(41)殲滅②

黒水組本部ビル前


「しかし、一体、何処が牙なんだろうか?ゴツゴツした丸くて黒い石が、意味不明に浮遊しているだけなんだが。」


 そんなことを晃が思っていると、丸い石が真ん中から上下に別れた。


「ああ、なるほど。確かに牙がある。でも、鋼の牙と言うよりは、円筒形じゃあないけど、シールドマシーンって感じかなぁ。これって僕が想像する土魔法とは全然違うんだけど、このソースは何処から持ってきてるんだ?マクロ名についてもそうたけど、後で佐智に聞いてみよう。」


 石は二つに別れ、分離面には細かな刃が円周状・放射状に設置されていた。それが、時計回りと、逆時計回りにゆっくりと回転しながら浮いている。


「主要な面子は、地下で待ってるらしいから、不要な上モノをさっさと除けちゃおうか。」


 晃がそう言うや否や、鋼の牙は黒水組の本部ビルの最上階辺りに左右から取り付いた。そして、互いに逆回転しながら、ギャリギャリと凄まじい音をたて、ビルを喰らい始めた。


 喰らうと言うのは、砕かれているビルから、破片が全く出ないのでそう見えている。砕かれたそばから破片は消える。


 また、地下に人が集まっているとは言っても、上階に人が全く居ないわけでもない。逃げ遅れた組員が何人か飛び降りたのが見えたが、中にはビルと一緒に砕かれた組員も居たかも知れない。遠目から血飛沫が飛んているのが見える。居たようだ。どうやら、この鋼の牙は人喰いでもあるようだった。骨も残らない。


 更に驚くべきは、ビルに鉄筋が入っているにも関わらず、何の遅滞もなく砕いていくことだろう。どれほどの強度があるのか。


 晃はそれを何の感慨もなく眺めていたが、羽ばたくのに飽きたのか、足場も無い空中に胡座をかいて座り込んだ。


 晃によって強制的に避難させられ、固まっていた比呂美は、どんどん目減りして行くビルと、時たま逃げ遅れて必死の形相でビルから飛び降りる組員や、ビルの残骸のかげで、血飛沫を残して消える組員を呆然と見ながら、青褪めた顔で、携帯で撮影している葉子に呟いた。


「ヤ、ヤバいね。何あれ。意味が判んないよ。」


「 。。。」


 葉子は無言で頷く。比呂美に視線を向けること無く、携帯での動画撮影を続けている。たぶん、口の中がカラカラで、水分が無くなり、糊が詰まったようになって、言葉も出ないのだろう。比呂美も同じだった。


 おそらく、自分達以外の野次馬も同じ様な感じなのだろう。葉子はそんなことを思いながら撮影を続ける。中には、騒いでいる人間も居るが、何れにしても、野次馬に怪我人の一人でも出れば、蜘蛛の子を散らすように皆居なくなるだろう。


 パトカーのサイレンが近づいて来ている。誰かが通報したのだろう。一、二台分の音しか聞こえないので、警察が、聞いた話を鵜呑みにしていないのか、通報者が、上手く説明できなかった可能性がある。パトカー一、二台分の警官(たぶん四人くらいだろうが)で対応可能とはとても思えなかった。


 上空20m、何の支えもない空、そこに胡座をかいて座り込んでいる何かを、葉子と比呂美は不安気に見つめた。


**********

黒水組本部ビル地下2階


「ガガガガガ、ガ、ガガガ、ガガガガガ」


 さっきから、ずっと神経を逆なでするような音が

止まない。音と同期して振動も酷い。上に居るヤツが連絡してきたが、コウモリのような男が飛んできてきて、何か、5、6mもある岩の塊を作り、それが割れて、このビルに取り付き、上からどんどんビルを削っていっているらしい。


 いったい何を言っているんだ?そんな訳の判らないことを言われても、想像も出来ない。だが、嘘ではない証拠が、この音と振動なのだろう。


 その上、何故か地上に上がる扉が尽く閉ざされており、上に様子を見に行くことも出来ないありさまだ。上からも下に降りて来れなくなっており、混乱に拍車をかけているいる。


「 クソ!いったいどうなってるんだ!!トカゲ人間や鳥人間の次は、コウモリ人間かよ!!」 


 不愉快な音と振動に、イライラと部屋を歩き回っていた丹原巧だったが、キレて、自分の座っていた一人掛けソファーを蹴り飛ばした。ヤクザの割に冷静な男だが、流石にこの状況は意味不明で、我慢ならなかったようだ。


 三人は座れそうなソファーに、丹原司がふんぞり返ってタバコを吹かし、対面の一人掛けソファーには青い顔をした遠山幹が座っている。背もたれのないスツールソファーには、田所浩二が前屈みで座っていて、タブレットをいじっていた。


 ここは本部ビルの地下2階にある一室だ。動坂下晃の一派(?)を迎え撃つ為に、地下1階ではヤクザ達が手ぐすねを引いていたのだが、攻め手は予想もしなかった方法でやって来た。その上、それが動坂下晃の一味か否かも判らず、更に、用意した戦力をぶつけることすらままならないとくれば、丹原巧で無くてもイライラするのは仕方がない。


「巧、少し落ち着け。」


 相変わらず、聞き取り難くドスの効いたガラガラ声で丹原司が弟を嗜める。


「しかし、兄貴!俺ら、訳の判らない奴にカチコミされているのに、まだ鉛玉の1つもブチ込めてないんだぞ。手ぐすね引いていたにも関わらずだ。話を聞けばビルはボロボロだし、その上、何故かビルの上に上がることも出来ん。」


「まあ、そうだが、俺達は、丸腰ってわけじゃあない。得物もたっぷり用意していて、殴り合うのに何の不都合もない場所に居るのは、間違いないじゃろが。敵に面と向かえば、思う存分鬱憤を晴らすことも出来る。なあ、田所。」


 話を振られた田所は、何時にない硬い表情で、タブレットに見入っていたが、司の質問には答えず遠山幹に話しかけた。


「幹さん。幹さんが拉致った女性を、囲っていたビルを襲撃した奴も、幹さんが玉置に依頼した殺しを邪魔した奴も、組員はトカゲ人間だったとか、鳥人間だったとか言っていたわけですが、常識的に考えてそんなことは有り得ないと結論し、組員が見たものは見間違い、薬剤による幻覚、目眩ましの類だったと考えていました。飛んで来たと言う話も、グライダーやジェットスーツ、フライボードなんて物も有るので、そういった物を使ったのだろうと考えたし、組員に対する被害は、銃創では無かったので、刀や、近接武器としてポピュラーではないものの、似た傷を作るブルウィップ(一本鞭)、或いは圧搾空気による射出武器などの使用を推測したりしていました。」


 田所は、さっきまで、熱心に見ていたタブレットをテーブルに置いて、「しかし、この配信を見る限り、私が考えたことは、全くの見当違いだったようです。幹さん。トカゲ人間でも、鳥人間でもありませんが、コイツはいったい何なんですか?」と言って画面に映し出された異形の存在を示した。


 タブレットにはネットニュースが中継する、現時点でのこのビルの惨状が映し出されていた。逐次削り取られるているビルと、何の支えも無さそうな空の上で、削られるビルを眺めている異形の存在について、判明している範囲で関連性を説明しながら交互に映し出してレポートしている。


 他にも、個人の配信者のレポート等も同時進行で複数存在しており、このビルと、周りの状態がある程度察せられるものだった。


「 なんじゃ、こりゃ!!!」


 遠山幹がタブレットを手に取る前に、丹原司がタブレットを取り、配信中の動画を見て唸った。


「さあ?私には皆目見当もつきませんね。この岩みたいなものの動作原理も、空中で胡座をかいている化け物も。まあ、戦車だって破壊することは可能だし、生き物であれば鉛玉を喰らって無事ではないでしょう。SMAWでも撃ち込めば更に確実です。(鳥人間の時は、銃弾を弾かれた痕跡があったらしいので、絶対とは言えないが。。。)」


「すもー?」


「SMAWです。ロケットランチャーですね。」


「馬鹿を言うな、そんなものをこんな所でぶっ放せば、ウチは頂上作戦の的にされて、あっという間に壊滅しちまう。」


「。。。いえ、その辺は諦めが肝心です。小規模とは言え一筋縄ではいかない敵が侵入して来ることを想定して、手ぐすね引いてましたし、想定通りであれば、地下に誘導して一網打尽にすれば何事もなかったように装うことも出来ました。しかし、これじゃあね〜。もう既にパトカーも何台か来ているようですし。本当に予想外も良いとこです。こんな訳の判らない騒ぎを起こしたんですから、間違いなくマークされますよ。おまけにビルは粗方壊滅。ビルだけじゃあ無い、上の人間、動画を見てると何人かは死んでますよ。あの、、、そうですねビル喰いとでも言いますが、ビル喰いがビルの上を喰い終わったらどうすると思いますか?止まると思いますか?私はそのままココを喰い散らかしに来ると思いますがねぇ。もう、腹を括ってドンパチするしか無いですよ。」


「「。。。」 」

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