(40)殲滅①
黒水組本部ビル前
畠仲葉子(24)は、同僚の河上比呂美(24)とお気に入りのカフェに行く途中だった。最近通い詰めており、二人でハマっている。今日は定時退勤日なので、行かない選択肢は無かった。
高級フルーツを使ったスイーツが充実していて、優雅な時間を過ごせるラグジュアリー(豪華な、贅沢な)カフェで、今の葉子の推しは、いちごを1パック以上使用した贅沢いちごパフェ。比呂美の推しは、メロンを贅沢に丸ごと1個使用し、くり抜いた中にメロン果肉と、生クリームを詰め、モンブランを絞りまぶすという訳の判らない代物だ。
今日も贅沢パフェを食べるつもり満々で、駅から足早にカフェに向かっていた二人だったが、いつも1か所だけことさら足早になる箇所がある。駅から続く通りに面したビルの1棟が、893屋さんのビルだと聞いているからだ。実際、そのビルを出入りする人は雰囲気出しているヒトが多い。
その場所を足早に通り過ぎようとした時、比呂美が突然立ち止まった。
「 、、、なに、あれ。」
葉子も釣られて足を止めてしまったが、こんな真正面で止まったら因縁つけられると焦る。比呂美に文句を言おうとしたが、比呂美の視線の先が目に入って、比呂美同様にクエッションマークを頭の上に浮かべた。
鳥?のようなものが、翼をはためかせ、だんだん近づいて来ている。だが、あのフォルムは明らかに鳥ではない。
「えっ?えーーー!!???」
葉子がハマっているのはカフェだけではない。
ユーチューブへの動画投稿にもハマっていて、今ではライブ配信にも手を出している。元々は推しのパフェを共有したいと思ったのが事の始めだったので、食べ物関係に偏っているが、別に食べ物動画だけに限定するつもりはなかった。
慌てて携帯を取り出し、カメラの動画をオンにして、「何あれ!何あれ?ヤバくない!??」と叫びながら、飛んで来る何かを携帯で追いかける。
「緊急ライブ配信始めます!!葉子ちゃん!ユーマ遭遇?或いはコウモリ男襲来!??? の巻!!」
どんどん近づく飛来者は、既に鳥類と見間違えることのない大きさになっていた。何度かホバリングしたり、上空を旋回したりしながら、より一層近づいて来る。
「ヤバい!ヤバい!!明らかに翼を持った人型の生物のように見えます。鳥人間コンテストどころではありません。本物の鳥人間、いえコウモリ人間です!ここから見る限り、背中から生えた蝙蝠のような皮膜の翼で飛行しているようです。鳥のような羽毛は見えません。しかも羽以外は、普通の人間と同じようなプロポーションのようです。あ、尻尾もある?え、いち、に、、、5本の尻尾があります。」
興奮しながらも、結構真面目にレポートをしている。
「よ、葉子ちゃん!ヤバい!こっち、こっち! 」
比呂美が慌てて葉子を引っ張って移動する。葉子はお構い無しにレポートしているが、既に葉子達の騒ぎを聞いて、街ゆく人々が足を止めており、人混みが出来始めていた。
上空に携帯を向ける人、多数。その騒ぎを聞きつけて、893屋さんビルからも、それっぽい人達が様子を見に出てきていた。比呂美はそれを見て、慌てて葉子を引きずって移動したのだ。
「な、なんだ!?ありゃ一体?ポケモンか?」
「アホか!ポケモンのはずがあるか!あっ?!もしかして、あれが玉置のアニキ達をオシャカにしたヤツか??」
「え!!あ〜〜!?でも、ありゃ鳥の女だったって聞いたぞ?あれは、ちょっと鳥にも女にも見えねぇ。コウモリで男?」
「た、確かに。いや、と、とにかく、兄貴に伝えに行かんと。」
ビルから出てきた二人は、臨戦態勢で殺気立っている。。。ようには見えず、戸惑って、慌てているように見えた。
実は、昨日から、緊急で人が集められているのだが、幹部から申し渡されたことは、大規模な襲撃があるかも知れない。襲撃者は不明。と言ったボンヤリした話だけだった。
抗争で人を集めることはあるが、今回は異例に多い。こんな大量の人員を集結させて、待ち構えるような抗争は起こったことなど無い上、話があまりにもボンヤリしている。
現在、どこかの敵対組織との抗争が起こっているという話も聞かない。なので、戸惑いだけが先に立ち、徒に殺気立つことも出来ず、どう対応していいか判らない状態だった。
そんな状況なので、集まり始めた野次馬に因縁をつけることも無かった。確かに空を飛ぶ正体不明の何かには驚くが、それだけで、気持ち的には野次馬と大差は無く、大量の組員をかき集めて対応するほどのこととは思えないと言うのが正直な感想。困ったように空を見て、引き続き集まる野次馬をスルーしてビルに戻って行った。
そんな間にも近づいていた、蝙蝠のような翼で飛ぶ何かが、電柱の上に降り立つ。それは893屋さんビルと道を隔てた反対側の電柱だ。
もちろん、降り立ったのは晃で、ビルは黒水組の本部ビルだ。晃は電柱に降り立つと、そのまましゃがみ込み、どうやって殲滅してやろうかと、ビルを見つめた。
その頃には、ニュースサイトのようなところからも人が来ていて、そのクルーが撮影し、配信している動画を有馬家の崇達が見ていた。
殲滅方法を考えていた晃が、不意に「それは兎も角、あの人達だけやたら近いな。少し下がってもらわないと。」と呟くと、唐突に電柱から飛び降り、ずっと興奮したまま撮影している葉子の前にストンと降り立った。
驚いたのは、葉子と比呂美だ。興奮しまくって撮影していたユーマが、いきなり落ちてきて、目の前に立っている。その威圧感は半端なく、失禁しそうだった。
「お姉さん達、少し近いので下がってもらえますか。危ないですから。」
2m級の怪物と言って差し支えない晃が、葉子や比呂美に対して『お姉さん』と呼びかけるのは、傍から見ても、葉子や比呂美からしても、違和感しか無いが、二人の年齢は晃より8歳も上なので、晃からすれば至極当然の呼びかけだった。
一方、その言葉が恐怖の為に理解出来ない葉子と比呂美。音は耳に入って来ているものの、意味に変換出来ないようだった。しきりに「あう、あう」と言って固まっている。ただ、配信している携帯は、晃が降りてきてからずっと、晃の姿をとらえ続けていた。
天晴(あっぱれ)といえば、天晴である。
困った晃は、仕方なく、二人をヒョイと両手に抱え、一足飛びに安全と思える場所まで移動し、そこに降ろした。手早く行ったので、二人は悲鳴を上げる暇もなかったようで、呆気にとられている。
「多分、そこなら安全だと思うので、そこより前には出ないで下さいね。」
悲鳴を上げるタイミングを逸して、ウンウンと頷く二人。今度は言葉の意味が理解出来たらしい。それを見ながら晃は翼をはためかせ空に浮く。殲滅方法を決めたようだった。
今度は電柱に立つことはせず、5階建ての黒水組の本部ビルより高く舞い上がり、上空20m辺りでホバリングを始めた。
「この尻尾にリキ入れて、あ〜、出た出た。」
尻尾の1本を高く掲げると、光の粒子が集まってきて、淡く点滅し始めたように見える。励起状態の神々の残滓、魔素だ。
「fangs of steel(鋼の牙 )」
光る尻尾の先に黒い塊が現れ、どんどん大きくなって行く。
その黒い塊は、直径が5m、6m辺りまで大きくなり、物理法則を無視して、空中に何の支えもなく浮いていた。
自然石のようにゴツゴツしているが、スチールと言うからには、炭素を幾ばくか含む(400ppmから2パーセント)鉄の合金と言うことなのだろうか。
「しかし、一体、何処が牙なんだろうか?ゴツゴツした丸くて黒い石が、意味不明に浮遊しているだけなんだが。」
晃自身、この魔法の詳細は判っていないようだった。では、何故、判っていない魔法を、敢えて選択したのか、考えていたのは、いったい何を考えていたのか。
多分、自分でやったことのない行為で、妙案も無かったので、リサーチのアドバイスに従ったということだと思われる。
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