ですしね。」


 つまり、甥っ子を突き出せば、被害を抑えて手打ち出来るのでは。と、巧はクズっぷりを発揮して言外に提案したのだ。『切った方が良い』と、田所が提案した時には、司の尻馬に乗って、したり顔で反対したはずだが、その舌の根も乾かないうちにこの発言はクズ中のクズと言って差し支えない。


 だが、今回は田所の方が反対した。今の状況であれば、今後の後始末に半端なく金がかかる。それを考慮し、金回りの良い甥っ子の親を敵に回すのは悪手だと、巧をたしなめたのだ。さらに今の最悪な状況を、おまけとして指摘した。


「ちっ、何だよ、それ、ヤクザの抗争で殲滅戦とかありえねーだろが!!!」


 舌打ちし、相手が殲滅戦を企てていると聞いて愕然とする巧だった。


 だが、話の主役だった遠山幹は、それどころでは無かった。


 動画を見て、全体的な姿形や部分々の詳細は兎も角として、その異形の顔がまるっきり動坂下晃であることに気付いたのだ。まあ、ベースは晃なので同じ顔なのは当たり前だったが、幹は青い顔を白くして震え始める。


「まあ、相手はヤクザでも、復讐を請け負う裏の組織的な何かでも無く、何か訳の判らない怪物だったと言うことですね。多分ですが(笑)。しかし、攻められたんですから、相手が何だろうとやることは変わらないですよ。総力戦です。ああ、もちろん高飛びもサポートしますから安心して下さい。」


「何だよそれ。。。」


 丹原巧が嘆く。


「おい、もう良いだろ。田所の言う通り、やることは変わらん。武闘派の銀杏会の拠点を襲うとか、馬鹿なことをした、向こう見ずなことを仕出かしたと後悔するのはあっちだ。元々此処で迎え撃つつもりだったじゃろうが。


 とっとと、そのアホウをとっ捕まえて、たっぷり痛めつけて、全て、ゲロさせた上でぶっ殺せばいい。その後は、本部からヒトを出して、絵描いたクソ共が居るんなら追い詰めさせる。俺達はその間、ポリの手を躱して優雅に海外旅行じゃ。」


 直情型の丹原司は、自身に都合のいい絵を描き終わったようだ。下品にゲヘゲヘと笑う。


「兄貴。。。簡単に言うな〜。」


 その点、経済ヤクザの弟は仮定の多い現実に不安を持っていたが、如何せん、力押しだろうが、搦め手だろうが、何が何でも全て解決出来るし、解決する。弱味を見せたら負け。的な特殊な職業倫理観にどっぷり侵されていたので、結論は結局同じだった。


 一方、田所は「じゃあ、早速、こっちからも御見舞しますか。」と言い、携帯を取り出し何処かに電話をかけた。ほどなく繋がり、「良いぞ、TIKAD改離陸。ターゲットは上空20mだ。」と、簡潔に指示して通話を終了する。


 実は、おくびにも出さなかったが、田所は単独の脱出についても検討していた。全く自分の予測と違う展開となっている現在、不確定要素が大きくなっていることを危惧してだ。とはいえ、既に戦端は開かれてしまっており、想定した敵の進入路と、自分の脱出路は、原因不明の理由で塞がれている。こうなっては腹を括るしか無いのが実情だった。


 ただし、確かに不確定要素の為に予測が出来ないが、敵は寡兵であり装備の力押しで、何とかなりそうだとも思っていた。さっきの指示はその最初の一手で、最後の一手になると予想していた。


「 おい、いったい何処に、何を指示したんだ。」


 田所の指示に驚いたような顔をして、丹原巧が問いただす。


「ああ、外部に配置した人員に敵への攻撃を指示しました。TIKADスナイパー・ドローンていうのがありまして、要はリモート操作可能な銃火器を搭載できるドローンなんですが、それを改造したものを投入しました。元々は、SR/25などの30口径程度のライフルをぶら下げるものですが、大型化してブローニングM2重機関銃をドローン用に改修して乗せてます。こんな物を使うことなど有るとは思いませんでしたよ。この近くの解体業者から敷地、倉庫、事務所、諸々を買い取って、そこの倉庫に格納していたんですが、流石に、そこから直接離陸させるのは不味いので、昨夜のうちに少し離れた神社の森に移動させ、そこから離陸させました。なので、そろそろ。。。」

 

 タイミングを計ったように、タブレットのネットニュースが、10機のプロペラを持つ大型マルチコプターのドローンが二機飛来したと伝えた。


『何処からかドローンが飛んできました。10機のプロペラが有る大型のものですが、、、あ、何か警察の動きが慌ただしくなりました。え?ド、ドローンには銃火器が搭載されているようです!!本物でしょうか?何が目的なのか?我々も安全の為に、』


 そんなレポートをしている間に、ドローンが二機同時に晃に向かって上空から発砲した。


『『ダッ、ダッダッ『 ひっ?ひっ〜〜!!』ダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッ』』


 レポーターの悲鳴と、M2の重い銃撃音が重なってタブレットから響く。


 設計上、毎分485〜635発の射撃速度を誇るM2だが、連続射撃に伴う機関部と銃身の過熱から、持続可能な発射数は40発程度とされいるので、あっという間に持続可能な40発の発射数をばら撒き終える。


 速度あってのことだが、50口径の銃弾の威力は凄まじく、人体の頭部などに当たろうものなら着弾の衝撃によって、頭蓋骨の内圧は急速に高まり、頭部は文字通り破裂、骨のない部分に着弾すれば拳大の貫通孔が出来、骨に着弾すれば、骨と銃弾の破片が更なる破壊を人体にもたらす。それを近距離から受けると無傷な生物など存在しようもない。それが、40連射✕2台となれば絶望しか無いだろう。


 これで得体の知れない目標の1つは排除出来たはず。一見、岩の塊にしか見えないもう一つについても、M2が駄目でもSMAWでも使えば何とかなるだろう。


 そう考えた田所は、ネットニュースの続報、或いは部下の連絡を待った。部下の連絡が来れば、この地下が何らかの工作で閉ざされていても次の手を打つことが可能だ。


『な、謎のドローンは空の怪人(仮)に対する攻撃を行ったようです!え?いや?空の怪人(仮)は攻撃を受けた様子は全く有りません?ドローンからの銃撃は、空砲だったのでしょうか?あ、いえ、ドローンと空の怪人(仮)の延長線上の地面はかなり酷く損壊していますから、攻撃をしなかったわけではないはずです!!ど、どうして空の怪人(仮)無傷なのでしょうか???』


「な!????」


 田所は絶句した。


 ネットニュースが撮す空の怪人(仮)は、いささかも変わった様子がなく。つまらなそうに胡座をかいたままだ。


 M2の50口径(12.7mm)ブローニング弾で銃撃され、無傷の生物など存在しない。どんなトリックを使って攻撃を回避したのか。


 携帯を取り出し、再度部下に電話をかけ「状況を説明しろ。」と命じる。


 回答は、ネットニュースで配信されていること以上でも以下でも無かった。田所としては、不思議と落胆はしなかったが、困惑その一言。


 ドローンはプロペラが多いほど安定する。しかし、10機のプロペラを持つ大型マルチコプターでも、銃火器の発射の衝撃は大きく、コンピュータで制御して安定を維持しているが、それでも射撃精度は犠牲になっている。


 しかし、今回は、かなりの近距離からの射撃なので、ターゲットをロストすることなど有り得ない。M2の50口径(12.7mm)ブローニング弾が着弾して、破壊されない生命体など存在しない。


「攻撃を継続しろ。」


 モニターで確認する限り、空の怪人(仮)が、防御するための装備を着用しているようには見えなかった。それどころか、衣類すら無く原人か野生の獣のように、体毛に覆われた素肌を晒している。生物的な装甲と言える甲羅のような質感の箇所が無くもないが、亀の甲羅が銃弾を防げるものではない。結局どう防いているか判らないが、それが生物的な防備である限り、攻撃を続ければ必ず突破出来るだろう。田所は、そう判断して攻撃の継続を指示した。


 一方、ビルの上階もそろそろ削り切られそうなので、ビル側の対応を丹原司に依頼する。


「司さん、あの様子だと、もうすぐビルが削り尽くされます。上の連中に、削り尽くされた後、目につくモノ全てに、手持ちの鉛玉全部ブチ込めと指示して下さい。」


「おお、そりゃあ良いが、モニターを見る限り奴は全然堪えてないんじゃあないのか?」


「ええ、そう見えなくないですが 、生き物なら効かないなんてのは有り得ないです。そのうち間違いなく音を上げます。それにロケットランチャーもあるので、奴らが天井を抜けて来たら、私自身でブチ込んで引導を渡してやります。」


 日本に来てデスクワークが増えたとは言え、流石にこの状況で、前線に立たない選択肢は田所にはなかった。

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